146、死霊の墓場 〜シュピシュピへの土産
「ヴァン、お待たせ〜。じゃ、ヴァンの神矢を拾って、帰ろっか。あっ、まだ探すみんなは自由行動ねっ」
フロリスちゃんが笑顔で戻ってきた。サラ奥様やその屋敷に住む人達は、無事に『道化師』超級の神矢を得たらしい。
本来、こちらの世界の人達なんだから、別に『道化師』の変化を使う必要はないと思う。だけど、確か、影の世界の住人がこちらの世界へ来る条件が、『道化師』超級だったっけ。
集落に残るということは、影の世界の住人になるということだよね。あの集落にいた人達は、所属が消えているとゼクトが言っていた。黒兎が生かしている特殊な状態だとも言っていたな。
「はい、フロリス様、よろしくお願いします!」
「ふふっ、テンちゃも手伝ってくれるみたい。ほんと、ルージュちゃんのことが大好きだよね」
確かに、テンウッドは少しでも早く帰りたいんだよな。
「あっ! ルージュへのお土産を集めるから、手伝いはできないよ。神殿跡から出なければ魔物はいないから、自由に動いていいよ」
そう言うと、青い髪の少女はスッと姿を消した。そして、僕達から離れた場所で、しゃがみ込んでいる。
「あら、テンちゃは、花を摘むみたいだね。ヴァン、早く集めてしまおう」
それから、フロリスちゃんと一緒に草原を歩き回った。『道化師』の神矢が落ちていると、彼女は集落の人達に声をかけている。小さな犬が一瞬で駆けてくるんだよね。
いい目印になるけど……尻尾をふりふり、ぴょんっと飛び跳ね、完全な犬に徹している。ラフレアから生まれた魔物の悪霊には見えない。
あっ、そうか。アイツらは、シュピリラシュロプスの眷属なんだよな? この神殿跡が、神獣だった頃のシュピリラシュロプスのすみかだったから、無意識のうちに気分を高揚させているのかもしれない。
神獣の頃の記憶は、竜神様が奪ったと言っていたけど、たぶん何かを感じるんじゃないだろうか。小さな犬達は、はしゃいでいるように見える。単純に、生まれたボックス山脈に戻ってきたためかもしれないけど。
「けっこう集まったね〜。トレジャーハンターの神矢が多かったね」
「えっ? はい、ありがとうございます! トレジャーハンターかぁ」
「あっ、今じゃなくて、後でジョブボードを確認しておいてね」
僕がジョブボードを開こうとしたとき、フロリスちゃんに制された。あっ、神殿跡だ。ジョブボードを開くと、何かのジョブを使うと判断される。ガーディアンはいなくても、この地に眠る神獣はいるだろう。
竜神様がすぐにやってきたのも、たぶん眠る神獣を起こさないためだ。この地で神獣達の争いがあったことを僕に話したのは、僕への牽制もあるんだろうな。
僕がラフレアのチカラを使うと、おそらく眠る神獣が目を覚ます。死んだ神獣が目覚めるということは、当然、悪霊化してるよね。
「主人ぃ! 見てみて〜」
花の塊が現れた……。どんだけ摘んだの!? しかも、摘んだというより、引っこ抜いてる。
「テンちゃ、すごい花束だけど、引っこ抜いた?」
「うん! ドゥ教会の中庭に植えるの。あっ、でも安心して。ルージュが嫌いだという花は植えないからっ」
「そんなにたくさんあると、中庭の花壇には植えきれないね」
「大丈夫っ! 花壇にはルージュが好きな花だけを植えるから。他のは、花壇じゃない中庭に植えるよっ。フランが、ドゥ教会に来る人間に、よく花をあげてるもん」
へぇ、よく見てるんだな。
「そっか。信者さん達も喜ぶね」
「うん、一応、この場所の花は、精霊達の加護付きだからねっ。薬の素材にもできると思うよ」
確かに、知らない花ばかりだけど、様々な加護の光をまとっている。今の僕には無理だけど、『薬師』極級になれば、蘇生薬も創造できるかもしれない。そのときの素材になりそうだな。
「珍しい花ばかりだね。テンちゃ、ありがとうね」
「うん! きっとルージュも知らない花ばかりだから、あたしが説明するよっ」
青い髪の少女は、キラキラと輝く笑顔だ。竜神様がこれは芝居だと言っていたけど……僕は、この笑顔を信じたい。
「じゃあ、みんな、もういいよね? 帰るよ?」
テンウッドがそう言った次の瞬間、僕達は転移の光に包まれていた。めちゃくちゃせっかちだよね。
◇◇◇
「あっ、おかえり〜。早かったね」
影の世界の集落に戻ると、集落に残っていた黒兎達と精霊イーターだった赤い髪の少年は、門を作っているところだった。
「シュピシュピ! 何してんの?」
「ボクは、シュピシュピじゃなくて、シューだから! 木工を教えてもらってるんだ〜。ん? テンウッドさん? 姿が見えないほど草まみれだよ?」
「私はテンウッドさんじゃなくて、テンちゃだからっ! 草って何よ。花束って言いなさいよっ」
根がついてるし、彼の方から見れば、大量の草だろうな。
「花束? ボクにくれるんですか?」
「どうしてシュピシュピにお土産をあげなきゃいけないのよっ! これは、ルージュにあげるのっ」
だけど何かに気づいたのか、数本を彼の方へとふわふわと移動させている。両手が塞がっているのに、器用だよね。
「あれ? この花って……」
「古の、嵐の神獣の置き土産よっ。ここに植えれば、集落の結界強化ができるわ」
嵐の神獣って……神獣だった頃の彼の?
「ボクにも、お土産があるじゃない」
その花を受け取ると、赤い髪の少年は匂いを嗅ぎ、ふわりと笑った。神獣だった頃の記憶はなくても、花は覚えているのかな。
「シュピシュピへのお土産じゃないわっ。集落へのお土産よっ。気まぐれなシュピシュピが出て行っても、この花があれば、集落は守られるもの」
「ボクは、そう簡単に出て行かないよ。こっちの世界をまだほとんど見てないからね」
「影の世界から出ていくときは、その花を一輪持っていけばいいよ。次に行く場所を導いてくれるから」
神獣テンウッドは、一瞬だけ真顔になっていた。最後の一文には、何かの術が込められていたようだ。そっか、悪霊がこの世界から出て行くということは……あの神殿跡のガーディアンが復活するということなのかもしれない。あの場所への導きの花なんだ。
「じゃ、主人とフロリスをガメイ村に送り届けるねっ」
「あっ、テンちゃ、ちょっと待って。皆さんに、お話があります」
フロリスちゃんは、ガメイ村で店をやっていることや、ラフール・ドルチェさんが提案した件を、皆に話した。
「フロリスさん、この集落からガメイ村への出入り口はあるのかしら」
サラ奥様は、フロリスちゃんのことを娘だとは知らない。だけど、娘に接するような優しい眼差しを向けている。
「長さま、ラフールさんが、集落を囲む草原に出入り口を作るそうです。近いうちに来られると思いますよ。あっ、噂をすれば」
遠くに転移の光が見えた。
「主人ぃ、頑固な竜神が来るよ。帰ろっ。また時間取られるの、やだ。シュピシュピ、ちゃんと番犬しなさいよっ。竜神なら殺していいから」
「ちょ、テンちゃ! 竜神様にケンカを売るような……」
僕が叱ろうとした瞬間、僕達は転移の光に包まれた。