149、自由の町デネブ 〜ウッド草
僕は、フリックさんと一緒に中庭へと出て行った。
「うわ、花畑ですね……」
「中庭には収まりきれず、屋敷への通路もこんな感じだぜ。さっき見せた生育が禁じられている植物が、屋敷の近くに植えられている。足の踏み場がないから、通路が通れないんだよ」
「えっ! ちょっと行ってみますね」
僕がそう言うと、国王様はニヤリと笑い、僕の腕を掴んだ。彼も見に行きたいんだな。
僕は、ラフレアの根を伸ばし、中庭を踏まずに奥の通路へと移動した。本当に足の踏み場がない状態だな。
「楽しいな、これ。空中を歩いているみたいだ」
ラフレアの根によって持ち上げているからか、国王様は嬉しそうにニヤニヤしている。僕と同い年なのに、見習い神官フリックさんには、こういう子供っぽいところがあるんだよな。
「これは……こんな花を、テンちゃが持ってたかな?」
禁書に描かれていた、禍々(まがまが)しい色合いの不気味な花が、予想以上にたくさん並んでいる。しかも、生育スピードが異常だ。見ていると、どんどん伸びていくのがわかる。
「この花は、実をつけるんじゃないか? 大丈夫かよ」
国王様は、禁書をペラペラめくりながら、難しい顔をしている。僕も、本を覗く。花が実を結ぶと災いが起こると書かれている。
「じゃあ、実を結ぶ前に抜きましょうか」
「そうだな、その方が……」
「ダメっ!! ウッド草は、抜くから災いが起こるんだよっ!!」
突然、青い髪の少女が現れた。しかも、人質かのようにルージュを抱っこして、空中に浮かんでいる。
「テンちゃ、この禁書には、生育禁止だと書かれてるんだ。きっと過去にこの植物で、何か悪いことが起こったんだよ」
「ウッド草は、花が咲いているときに抜くと、怒るんだよっ。だから近寄らせないように、辺りを猛毒の花粉で覆ってしまうの」
「えっ? 猛毒の花粉? そんな危険なものをなぜ屋敷への通路に植えてるんだよ」
「だから、信者さんが通らない場所に植えたよ。主人も、ウッド草の実は欲しいでしょ?」
ウッド草? 僕は薬師の知識を探る。あぁ、これか。この禍々しい花には名前がないようだ。名前が付いていない花は、人がその効用を知らないものだ。
「テンちゃ、薬師の知識には、ウッド草なんて名前はないんだよ。危険な花だという情報しかない」
「それは、主人がまだ薬師は超級だからじゃないの?」
「いや、薬草や毒草の知識は、ほぼすべてあると思うんだけどな」
「ほぼすべて、でしょ? 全部じゃないよ」
神獣テンウッドと言い争いをしている間に、ウッド草という植物は、どんどん伸びていく。とんでもなく繁殖力が強いのか、近くに植えられていた他の花の上にも、茎を伸ばして横に広がっていく。
「へんないろ〜」
ルージュが履いていた靴を、ウッド草の群れに放り投げた。ちょ、この娘は……。
えっ! 何!?
すると、禍々しい花が一斉に、パッとこちらを向いたんだ。花には目はないけど、僕は目が合った気がした。強い敵意が次第にゆるやかになり、花は元の位置に戻っていく。
「ヴァン、やはりこの植物は危険だぞ」
「フリック、うるさいよっ! 花が咲いたんだから、引っこ抜いちゃダメって教えたでしょ」
「だが、今、明らかに殺意を感じたぞ」
「でも、主人を見ておとなしくなったじゃない。どんな植物も、ラフレアには敵わないもの。この町の地中にはラフレアの根が張り巡らされてるから、ウッド草は暴れないよ」
暴れるのか!?
「テンちゃ、この花の実を、何に使うの?」
僕がそう尋ねると、青い髪の少女はポカンとした表情になった。呆れたのだろうか。王宮の禁書で生育を禁じているのだから、民には知らせられないほどの災害が起こったのだろう。そんな危険な植物を……。
「主人は、ワイン講習会にあの集落の人達を招くんでしょ? じゃ、ウッド草の実が必要じゃない」
えっ? サラ奥様たちに必要なのか?
