153、ガメイ村 〜ウッド草について
立ち上がった人は、影の集落の人達全員と、他には10人くらいだろうか。僕が『道化師』の技能、喜怒哀楽を発動中だから、皆、指示に従ってくれる。
『他には居ないっかなぁ? 見える人は居ないっかなぁ?』
僕が他には居ないかと考えただけで、こんなお気楽な念話が届く。さらに、ゆっくりと立ち上がる人。後から立ち上がった人は、ウッド草の実が怖い物に見えているのか、表情が少しこわばっている。
僕は、ゆらゆらと左右に揺れてリズムを取る。座っている人達は楽しそうに笑みを浮かべ、食事を再開していく。
そして、また一人、立ち上がった。もう少し待ってみようか。
神獣テンウッドによると、このウッド草は、必要としている人には神々しい光に見えるらしい。必要じゃない人達の見え方との違いって、何なんだろう?
僕には、ただの白銀色の玉に見える。だけど、花に見える人と顔に見える人がいるみたいだ。怖がる人もいれば、不思議そうに見ている人もいて、理解が追いつかない。
『主人ぃ、ウッド草を怖がる人は、群生地に近寄ったことのある人だよ。ウッド草は近寄らせないために香りで威嚇するからさー。香りは記憶に残るの。見え方の違いは、ウッド草との力関係かな?』
香りで威嚇? 近寄ると危ないと思わせるのかな。テンちゃ、ウッド草との力関係って何?
『そのままだよ? 何色もの花に見える人は対等だね。花が怖い顔に見える人は簡単に支配される弱い奴だよ。見えない人は、ウッド草を認識できないの。知らないからじゃない?』
ふぅん、じゃあ、白銀色の玉に見える人は? この実を流通させてはいけないって言ってたけど、普通は白銀色の玉に見えるんだよね?
『あたしには、白銀色の玉に見えるよ。たぶんウッド草より上位なら、白銀色の玉に見えるんじゃない?』
なるほど、そういうことか。でも、どうして違って見えるの? テンちゃが、作った植物なんだよね?
『うーん? そんなの知らないよー。ウッド草の個性じゃない? コワイ人には見つからないようにしてるのかも。基本的にテリトリーに立ち入られたくないから、威嚇するんだよ』
自分より強い人には見つからないようにするために、白銀色の小さな玉なのか。対等な人には花に見えて、自分より弱い人は威嚇して近寄らせない感じ?
『たぶん、そんな感じ〜。あたしもよくわかんない』
神獣テンウッドは、僕との話が面倒くさくなったらしい。
立ち上がった人達から、不安そうな気配も漂ってくる。お客さんを立たせたままだったな。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。これは、ウッド草の実なんです。持ってまわりますねぇ」
『不思議な実だよー。ふっしぎっだよ〜』
怖がらせないようにと意識すると、楽しげな変な声が聞こえた。不思議だと言われたら不思議な気がするのか、怯えていた人達も、興味深そうな視線に変わった。
僕は魔法袋から、さらに実を取り出して手のひらに乗せた。
「わぁっ、ヴァンさんが花束を出した!」
「花束? 違うぜ、たくさんの顔だろ。だけど、おとなしいな。俺が前に見たときはすぐに襲いかかってきたのに」
「ヴァンさんが持ってるからじゃない?」
『ふっしぎっだね、不思議だねー』
ネガティブな意見が出ると、お気楽な声が響き、皆の感情を支配している。喜怒哀楽は『道化師』極級の技能だから、ゆるくしか使ってなくても、効果は高いな。
この技能のおかげで、ウッド草の実を持ち歩いても、騒ぎにはならない。
「何人かが、この実を必要としているようです。使っていきますね〜」
僕は、サラ奥様の横に立ったときにそう言いつつ、白銀色の玉を彼女の左肩に近づけた。すると、光となってスーッと吸収されていく。
ラフール・ドルチェさんが事前に話していたらしく、サラ奥様は動じない。凛とした表情は、フラン様が神官として振る舞っているときと似ている。
薬師の目を使って、彼女の状態を診てみると、体内ねマナの流れがゆるやかに再開していた。まだ光は、彼女の体内に残っている。効果は緩やかなんだな。
