147、自由の町デネブ 〜ドゥ教会にて
「テンちゃは、すぐに行っちゃったね」
「そうですね。そろそろルージュが寝る時間だから、慌てていたのかもしれませんね」
神獣テンウッドは、僕とフロリスちゃんを店の前に送り届けると、大きな花の塊を持ったまま、すぐに転移していった。
「そっか。私も眠いかも」
「フロリス様は、ずっとチカラを使われていましたもんね。明日も臨時休業にしてあるから、ゆっくりお休みください」
「ありがと。長い一日だったよ」
ふわぁっとあくびをすると、フロリスちゃんは外階段から2階に上がっていった。
その直後、ぷぅちゃんが1階の店の鍵を開け、フロリスちゃんがいないことがわかると、チッと舌打ちをして、慌てて2階へと駆け上がっていった。
まぁ、いいんだけどね……舌打ちくらい。
天兎の主人への執着は、かなり強い。黒兎も同じなのだろうか。だとすると、サラ奥様は、それが原因でこちらの世界には戻れないかもしれないな。
でもブラビィは、黒い天兎だけど、僕を放置している。ということは、個体差があるのかな。ただブラビィの場合は、もともとは闇の偽神獣だったから、ちょっと特殊な個体かもしれないけど。
フロリスちゃんが、サラ奥様に自分の素性を話さなかったのだから、僕があれこれと言うべきではない。でも、フラン様には話しておくべきだよね。
明日は、ドゥ教会に戻ってみようか。
◇◇◇
「ヴァン、おはよう! たくさん寝たのに、まだまだ眠いわ」
翌朝、フロリスちゃんは目をこすりながら、2階の厨房にやってきた。あっ、眠れなかったのか。目をこすっているのは、たぶん目の腫れをごまかすためだ。
「フロリス様、おはようございます。店は明日からですし、ちょっとゆっくりされたらどうですか。ぷぅちゃんも寂しそうだし、気分転換に買い物に行くのもアリですよ」
「そうねっ。買い物といえば、商業の街スピカね」
「ええ、ブラウンさんもスピカの屋敷に戻られていると思いますから、護衛を依頼されると喜ばれますよ」
たぶん、ファシルド家の旦那様が喜ぶよね。彼はフロリスちゃんの伴侶候補の一人だと思う。
「うん! ブラウン先生と買い物に行ってこようかな。この休憩室にも、ソファとかがある方がいいよね。あの集落の人達が手伝ってくれるなら、居心地良くしておかなきゃ」
休憩室? あぁ、確かに、2階の厨房は、食堂兼雑談室だもんな。
「そうですね。ソファがある方がゆっくりできそうです」
木工職人の技能を使えば、僕でもギリギリ作れそうだけど、ブラウンさんと一緒に買い物に行く方がいいだろう。
フロリスちゃんは、神官見習いのフリックさんと仲が良いけど、フリックさんは国王様だ。有力貴族ファシルド家の娘でも、さすがに国王様との結婚は考えられないもんな。
「ヴァンはどうするの? 一緒に行く?」
「いえ、僕はドゥ教会を覗きに行ってみます。中庭が心配なので」
「ふふっ、昨夜はテンちゃが、大量に花を持って帰ったもんね。中庭が心配というより、フランちゃんが怒ってないかの方が心配なんでしょ?」
フロリスちゃんは、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。こういうところは、年相応なんだな。
「それもありますね。このまま放置していると、フラン様の機嫌が悪くなるかもしれません」
「ふふっ、フランちゃんは不器用だからねっ。花壇の植え直しとかは苦手だと思うよっ。中庭の花壇がぐちゃぐちゃになってたら、ヴァンの出番だもんね。あっ、フリックならできるかもしれないけど」
ケラケラと無邪気に笑うフロリスちゃん。やはり、フリックさんの名前が出てくるんだな。
朝食を食べ終えると、フロリスちゃんは出掛ける用意を始めたようだ。そんな彼女につきまとう獣人の少年。フロリスちゃんの機嫌が良いと、ぷぅちゃんも楽しそうに見える。
そして、僕達は、ガメイ村の転移屋を使って、それぞれの目的地へと出発した。
