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159、ガメイ村 〜講習会、貴腐ワイン

あとがきに、神官三家の秘密あり。

「えーっと、さっきフリックさんから、貴腐ワインという言葉が出ましたが、皆さん飲んでみますか?」


 僕がそう尋ねると、十数人が目を輝かせた。だが、ほとんどの人は、ポカンとしている。目を輝かせたのは、貴族や商人だな。


「ヴァンさん、リースリング村の貴腐ワインは、入手していません。入手困難なので、今、1本あたり金貨1枚はしますよ」


 ラフール・ドルチェさんがそう言うと、店内は一気にざわついた。さすがに金貨1枚はしないと思うけど、ワインが神矢の富に選ばれてからは、やはり高級ワインほど値上がりしているみたいだな。


 リースリング村からぶどうを出荷するときは、確かに貴腐ワイン用のぶどうは高い。それに、1本のワインにするためには、かなりの量が必要だから、どうしても生産量は限られてくる。


 貴腐ワインにするためのぶどうは、特殊な菌をぶどうに付着させて、果皮の組織を破壊することで、究極的に水分を蒸発させてあるんだ。見た目は、干しぶどうが木に実っているように見える。糖分などのエキスを凝縮した濃厚な果汁から作られるワインは、極甘口で、蜜のような味わいの黄金色の逸品となるんだ。


 いくつかのぶどう産地で、様々な貴腐ワインが作られているけど、リースリング村の貴腐ワインは、癖が少ないと思う。リースリング種の性質によるものかな。



「ラフールさん、僕は一応、持ってますよ。僕のジョブが『ソムリエ』だとわかってからは、リースリング村の村長様が必ず毎年1本以上くださるのです」


「な、なんと! 魔法袋に保存すれば熟成は進まないから……どうやって保管されているのですか。特殊な魔道具ですか?」


 ラフール・ドルチェさんは、完全に商人の顔をしている。それだけ、リースリングの貴腐ワインは、入手困難だということかな。


「僕は、魔法袋に入れてますよ。熟成は不要ですからね。今のところは、コレクションしている感じです。1本しかない年の物は、さすがに出せないですが、複数ある物なら、いま、試飲してもらえますよ」



 僕は、そう言いつつ、一昨年の貴腐ワインを魔法袋から2本取り出した。そして、氷魔法を使ってじわじわと冷やしていく。2本で足りる気はしない。だけど、あまり出しすぎてもマズイよね。


 一昨年は、娘が生まれたから、あちこちから、アイスワインや貴腐ワインをもらったんだ。妻のフラン様は、アイスワインは好きだけど貴腐ワインは苦手らしい。だから、貴腐ワインは僕が預かっている。だけど、もともとの保管状態が良くなかったものが2本あった。これは魔法袋でも長期保管は厳しそうだから、何かの機会に飲んでしまいたいと思ってたんだ。



「うおっ! 一昨年の貴腐ワインですかな。比較的量産された年だと聞きますが、入手困難ですよ!」


 確かに、ぶどうの生育が良かった年だ。だけど、リースリングの貴腐ワインは、一定数しか生産してないはずだけどな。


「じゃあ、これを開けましょう。新しいグラスはあったかな?」


「小さなグラスなら、あります!」


 僕の問いかけに、酒屋のカフスさんは、目を輝かせてすっ飛んできてくれた。彼の店の販促品のグラスのようだ。


「ありがとう。皆さんに、舐めてもらう程度しか配れないから、そのサイズで十分ですよ。新しいグラスだから、ちょっと洗浄しますね」


「は、はい!」


 僕は、水魔法と風魔法を操り、カフスさんが出してくれた人数分のグラスを一気に洗浄した。僕は、魔導学校の学生レベルの魔法しか使えないけど、グラス洗浄は、ジョブの印が現れたことによって、できるようになったみたいだ。



 コルクを抜き、コルクの香りを確かめる。リースリングのぶどうの妖精達が、澄まし顔で囁いているような気配を感じる。


 うん、状態は思ったほど悪くない。



 酒屋のカフスさんに渡そうとしたら、思いっきり拒絶されたので、僕が、少しずつグラスに注いだ。


 店内に、一気に甘い香りが広がる。



「離れているのに、とても香りが甘いわね」


「当たり前だろ。貴腐ワインだぜ? 白ワインの女王だからな」


「白ワインの女王?」


「あぁ、リースリングの妖精の女王だとも言えるな」


 国王様がフロリスちゃんに、妙なことを教えている。確かに、白ワイン界の女王だと、リースリングの妖精達も言ってたっけ。



「皆さん、ほんの一口ずつですが、どうぞ」


 僕がそう言うと、皆、グラスを取りに来てくれた。キチンと列を作って、狭い通路に並んでいる。


 ほとんどの人が、グラスを持つ手が震えているようだな。2本目の栓を開けたときには、小さな悲鳴まで聞こえた。3本目を出そうかと悩んだけど、やめた。驚きで倒れる人が出ると困る。みんな、ワインじゃなくて、金貨に見えているみたいだもんね。