そして、僕は次々と、ウッド草の実を吸収させていった。集落の人達だけでなく、他にも数人に吸収させた。
「あっ! 身体が楽になった!」
「気持ちが晴れやかになったわ」
集落の人以外の人達は、次々と喜びの声をあげる。そうか、ウッド草の実の効力は緩やかだから、魂の消耗が大きい影の世界の集落の人達には、まだ実感がないようだ。
「ヴァンさん、その、恐ろしい顔の実は、薬なのか?」
「薬なら、私はずっと腰が痛くてねぇ」
吸収させていない人達が、騒ぎ始めた。そろそろ良いタイミングかな。
「皆さんにこの実を見てもらったのは、危険を知ってもらいたいからなんです。今、何人かにこの実を使いました。この実が治せるのは、病や怪我ではありません。影の世界と行き来することで知らないうちに消耗してしまう魂を、この実は元の状態に導いてくれます」
『聞かなくちゃ、聞かなくちゃ』
喜怒哀楽の声のトーンが、真面目なものに変わった。すると、食事の手を止め、皆がこちらに注目してくれる。
「こちらの世界と影の世界を行き来することが、自由になりました。だから、皆さんには知っておいてもらいたいんです。体調に異変が生じたり、簡単な魔法が使えなくなったときは、まず薬師に診てもらってください。そして、薬師に原因がわからないと言われたら、このウッド草のことを思い出してください」
「ヴァンさん、じゃ、じゃあ、その実はどこで買えるんだ? もしものために常備しておきたい」
この村の商人が目を輝かせた。僕も、これを待っていたんだ。
「ウッド草の実は、買えませんよ」
「どうしてだい? 金はそれなりにあるよ?」
「その理由を知ってもらうために、今、この実を見せています。皆さんを驚かせないために使っていた技能を解除しますね。立ってくださっている方は、座っている人達が怯えて錯乱しないように、サポートをお願いします」
そう話すと、立っている人達は皆、力強く頷いてくれた。
今、すべての人に、この実は見えているはずだ。さっきテンウッドは、見えない人は知らないから認識できないって言っていた。僕が説明したことで、皆はウッド草を知ったのに、座っている人には見えていないようだった。
これは、きっと喜怒哀楽の洗脳効果で、ウッド草を認識できない状態が継続しているためだろう。
パチンと指を鳴らすと……。
『はぁあ、よいよいっ。また会おうね〜』
妙な声を残して、スキル『道化師』の喜怒哀楽は解除された。
「う、うわぁ!!」
「ば、バケモノ!? 人面花だ!」
座っていた人達は、僕が持つウッド草の実を認識できるようになっていた。
「皆さん、落ち着いてください。僕が持っているから、この実が自由に動くことはありません」
しばらく待っていると、少しずつ静かになってきた。もう、大丈夫かな。
「なぜ、店で皆に見せたんだ? 使いたい対象者が十数人いたようだが、それなら、その人達だけを別室に誘導すればいい」
ウッド草を死の花と呼んだ人が、抗議してきた。おそらく、彼は、影の世界の住人だろうな。
僕は、やわらかな笑みを浮かべ、口を開く。
「知っていただくためです。ウッド草の実を扱える人は、とても少ないんです。だけど稀少な薬だと噂になれば、必ず闇市に品が並ぶようになる。でも、それを買うと命が失われますからね。ウッド草の実が、顔に見えた人は、近寄ると確実にこの実に喰われます。魔法袋などに保管しようとしても無駄です。魔法袋を破りますからね」
シーンと静かになった。脅しすぎたか。
「だから、それは死の花と呼ばれている。こちらの世界には、ないはずだぞ」
そう言うと、彼は何かの紙を見せ、話を続ける。家紋? あっ、これは……。
「俺は、ナック・トロッケン。二つの世界の監視をする者だ。おまえは、やはり、ヴァン・ドゥだな?」
なぜ、トロッケン家がガメイ村にいるんだ?
次回は、7月5日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。