151、ガメイ村 〜ウッド草が見せる幻覚?
ドゥ教会から戻り、数日が経過した。食堂は、夕方からの営業だけど、相変わらずの賑わいだ。
飲み物を少し高めの有料にしているけど、ガメイ村という土地柄のためか、ワインはよく売れている。この店で昼間の空き時間にワイン講習会をすると酒屋のカフスさんが宣伝してくれていることも、少なからず影響がありそうだ。
無料で食べ放題にしている料理は、その日によってメニューは異なる。フロリスちゃんが盛り付けるサラダは、女性客や子供達にとても人気があるんだ。見た目のかわいらしさからか、野菜嫌いの子供達も楽しんで食べてくれるようだ。
そして今夜は、いつもの常連さんと一緒に、珍しいお客さんが来店している。
「いらっしゃいませ、長さま!」
いち早く見つけたフロリスちゃんが、サラ奥様達のテーブルに駆け寄っていった。
「フロリスさん、こんばんは。ラフールさんに誘われて、屋敷の皆で来てしまいましたわ。この子も大丈夫かしら?」
「はい、獣人さんも大丈夫ですよ。料理はあちらのテーブルに並んでいるものを、ご自由にお取りください。食べにくいものが多いようでしたら、料理人にリクエストもできますよ」
フロリスちゃんは、慣れた口調で説明しているけど、少し緊張しているのが伝わってくる。
「フロリスさんは店長さんなんですよ。料理人は、商業ギルドから雇っている人もいるようですが、ヴァンさんが料理長とソムリエを兼ねていますよ」
ラフール・ドルチェさんは、影の世界の集落の人達に、補足説明してくれている。彼はいつもより商人っぽく見えるな。
一方で、集落の人達は、ガチガチだ。黒兎のレイランさん以外は、もともとこの世界の人なのにね。
「ありがとう。ちょっと戸惑ってしまうわね」
サラ奥様は、緊張しているのか、顔色があまり良くない。黒兎は平気な顔をしているけど、他の人達も同様だ。
「料理は、常連の私がおすすめを取ってきますよ」
そう言って、ラフール・ドルチェさんは立ち上がった。彼はやはり、接客中の商人のようだな。
ラフールさんは、預かっている集落の人達を、夜にしか屋敷の外には出さないようにしているそうだ。ずっと影の世界で暮らしているから、夜の方が動きやすいためだと言っていたっけ。
ボックス山脈に神矢を拾いに行ったことで、皆が疲れを感じたから、ラフールさんはそう考えたらしい。
影の世界のあの集落は、精霊達の休憩所でもあり、こちらの世界と同じように明るい。そして、精霊様の加護で満たされた集落だ。
ガメイ村には、ぶどうの妖精の加護はあるけど、弱いものだ。だから、ラフールさんは、夜だけ外出させるようにしているのかな。
でも、昼夜は関係ないよね。
神獣テンウッドが気づかなかったら、僕は途方に暮れただろう。薬師の目を使ってみても、サラ奥様達の不調の原因は、全くわからない。ただ、体内のマナの流れが完全に止まっている。これでは身体が重苦しくて、食事どころじゃないよね。
ボックス山脈では、皆は食事ができていた。あれは、加護の強い神殿跡だったからかな。
魂が消耗しているとは、こういうことなのか。見た目や肉体に関係なく、完全な老衰状態にあるんだ。
神獣テンウッドは、彼らは色のある世界にいると、あと1年も経たないうちに死んでしまうと言っていた。だが、この様子だと、自力で歩けるのは数ヶ月が限界か。最も長く黒兎に生かされているサラ奥様は、さらに酷い状態だろう。
「ラフールさん、ちょっと厨房へお願いします」
僕は、まず、ラフール・ドルチェさんに話すべきだと考えた。あの集落に出入りする彼なら、古い住人がわかるはずだ。
「おっ! 何かご入用ですかな」
テーブルに料理を並べていたラフールさんは、すぐに厨房へと、すっ飛んできてくれた。めちゃくちゃ取ってるね。
「はい、ちょっとご相談がありまして、2階の厨房にお願いできませんか」
「はい、喜んで!」
