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152、ガメイ村 〜見え方が違う不思議な実

「ううーん、私は……ひぃぃっ!」


 少し待っていると、ラフール・ドルチェさんが目を覚ました。そして僕の手のひらの上を見て、小さくない悲鳴をあげた。


「ラフールさん、僕の目にはこれはマナ玉に似た、白銀色の玉に見えます。花も顔もありませんよ?」


「ひぇぇえ、私を狙っているじゃないですか! 恐ろしい狂気に満ちた花の中央にある顔……クワッと見開いた目が……うわぁぁあ」


 そんな風に見えるのか。ウッド草の実が、幻覚を見せているのかな。


 僕の目には、少しモゾモゾと不規則に動いているけど、白銀色の玉にしか見えない。そういえば、娘ルージュは変な色の花だと言っていたし、泥ネズミは顔がコワイと言っていたっけ。



「ラフールさん、大丈夫ですよ。ラフレアは、ウッド草よりも上位種らしいので、僕が持っていればこの実が誰かを襲うことはありません」


「あ、あぁ、ああああ……そうですな。ヴァンさんは、ラフレアですな」


 ラフールさんは、胸を押さえて立ち上がった。そんなに恐ろしいのか。


「ええ。ですから落ち着いてください。この実を使えば、あの集落の人達の魂の消耗を回復することができます。ラフールさんも、少し消耗があるようです。後頭部が……」


「わ、わ、私の後頭部には、ジョブの印があって、その消耗は問題ないのです。我が主人あるじから、双方の世界を行き来するために必要なモノを与えられていまして……」


 ラフールさんは、後頭部を必死に隠している。そうか、ジョブの印がある場所は、最も多くのマナが出入りするから、長く使っていると消耗しているように見えるのか。


「ラフールさんは、たいした消耗ではないので、気にしないでください。ただ何かあったら、僕を訪ねてくれたら対応しますから」


「は、はい。そのときは頼らせてもらいますが……その実を、集落の人達に使うのですか」


「そのつもりです。じゃないと、身体が辛くて食事どころではないでしょう? でもラフールさんの反応を見ると、これを店で使うと騒ぎになりそうですね」


 騒ぎどころか、僕が錯乱したとか言われそうだな。僕が動くラフレアであることを知らない人も多い。



「ヴァンさん、それを見て慌てる者は、影の世界の住人と、影の世界に適応する能力のある人だけでしょう。あの集落の住人だと、黒兎には当然見えますが、長さん以外は見えないと思いますよ。ウッド草は、こちらの世界にはない植物ですからね」


「そうですか。じゃあ、問題ないかな。こちらに来ていただこうかとも思いましたけど、階段は辛いでしょうからね」


「その、ウッド草の実は、いくつあるのですか。ウッド草の群生地でも、あまり実は見かけません。花が咲いてから実ができるまでは、年単位の時間がかかるのでね」


 数えてないけど、50個以上はある。だけど、それを商人貴族には正直に言わない方が良いと感じた。


「テンちゃが特別に用意してくれたので、今はそんなに数はないですよ。あの集落に長く住んでいる人から順次使っていきます。ただ一番最初は、長さまでお願いしたいです」


「む? 確かに長さんが、一番古いはずですが、なぜ彼女を指定するのでしょう? もしや、ファシルド家に命じられたとか?」


 ラフールさんは、やはり貴族だな。そういう視点か。僕としても、少し軽率だったな。サラ奥様を一番に救いたいという気持ちが、言葉として出てしまった。


「いえ、ただ、長さまは、白魔導系の術に優れておられるので、一番安心というか、ええっと……」


 咄嗟の言い訳が出てこない。だが、彼はニヤッと意味深な笑みを浮かべた。


「なるほど。確かに、長さんを先に回復させる方が安心ですな。ウッド草の実に拒絶反応を示さないかの実験をするにも、白魔導系のスキル持ちは最適だ。うっかり死なせてしまうリスクを減らせますからな。では早速、1階へ戻りましょう」


