158、ガメイ村 〜講習会、アイスワイン
「さて、口直しのパンは食べていただけましたか? 次は、リースリング村で収穫されたぶどうから作った白ワイン2種類を、比較してみましょう」
そう声をかけると、皆の行動は二つに分かれた。ジッと見比べる人と、いきなり飲む人。そして、いきなりグラスに口をつけた人を咎める声も聞こえてくる。
貴族の人達は特に、マナーにうるさいんだよね。だから、ワインは堅苦しいと思われて、敬遠されることも少なくない。
王宮や貴族の格式あるパーティなど、正式なマナーを守る必要のある場所なら、そういう縛りもわかるけど、日常では、楽しければそれでいいと思うんだけどな。
「皆さん、色、香り、味、の順で確かめてみてください。色や香りの違いは、わかりにくいかな?」
そう指示すると、いきなり飲んでいた人も、あらためて色や香りを比較してくれた。
今回、用意してもらったのは、どちらもリースリング村の村長様の畑で収穫したぶどうを使った白ワインだ。一方はテーブルワイン、もう一方はアイスワインだ。
貴腐ワインの方が圧倒的にわかりやすいんだけど、これは、一般の人が口にすることはない稀少で高価なワインだから、アイスワインを用意してもらったんだ。
念のために、僕は、リースリングの貴腐ワインも魔法袋に用意している。フロリスちゃんも、貴腐ワインは飲んだことがないだろう。
「ヴァン! 何か言えよ。わかんねーぞ」
「もうっ、フリック! 言葉遣いっ!!」
国王様のヤジに対して、即座に反応するフロリスちゃん。確かに、戸惑っている人もいるようだ。やはり、順に導いていく方がいいかな。
「皆さん、では一緒に確認していきましょう。まず、色の違いはわかりましたか? 一方が、濃く黄色っぽく見えるでしょうか」
僕から見れば、明らかに違うけど、それはジョブ『ソムリエ』の技能だろう。ほとんどの人は、二つのグラスを見比べながら首を傾げている。店内の照明が、色の違いをわかりにくくしているな。
「こうやれば、わかるぜ!」
国王様が二つのグラスを、ピタリとくっつけて並べている。確かにそう並べればわかりやすいね。
「おぉ! 並べれば、全然違うじゃないか。神官さん、賢いな」
「ふふん、俺は賢いんだよ」
「ちょっと、フリック! そこは謙遜するところでしょ」
「いいじゃねぇか。普段は誰も俺に賢いって言ってくれねぇし。フロリスがもっと褒めてくれるなら、謙遜してやってもいいぜ」
「はぁ、もう、子供みたいなこと言わないのっ。そうやっていつもフランちゃんを困らせてるんじゃないでしょうね?」
「は? 俺みたいな優等生が、神官様を困らせるわけねーだろ」
「誰が優等生よ。ヴァンと同い年なんでしょ? ヴァンは、そんなこと言わないよ。もっと大人になりなさい」
「他の奴と比べられたくねぇな。俺は俺だ」
突然、始まった二人のケンカは……いちゃついているようにしか見えないね。フロリスちゃんは本気で叱ってるみたいだけど。
でも、二人のケンカで、店内の雰囲気は少し緩んだ。国王様は、集まった人達の緊張をうまく和らげてくれているようだ。
「では、次は香りを確かめましょう。一方のグラスは、クルクルと空気を含ませると、華やかな香りに変わりますよ。白ワインは冷やして提供しているので、少しわかりづらいかもしれませんが」
香りの違いは、わかる人が多いみたいだ。テーブルワインとアイスワインでは、甘さが段違いだ。当然、香りにも大きな差がある。
「一方は、フレッシュなフルーティさが感じられますよね。もう一方は、甘い香りが強いと思いますが、いかがでしょう?」
違いがわかると、気分に余裕が生まれるのか、皆、他の人の様子を見る余裕が出てきたようだ。互いに頷きながら、自慢げな表情に変わってきた。
「では、色の薄いフレッシュでフルーティな香りのするグラスから、味を確認してみましょう」
僕がそう指示をすると、慎重な人は、グラスを二つ並べて再確認している。個性が出るね。でも、皆、正しいグラスを選べたようだ。
「美味しい! リースリング村の白ワインって好きだわ」
「とても爽やかで甘くて美味しいわね。白ワインって初めて飲んだわ。こんなに甘いのね」
「こんな水のようなものがワインだなんて、びっくりするよな」
「あんた、何を言ってんのよ。水と白ワインの区別もつかないの? 水とは全く色が違うじゃない」
やはりガメイ村の住人は、赤ワインには馴染みがあるけど、白ワインを知らない人も少なくないようだ。でも、講習会の成果だな。色の違いを意識してくれている。
「うぉぉっ! 何だこれ?」
もう一方のグラスに口をつけた人が、大声で叫んだ。あれ? この人、さっき既に飲んでなかったっけ?