◇◇◇
「あら? ヴァン、どうしたの?」
ドゥ教会に戻ると、朝の礼拝直後だったらしく、教会は信者さんでいっぱいだった。フラン様は、凛とした神官スイッチが入っている。えーっと、どうしようかな。中庭の状態は、人が多くて見えない。
「あ、あの、薬草がたくさん手に入ったので、常備薬は大丈夫かなと思って……。今日は、食堂が休みなんですよ」
めちゃくちゃ怪しい言い訳のようになってしまった。フラン様の片眉が上がった。やはり、見抜かれている……。
「おぉ! 旦那さん、ちょうどいいところに。昨日から肩が痛くてね」
「俺は、変なもんを触ったらしくて、右手の小指が……」
信者さん達が、一気に押し寄せてきた。失敗したな。フラン様が少し心配そうな顔をしている。ジョブの印の陥没の兆しが改善したことは知っているはずだ。ただ、まだ淡い光が残っているからかな。
「順番に調薬しますね」
僕は、薬師の目を使いつつ、手早く薬の調合をしていく。礼拝に来ている人達だから、皆、軽い不調だった。
「旦那さん、薬を作るスピードが早くなったんだね。いよいよ極級薬師かね」
ん? あー、確かに調薬スピードは上がったかな。レベルが上がったのかもしれない。
「あんた、何を言ってんだい? 旦那さんの若さで極級薬師になれるわけないじゃろ。王都の極級薬師は、皆、爺さんばかりじゃないか」
「だが旦那さんは、ラフレアでもあるだろう? きっと、すぐに極級薬師になれるよ」
「あんた、そんなことになったら、王宮のお抱え薬師になってしまうんじゃないかい? こうやって無償で薬を作ってもらえなくなるよ」
「うっ、それは困るな。旦那さん、極級薬師にはならないでくれ」
「あんたが頼んでも、何も全く関係ないよ。ったく、何を言ってんだい」
いつもの信者さん達の不思議なケンカだ。ケンカというか、憂さ晴らしなのだろう。いろいろと言い合っても、その後はケロッとしてるんだよね。
「僕は、そう簡単には極級薬師にはなれませんよ。白魔導士のスキルもないので、回復系スキルの成長は遅いです」
「ほうほう、それなら安心じゃな。いや、変な意味じゃないよ? 旦那さんを頼りにしているということだよ?」
ふふっ、信者さん達は、必死だな。そんな彼らに、僕は柔らかな笑みを向けておいた。
「極級薬師になっても、ヴァンには、王宮からはお抱え要請は無いと思うぜ」
フリックさんが、話に割り込んできた。国王様がそう言うなら、間違いないね。
「ほらほら、フリックさん、また、そんな言葉遣いをして。呼び捨てじゃなくて、旦那さんって呼ぶと約束しなかったかい?」
「そうだよ? フリックさん。神官としての技能が上がってきても、そんな言葉遣いをしていてはダメだよ」
信者さん達に叱られ、フリックさんはニヤニヤと嬉しそうにしている。身分を隠していることが楽しいらしいけど……。
「俺はヴァンとは同い年だから、親しみを込めてるんだ」
「せめて神官服を着ているときくらいは、ちゃんとした言葉を使いなさいよ」
「はいはい。あっ、ヴァン、中庭が花畑になってるぜ? 精霊や妖精が集まってきてて、うるせーんだけど」
やはり、花畑か。
フリックさんは、わざと、ゼクトの口真似のような言葉を使っている。信者さん達は、はぁとため息を吐きつつ、教育せねばという決意の表情を浮かべているようだ。
まぁ、これはこれで、いいのかな。信者さん達も楽しそうだし。
「やはり、テンちゃが花畑にしたんですね。調薬が終わったら、ちょっと中庭を整えますね」
僕は、調薬のスピードを上げた。うん、確かに、判断も調薬も、早くなってる。あっ!
ジョブボードを確認しようと、右手の甲を見て驚いた。
光が消えている! ジョブの印の陥没の兆しから、完全に回復したんだ!
次回は、6月21日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




