145、ボックス山脈 〜神獣たちのすみか
「わぁっ! 神矢がこっちに流れてきたわ」
フロリスちゃんは目を見開き、固まっている。だよね、僕も声が出せないほど驚いていた。この虹色に輝く草原が、まるで磁石かのように、神矢を引き寄せているようだ。
「すごいですね。こんなことができるなんて……」
本来の神獣の姿をしたテンウッドと、その背に乗る虹色のトカゲの姿をした竜神様が、協力して神矢を引き寄せているんだ。
神矢が射られたとき、この草原は虹色に輝いた。
竜神様の身体も透明度の高い虹色に輝いているから、これは竜神様のチカラなのかな。そのエネルギーを提供しているのが、神獣テンウッドか?
「さぁ、みんな、ささっと神矢を拾ってね。シュピシュピの子分なら、今降ってきた神矢の場所がわかるでしょ?」
神獣テンウッドは、青い髪の少女の姿に戻ると、影の世界の住人達に向かってそう叫んだ。
「テンちゃ、超級『道化師』の神矢なら1本でいいんだけど、大半は上級か中級の神矢だと思うよ。その識別は、できないと思う」
確かにフロリスちゃんの言う通りだ。そして同じ級の神矢を拾えばレベル5アップするし、一つ下の級の神矢でもレベル1アップする。だけど、上級レベル10から超級へは、上級以下の神矢では上がらないんだっけ。
でも、神矢を拾えば、きっとジョブボードが使えるようになるはずだ。それだけでも意味はある。
「うーん、じゃあ、フロリスならわかるから……集落に留まる予定の人は、フロリスが超級『道化師』を拾わせて、こっちの世界に戻る人は、1本以上は何か拾うことにしよっか」
テンウッドは、ちゃんとわかってるんだな。
「そうね。ガメイ村にいったん移住する人は、私の店で働いてもらうこともできるよ。あっ、黒兎は拾わないでね。吸収されないばかりか、たぶん怪我をすると思うよ。天兎も、ほとんどの神矢は吸収できないから」
へぇ、そうなのか。天兎は、神矢を射る側だもんな。神が神矢を射るサポートをしている天使は、天兎の成体の一種だ。
「じゃあ、あたしはフロリスを効率よく移動させるよ。集落に留まるのは、長と誰だっけ?」
神獣テンウッドがそう尋ねると、皆、顔を見合わせている。色のあるボックス山脈に来て、皆、こちらに戻りたくなったようだな。
「長の屋敷に住む者は、集落に残る!」
黒兎のレイランさんがそう叫ぶと、数人が残念そうに目を伏せた。だけど、サラ奥様も、娘のフロリスちゃんが生きているとわかれば、集落に留まるかを悩むことになるだろうな。
「じゃ、そういうことで、ヴァンはちょっと待っててね。ハンターの神矢の前に、今降った神矢を拾ってもらうから」
「はい、かしこまりました。僕は、ここを片付けておきますね」
フロリスちゃんとサラ奥様の屋敷にいた人達は、テンウッドの転移魔法で姿を消した。そして、次々と移動する転移の光が見える。テンウッドは早く終えたいから、急かしているのだろうか。
残された人達は、獣人の姿をした黒兎がそれぞれ付き添い、小さな犬に案内されて草原に散っていった。
『妙な共存関係だな』
食べ散らかされた容器を片付けていると、虹色のトカゲ……竜神様が話しかけてきた。
「あの小さな犬のことですね」
『ふむ。闇の竜神をあざむくために、あんな姿を与えたのは、古の精霊イーターか。気配が消えたから、おかしな魔物に進化したのかと危惧していたが、影の世界にいたとはな』
「えっ? シュピリラシュロプスを知ってるんですか」
『当たり前だ。その名前を与えたのはワシだからな。それに、精霊イーターになる前は、アイツも神獣だった』
「ええっ? 神獣が精霊イーターになるんですか?」
『その頃の記憶は、名前を授ける対価として奪ったから、アイツには神獣だった頃の記憶はない。だが、テンウッドは復活させろと言っていたな』