完全に商売だと思っている彼は、集落の人達に合図をして、2階へと上がっていく。僕も、フロリスちゃんに軽く手をあげ、彼の後をついていった。
◇◇◇
「ヴァンさん、食器が足りないのですかな?」
ギラギラと目を輝かせているラフール・ドルチェさん。ちょっと話しにくいな。
「ラフールさん、すみません。商売の話じゃないんです。集落の人達のことで……」
僕の表情を読み取ったのか、彼は瞬時に理解したようだ。
「あぁ、彼らの不調に気づかれましたか。今夜、連れてきたのは、それをヴァンさんに相談するためなんですよ。嫌がる長も、無理矢理に連れてきました。彼女が一番ひどいのでね」
「ラフールさんも、お気づきだったんですね」
「いやはや、私にはお手上げなんですわ。夜は比較的マシなので、知り合いの王都の極級薬師にも診せに行ったんですがね……」
「原因は、わからないでしょうね」
「えぇ、薬師の手には負えないと言われましたな。長は、昼間はこちらにいると、歩けないほど弱っているんですよ。だが、何も悪い所はないと……。神矢を吸収した反動かもしれないということでしたよ」
あぁ、確かに神矢を吸収したからか。神矢が体内のマナの流れを一気に促したことで、神獣テンウッドは異常に気づいたんだ。
「ラフールさん、薬師にはわからないことです。僕も、きっと知らなかったら途方に暮れていたと思います」
「えっ? ヴァンさんには、理由がわかるんですか」
「おそらく、魂の消耗です。テンちゃが、そう言っていました」
「神獣テンウッドが……。魂の消耗だなんて、治せないじゃないか……」
ラフール・ドルチェさんは下を向き、悔しそうに唇を噛んでいる。彼が集落の人達を、この世界に戻してあげようと本気で取り組んでいたことが伝わってくる。
「ヴァンさん、やはり黒兎の呪いなんですね。黒兎たちを始末すればもしくは……」
「いえ、黒兎は、集落の人達を生かしていたんですよ」
「黒兎は、執念深いんですよ。人間の魂に干渉することで生かしていたのでしょう? 自分のおもちゃを逃がさないために、そんな呪いをかけているとは……」
なぜ、呪いなんだ? 影の世界のことはよくわからないけど……。
「ラフールさん、ウッド草ってご存知ですか?」
「ええっ!? 死の花じゃないですか。なぜヴァンさんが知ってるんですか。こちらの世界には生えてませんよ?」
「死の花? あぁ、蘇生薬の素材になるくらいだから……」
「蘇生薬の素材なら、他の超薬草でいいじゃないですか。まさか死の花が、魂の回復をするとお考えですか!? ありえませんよ? 猛毒の花粉は、吸わなくても浴びるだけでも死に至りますからね!」
ラフール・ドルチェさんは、自分に取ってこいと言われると思ったのか、ものすごい勢いで否定した。
「ウッド草の花の実が……」
「ヴァンさん! たとえラフレアでも、ウッド草の群生地に近寄ると死にますよ! あっ、いや、ラフレアは平気だったかな」
「ラフールさん、聞いてください。僕、ウッド草の花の実を持ってるんです」
そう話すと、ラフールさんは僕から距離を取った。
「まさか、ヴァンさん、ここで出すんじゃないでしょうね? ウッド草の実は、確かにいろいろな効用があるそうですが、人には扱えません。喰われます。ウッド草の花よりも実の方が危険ですよ」
酷く怯えているようだ。見せる方が早いな。僕は、保管用の魔法袋から、ひとつ取り出した。
あっ、ラフールさんも少しだが消耗している。実を手に持つと、実が語りかけてくるような不思議な感覚を感じた。そして、これを吸収すべき場所もわかる。後頭部だな。
「どわっ! ちょ、ちょっとヴァンさん! そんなに巨大な花……じゃないな、顔があるから実か。うへぇ、ほんと、やめてください!」
花? 顔? ラフールさんはその場に座り込み、頭を手で覆っている。
「ラフールさん、それは幻覚じゃないでしょうか。白銀色の玉ですよ?」
「ひぃぃっ! なぜ私を狙って……」
ラフールさんはパタリと気を失ってしまった。まじか。