 そういうと、彼は階段を駆け降りていく。僕が手に持つウッド草の実から逃げたようにも見えるけど。



 ◇◇◇



 ラフール・ドルチェさんの話が、正確なのかはわからない。それに、僕がそういう嫌らしい知恵を働かせたと受け取られることにも、ちょっと抵抗がある。


 だが、まぁ、安全性の実験を兼ねていると言えば、サラ奥様は遠慮することなく、受けてくれるだろうか。いや逆に、黒兎のレイランさんに猛反対されるかな。


 いろいろと悩みつつ、ウッド草の実は魔法袋に戻した。そして僕も階段を、ゆっくりと降りていく。



 あっ、もう話したのか。


 ラフールさんが、サラ奥様の横に座っている。そして、僕に合図を送ってきた。なんだか、店内の注目も集めている。


 怖がらせないで、ウッド草の実を使うには……仕方ないな。久しぶりにやるか。



 僕は、スキル『道化師』の喜怒哀楽を使う。


『はぁ〜っ、パパン、パンパン』


 お気楽な掛け声のようなものが頭に響いた。喜怒哀楽という技能は、観客の喜怒哀楽を司ることができる。ある種の洗脳系の技能だ。この後に別のスキルを使うと、それが増幅されて、収拾がつかなくなることもあったっけ。



「あら? ヴァン、何かスキルを使ったわね?」


 フロリスちゃんは、敏感だ。気づかない人の方が多いんだけどな。しかも出力は抑えたから、かなりゆるい喜怒哀楽だ。


「はい、ちょっと緊張されている方がいらっしゃるので、楽しい雰囲気を演出しようと思って」


「これは、道化師の極級の技能ね。複合発動はしていないようだけど……」


 神矢ハンターには、バレるんだな。あっ、フロリスちゃんは、技能サーチをかけたのか。


「ふふっ、さすがですね。ちょっとシュールな物を出すので、過度に怖がらせないようにしたいだけですけどね」


「何を出すの?」


 フロリスちゃんの問いには答えず、ふわりと笑みを返した。いま、店内にいるお客さん達には、ゆるく喜怒哀楽の術がかかっている。皆の声が少しずつ大きくなってきた。




「さぁ、皆さん、こちらにご注目ください〜」


 僕は道化師らしく、陽気な声を心掛けて、話し始める。すると、ガヤガヤと賑やかなお客さん達は、僕の方に視線を移した。


「今から、少し珍しい実をお見せします。見え方は、人によって違うんです。さぁ、いいですか〜。怖い顔がついているかもしれません。変な色かもしれません。ただの玉かもしれません。皆さんには、どう見えるかな〜」



『はぁぁっ、ドドンドン! 何に見えるっかな〜。ワックワクだね〜』


 道化師の技能は、場を盛り上げる。喜怒哀楽の楽が強調されているようだ。



 僕は、魔法袋から、ゆっくりとウッド草の実を取り出して、皆に見えるように掲げた。


「うっわぁっ! それは死の花の実じゃないか」


 見慣れないお客さんが驚き、立ち上がった。


「ええ〜? ヴァンさんは、何も持ってないじゃん」


「うん、何も見えないよ。特殊な実なの? 見えないからハズレってこと?」


 見えないという意見が圧倒的に多い。一方で、影の世界の集落の人達は、皆、呆けた顔をしている。怖がっているようには見えないが、何に見えるかは言ってくれない。



『見えない人は残念だね〜。見えてる人は、ドッキドキだね〜』


 喜怒哀楽は、この場の雰囲気を、楽しいものに誘導していく。



「ヴァンさん、それ、なぁに? 変な色の花だね。何色あるの?」


「花なのか? 実だと言ってなかったか? 俺には、目鼻口のない顔に見えるが、花っぽくはないぞ」



『さぁ、これは何かな、何かなー?』


 皆の表情は、答えを求めるものに変わってきた。技能は、かなりゆるくしか使ってないのに、喜怒哀楽って強烈だな。



「では、紹介しまぁす。見えてない人は、マナ玉みたいな色の物だと想像してくださいね。これは、ウッド草の実。これを必要としている人と、これに関わる場所に住む人には見えるようです〜。見えている人は、ちょっと立ってみてください」


 普通に話しても、僕の声は、楽しげな抑揚がつく。



主人あるじぃ、魂がウッド草を求めている人には、神々しい光の球に見えるはずだよ。だから、怖がってる人には要らないよ』


 えー、全員立たせちゃったよ。テンちゃ、もうちょっと早く教えてよー。



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