「では、皆さん、もう一方のグラスのワインの味を確かめてみてください」
僕がそう指示しても、叫んだ人の影響か、皆、互いに顔を見合わせているようだ。変な味かと警戒されたのかな。
「へぇ、ヴァン、よく、こんなもんを講習会に選んだよな。これは、リースリング村の村長の畑でしか収穫できないだろ? 1本、銀貨1枚はするぜ」
神官の姿のフリックさんがそう言うと、皆、一斉にグラスに口をつけた。僕より神官の方が信頼されているのかな。
「うっわっ! 甘っ! 何だこれ?」
「はわぁ〜、おいひぃ〜」
「すごいな、銀貨1枚のワインだとよ。ガメイ村の赤ワインは、そんな高価なものはないな」
あぁ、値段を聞いて、みんな飲んだのか。貴腐ワインにしなくよかった。貴腐ワインは、もっと高いし、ちょっと癖があるから単純に美味しいとは思えない人もいるもんね。
「フリック、どうしてこの白ワインが、村長さんの畑のものだとわかるの? もしかしてフリックは、ソムリエのスキルを持ってるってこと?」
フロリスちゃんは、不思議そうな顔で、国王様に詰め寄っている。神矢ハンターの彼女にも、国王様のジョブボードは見えないらしい。きっと、国王様は何かのスキルで、サーチを阻害してるのだろう。じゃないと、ジョブが『王』だということが、バレるもんね。
「フロリス、俺は賢いからわかるんだ」
「へぇ、フリックって、ちょっと凄いかも」
フロリスちゃんに褒められたのに、国王様は複雑な表情で、僕に助けを求めるような視線を送ってくる。ふふっ、フロリスちゃんに褒められたいんじゃなかったっけ?
「皆さん、今、比較してもらったのは、どちらも、リースリング村の村長の畑のぶどうから作られた白ワインです。色の薄い方は、テーブルワインです。そして、今、いろいろな声があがったのは、アイスワインです。アイスワイン用のぶどうは管理が大変なので、村長の畑でしか栽培していません」
そう説明すると、皆、ほうほうと頷いている。だが、フロリスちゃんは、一瞬ポカンとしていたけど……。
「ちょ、フリック! 貴方、リースリング村に住んでいたから、アイスワインは村長さんの畑のぶどうだけから作られることを知っていたわね?」
フロリスちゃんのその反応に、国王様はめちゃくちゃ嬉しそうな笑みを浮かべている。これでよかったらしい。
「ふっ、バレたか。フロリスも賢いじゃねーか」
「もうっ! 私をからかってるわね?」
「からかってねぇよ。すぐにピンとくるフロリスが、賢いと思っただけだ。アイスワインや貴腐ワインのぶどうは、村人が総出で管理してるんだぜ。アイスワインなんて、寒いときに収穫するから、大変そうだったよ。ヴァン、そうだろ?」
そっか、国王様は、その収穫を手伝ってくれたこともあるんだっけ。
「はい。フリックさんのおっしゃる通りですね。アイスワインは、収穫時期を遅らせ、ぶどうが凍る寒い時期に収穫します。凍ったぶどうをそのまま圧搾すると、果粒内の水分は凍って、甘味を含むエキス分は凍らずに流れ出てくるので、とびきり甘い果汁を取り出すことができます。その果汁を使って作られるのが、アイスワインです」
「えっ? 凍ったぶどうを絞るのですか?」
「はい、そうですよ?」
商人貴族ラフール・ドルチェさんからの質問だ。なぜか、驚きに目を見開いている。
すると、酒屋のカフスさんが口を開く。
「アイスワインという名前から、凍ったワインだと思うお客さんが多いんですよ。俺も製法は知らなかったですが。手伝いに来てよかった」
晴れやかな表情のカフスさん。
そうか、ガメイ村の酒屋さんも知らないことなんだ。こういう講習会を開催することも、ジョブ『ソムリエ』の重要な役割だな。