「色、香り、味の順に確かめてみてくださいね。あっ、クルクルするほどの量はないですけど」




「うっわっ! わひゃひゃ」


「あひゃー! ふひー」


 なんか、あちこちから不思議な叫び声が聞こえてくる。貴腐ワインは、ペロっとなめるだけでも、その濃厚な極甘口に驚くよね。


 貴族の人達は、叫ばないように必死に口を押さえているが、その目は驚きで、大きく見開いている。高級ワインを所有することには熱心でも、あまり飲む機会はないのだろうな。


 神矢の富が、別の物に変わらないと、ワインは収集する物という価値観は変えられないのかもしれない。富の神矢は、もうそろそろ降る頃だ。何年ごとという規則性はないから、僕の予想に過ぎないんだけど。



「ヴァン、これってワインなの? シロップじゃないの?」


「フロリス、貴腐ワインをシロップとか言うなよ。リースリングの妖精が怒り狂って襲ってくるぜ」


「えっ? ご、ごめんなさい。でも、こんなに甘いなんて、ワインっぽくないんだもの。フルーツを漬けた甘いシロップに似て……あー、ごめんなさい。悪気はないのーっ」


 フロリスちゃんは、誰にごめんなさいをしているのかな。確かに、フルーツを漬けた甘すぎるシロップというのは、的を得ていると思う。ただ、ワインの味の表現としては……リースリングの妖精達が聞いたら、確かにぶち切れそうだ。




「さて皆さん。今回の講習会は、ぶどう品種によって味が違うということと、同じぶどう品種でも異なるワインができることを学んでいただきました。これからは、ワインに、もっと興味を持ってもらえたら、嬉しいです。テイスティングの手順を覚えてもらったので、どんなレストランでも、堂々とワインを頼んでくださいね」


 パチパチパチパチ!


 締めの挨拶をすると、自然と拍手が起こった。なんだか、気恥ずかしい。


 僕は、深々と頭を下げた。




 ◇◇◇




「ヴァン、今日は、長さまは来られなかったわね。まだ調子が悪いのかしら」


 後片付けをしていると、フロリスちゃんが声をかけてきた。やはり、サラ奥様と会いたかったんだよな。


「ウッド草の実は、その効果は緩やかなようですね。もしかすると、初回は、遠慮されたのかもしれませんね」


 そう答えると、フロリスちゃんの表情は暗くなった。何か、あったのだろうか。



「ヴァン、ワイン講習会は、2回目の開催は難しいと思うわ。そろそろ、屋敷に戻って来いって、お父様が……」


 そうか。もう、ガメイ村での治安維持のための潜入は、完了か。それに、おそらく、旦那様はフロリスちゃんを手元に置いておきたいんだ。そろそろ、伴侶選びの話が出てくる頃かもしれない。有力な貴族家では、早ければ、物心のつく前から、伴侶が決まっていることも珍しくない。


 やはり、ブラウンさんが伴侶候補なんだろうな。ブラウンさんは、最近は特に、ガメイ村よりも、ファシルド家の屋敷にいる時間の方が長い。


 でも、フロリスちゃんは、国王様と仲良しだよね。まぁ、さすがに、結婚はないとは思うけど……。



「そうですか。じゃあ、あの集落の方々に、店の引き継ぎをしなければいけませんね」


「うん、そうね。明日、ラフールさんに話してみるよ」



皆様、いつもありがとうございます♪

今回は、貴腐ワインを扱いました。実は、これを書きたくて、このスピンオフの物語を書いたと言っても過言ではないのです。((* ´艸`))


ドイツの貴腐ワインは、トロッケン・ベーレン・アウスレーゼといいます。(☆。☆) キラーン!!


そう、神官三家の名前は、この貴腐ワインから名付けました。トロッケンは辛口のという意味なので、トロッケン家は統制の神官家。アウスレーゼ家とベーレン家は、音の響きでなんとなく、です。


ふぅ〜、やっと最大のネタばらしができて、作者はスッキリしました♪(〃艸〃)ムフッ


ドイツワインをご覧になる機会があれば、アウスレーゼ(甘口)やベーレンアウスレーゼ(超甘口)、そしてトロッケンベーレンアウスレーゼ(極甘口)を探してみてください♪



次回は、7月19日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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