竜神様は残った料理をつまみながら、遠い目をしているような気がした。なぜ、僕にこんな話をしてくれるのだろう? なんとなく僕に問い返してほしいのだと感じる。
「竜神様、先程は、ここの神殿守が、テンウッドの犠牲になったと言ってましたよね? 話の流れから予想すると、ここの神殿守は、シュピリラシュロプスだったということですか」
『あぁ、神獣だった頃のアイツだがな。この場所は、そもそも神獣達が棲む神殿だった。ボックス山脈でも天に近い位置にあるだろう? だから神獣守も神獣だ。アイツは、炎と嵐を操る稀有な神獣だった。しかし、性格に問題があったのだ』
シュピリラシュロプスは、人懐っこい雰囲気だったよね? でも、精霊イーターだったということは、虐殺を好むタイプなのかな。
「いま、彼は影の世界では、赤い髪の少年の姿をしています。わざと討たれて悪霊になったようですが、戦闘狂なのですか?」
『いや、真逆だ。アイツは甘えん坊でな。神殿守がしっかりしないから、ここで争いが起きた。神獣が増えすぎていたせいもある。また、精霊も増えすぎていた。いろいろな者を巻き込む大きな争いが起こり、テンウッドがキレたのだ』
「えっ? キレた?」
『あぁ、ワシはその頃は、まだ竜神ではなかったから詳細は知らぬ。だが、神獣のすみかを壊したのはテンウッドだ。それがテンウッドの暴挙の始まりらしい。その後も、各地に飛び火した争いに対して、過剰な統制をしていった。だから、神はテンウッドからチカラを奪い、氷の檻に閉じ込めたのだ』
「もしかして、シュピリラシュロプスは、テンウッドに殺されたんですか」
『さぁな。統制の神獣が持つチカラのすべては、多岐にわたる。だが……』
うん? 虹色のトカゲが……隠れた?
「ちょっと、主人ぃ! そんな奴の話なんか、聞かなくていいよっ」
「あっ、テンちゃ。もう終わったの?」
テンウッドが来たから、竜神様が隠れたのか?
「うん。フロリスが神矢を拾えてない人にアドバイスするから、主人はもうちょっと待っててって」
「そっか、わかったよ」
「それからねっ! トカゲの話は半分間違えてるよっ。ここを壊したのは、あたしじゃなくてシュピシュピだからっ。神獣のすみかは、特別仕様だから壊せないよ。嵐の神獣以外にはねっ。それに、シュピシュピを殺したのも私じゃないよっ。たぶん、自爆じゃない? あっ、内緒だよっ。シュピシュピは、すぐにウジウジするから、その記憶を竜神が消したんだよ」
竜神様の話とは、なんだかイメージが違う。話し手によって、印象が変わるんだよな。
「さっき、テンちゃは、ここの神殿守を復活させろって言ってたよね? 竜神様に出来ることなの?」
「山の竜神ならできるでしょ。ボックス山脈には、竜神がいっぱいいるじゃん。それを統制してるのが、神殿跡を守るこのトカゲだよ」
えっ? いっぱいいるの!?
『テンウッド、なぜそんなに人間くさく……いや、もう良い。それが芝居であることは、そのうち明らかになる。そもそも、おまえが人間をゴミ虫扱いするから、秩序が……』
「誰がゴミ虫なのよっ! トカゲの方がゴミ虫じゃない」
ちょっと、やめなさい。
青い髪の少女は、僕の影に隠れた虹色のトカゲを潰そうと、あちこち踏み荒らしている……。娘のルージュが、花壇についた虫を潰そうとするのと同じ行動だ。
『いつまでもそんな芝居が続くとは思えぬが……。竜を統べる者、おまえは神獣を従える器か?』
はい? 意味不明な呟きを残し、虹色のトカゲは姿を消した。
「逃げたわねっ! あたしの勝ちねっ」
ケラケラと無邪気に笑う青い髪の少女。この笑顔は、芝居には見えないんだけどな。