僕は、再度、禍々しい花に視線を移す。薬師の知識には情報のない植物だが……この繁殖力と花に蓄える大量の花粉は、他にはないものだ。
さっき、テンウッドは猛毒の花粉と言ったけど、花に蓄えている花粉には毒性はない。ただ、スルスルと伸びていく茎には、植物だとは思えないほどのマナエネルギーを含んでいる。ということは……。
「テンちゃ、この植物が、蘇生薬の素材になるの?」
「うん、そうだよー。だけど、今の主人には、蘇生薬の調合はできないんでしょ? だから、生育を早めてるよ」
これはテンウッドの魔力か。僕達が使う生育魔法とは全く違う。
「生育魔法を使ったの? 実を得るため?」
「うん! ウッド草は、放っておくと花が咲くのは早いんだけど、実を結ぶのには何年もかかるからねー。待ってらんないでしょ。この通路には、ウッド草が捕食する草花を植えてあるから、もうすぐ実ができるよー」
青い髪の少女はそう言うと、禍々しい花に魔力を放った。密度の濃いマナだ。
「テンちゃ、あたしのくつ〜」
「ルージュが放り投げちゃったから、花に食べられちゃったよ」
「えー、あたしのくつ〜」
さっきルージュが放り投げた靴は、跡形もなく消えている。植物が靴を食べるとは思えない。おそらく、テンウッドがこっそり燃やしたのだろうな。猛毒に変化する花粉まみれになった靴は、さすがに危なくて使えない。
「フランに言って買ってもらえばいいよ」
「えー、ママおこるよ〜。パパ〜っ!」
ルージュのキラキラな視線が僕に向いた。か、かわいい! だけど、ここで甘やかしてはいけない。
「ルージュ、放り投げたのは誰かな? フラン様にごめんなさいを言おうね」
僕がそう優しく言い聞かせて……。
「パパ、きらいっ! テンちゃ〜」
「あらあら、ルージュ、泣いちゃダメだよ? あたしがフランに言ってあげるよ」
おい!
「うん! テンちゃ、だいちゅき〜」
「あたしも、ルージュが大好きだよ〜」
そう言いつつ、僕にドヤ顔を見せる青い髪の少女……。絶対に教育に悪影響だよね。フラン様は、ルージュが幼い間は自由にさせておくつもりみたいだけど、めちゃくちゃワガママな子に育ちそうで、僕としては不安しかない。
「ヴァン、娘に嫌いと言われてショックなのはわかるが、この植物はやはり……あっ」
国王様としては、見過ごせないんだよな。だが、今は処分できないみたいだ。ん? 国王様の表情が固まっている。
その視線をたどると、禍々しい花が落ち、白銀色に輝く玉が……あれ? マナ玉に似ているな。
ラフレアが余剰なエネルギーを放出したときには、銀色のマナ玉ができる。これを人が吸収すると、魔力の最大値が上がるから、マナ玉を巡って大きな争いが起こることもあるらしい。
僕も、動くラフレアになる前に、ゼクトからもらったマナ玉を吸収している。
「あっ、実ができてきたねっ。もうちょっと待ってから収穫しよう」
「テンちゃ、ウッド草の実は、マナ玉に似てるね。ラフレアに関係あるのかな」
「ん? ウッド草は、あたしが作ったから、関係あるかも」
「ええっ? テンちゃが作ったの?」
「だから、ウッド草って名前になったんだよ。この実は、ラフレアのマナ玉とは違って、魂の増幅をするよ」
「魂の増幅って何?」
「ん〜? あの集落の人達って、みんなこっちの世界では1年も生きられないでしょ? 黒兎が生かしていたけど、その間に魂は消滅に向かってたみたいだよ。あたしも神殿跡で気づいたけど〜」
えっ!? それで、テンウッドは、この植物を……。
「そっか。テンちゃ、ありがとうね。この実を食べれば、生きられるのかな」
「うん、もともとの寿命分は生きられるよ。あっ、でも、この実は、闇市に出しちゃダメだよ。主人が管理して」
「あぁ、闇市には流さないけどさ。取り扱いが難しいの?」
そう尋ねると、青い髪の少女はコクリと頷いた。
「たぶん、フリックが保管しようとすると、魔法袋に封じていても、実に喰われるよ。弱い奴には従わないもん。フリックが喰われたら、その場所に、ウッド草が繁殖するよ」
ひぇ、めちゃくちゃ危険じゃないか!!




