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15、商業の街スピカ 〜慌ただしいお嬢様

 それから3日は、穏やかな時間が流れた。


 僕は、食事の間で、厨房の補助をしたり、お子様たちのケンカを鎮めたりと、意外に忙しかった。夕食時には、僕がいるためか、ワインを飲む奥様方が多く、それも忙しさの要因のひとつだろうか。


 ピリピリとした雰囲気は、完全には払拭されたわけではないが、僕が『薬師』として出入りしていた時に近いような雰囲気に戻ってきた。


 料理人達も、自分達が毒を盛ったわけではないと、旦那様に宣言してもらえたことで、安心したのだと思う。


 ただ、魔物を操って、こんな騒動を起こした者が見つかったわけではない。使用人達の間では、互いに疑心暗鬼になっているようだ。



 初日に、地下室から助け出したエリンお嬢様は、もうすっかり立ち直っておられる。強い少女だなと思った。だが、息子ロイン様をを失ったセイラ奥様は、食事の間に来ることはまだできないらしい。まぁ、当然のことだ。


「ヴァン、貴方が薬師のヴァンだなんて、知らなかったわ。いろいろと失礼なことを言って、ごめんなさいね」


「いえ、エリン様は大変な目に遭われたのですから、そんなことはお気になさらず……というか、今の僕は黒服ですからね」


「ふふっ、そうだったわね。それに私もいつ、ロインと同じ目に遭うかわからないものね」


 少女は、気丈に振る舞っているけど、やはり怖いのだろう。だが、母親を支えなければという気持ちから、前を向いていられるようだ。


「魔物については、旦那様も冒険者ギルドに調査依頼を出されるようです。この異常な騒動は、きっと解明されますよ」


「うん、そうね。あっ、今日はフロリスさんの成人の儀があるのよね? 確か、学校の都合で、午後からだと聞いたけど」


「僕も、そう聞いています。エリン様は参加されるのですか」


 僕がそう尋ねると、少女は少し不安そうな表情を見せた。本来なら、すべての奥様と屋敷にいるお子様たちには、参加の義務があるそうだ。


「フロリスさんって、何か近寄りがたいのよ。ヴァンが、世話をしていた時期があることは聞いているわ。彼女は、ずっとしぶとく生き延びてきたのに、なぜあんなに明るいのかしら」


 エリン様の言葉には、フロリスちゃんに対する畏怖のようなものを感じる。確かに、フロリスちゃんは、幼児期に母親を殺されて、心を壊してしまった。だけど、今では元気いっぱいな女の子だ。


「おそらく、フロリス様自身が、現実を受け止められたからだと思います。名家のお嬢様は特に、友達を作ることが難しいようですね。あえて、明るく振る舞われているのかもしれません」


 彼女に話していいこととダメなことの、見極めが難しい。有力貴族家では、お子様達は互いにライバルだからな。


「そう……そうよね。私よりもフロリスさんの方が、圧倒的に苦労をしているし、努力もしているわね」


「フロリス様は、いま、ほとんどの時間をデネブで過ごされているようですね。環境が変わったことで、気分も変わったのかもしれません」


 僕がそう伝えると、エリン様は深く頷いている。奥様と一緒に、しばらくこの街を離れるのもいいかもしれないな。


 その間に、こんなことを引き起こす『魔獣使い』を見つけださないと! 




「あっ! ヴァン、こんなとこに居たのねっ」


 バタバタと食事の間に駆け込んできたのは、今日、成人の儀を迎えるはずのフロリスちゃんだ。学校帰りなのか、まだ、服も軽装だった。


「フロリス様、13歳おめでとうございます」


「ありがとう! あっ、これ、ヴァンが責任を持って保管しておいてちょうだいっ。保管庫には入れないでよ? 間違って誰かに飲まれたら困るの」


 彼女は、魔法袋から、1本の白ワインを取り出した。ボトルの首には、可愛らしいリボンが結んである。アイスワインか。僕が生まれたリースリング村のぶどうで作られた極甘口の高級ワインだ。


「これは、プレゼントですか?」


「うんっ、フリックがくれたの。レモネ家の学校の前で、ソワソワして立ってたんだよっ。成人おめでとうって言ってた」


 フリックさんは、僕の妻フラン様が立ち上げた新しい神官家の見習い神官だ。だけど、実は国王様なんだよね。そのことをフロリスちゃんは知らない。


「へぇ、これは甘口の高級ワインですよ。フロリス様のために用意されたんですね」


「まぁっ、高級ワインなの? フリックってば、無理しちゃって〜。貧乏そうなのに、大丈夫かな」


 いやいや、国王様は貧乏じゃないですよ。


「大丈夫じゃないですか? フリックさんは、冒険者もしてるみたいですし」


「そうね、自分で稼いだお金で初めて白ワインを買ったって言ってたよ。ヴァン、絶対に無くさないでよ? それから、こっちは、レモネ家の奥様からいただいたの」


 フロリスちゃんに急かされるように、僕はアイスワインを魔法袋に入れた。今夜、冷やしてお出ししようかな。



「えっ……ちょ、お嬢様?」


 フロリスちゃんは、簡易魔法袋に入っていた大量のワインを、テーブルにぶちまけている。


「ひゃー、割れなかったかな?」


 テーブルで派手な音を立てて、ワインが転がっていく。僕は、必死に、テーブルからの落下を阻止した。


「なんとか……もう、ぶちまけないでくださいよ。ワインは繊細なんです。こんな風にゴロゴロと転がすなんて……」


「あはは、レモネ家の奥様が、私みたいなワインだって言ってたのは、こういうことなのねっ。落ち着きなく転がっちゃうわ」


 いや、違うと思いますよ、お嬢様。


「これは、フルーティで元気いっぱいな甘口のロゼワインですね。確かにフロリス様っぽいかな」


「だよね? 元気すぎて、転がっちゃうんだもんっ」


「いや、転がしたのは、フロリス様ですよ……」


「あっ、これは、皆さんでっておっしゃってたから、パーティで出してねっ! 奥様も来てくださるみたいだよ」


「かしこまりました。かなりの量ですね」


「うんっ、たくさん入ってるから、魔法袋ごとヴァンに渡してって……あっ、魔法袋から出しちゃったわ」


 レモネ家の奥様は、こうなることを予測されていたのかな。僕が苦笑いをしていると、フロリスちゃんは、じゃあと手をあげて、食事の間から走り去っていった。


 ほんと嵐のような、元気すぎるお嬢様だな。



「フロリスさんって、あんな人なのね」


 さっきまで話していたエリン様が、驚きで固まっている。


「今は、慌ててらっしゃったみたいですけど」


「私、フロリスさんの成人の儀に出てみるわ」


 エリン様の表情も、少し明るくなっていた。



皆様、いつもありがとうございます♪

日曜と月曜はお休み。

次回は、7月19日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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