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142、ガメイ村 〜フロリスちゃんの失言

 そして翌朝、僕もフロリスちゃんの付き添いをするため、店は臨時休業することになった。


 営業再開後に、また臨時休業するには理由が必要だと、酒屋のカフスさんから言われたことで、フロリスちゃんは咄嗟に、変な理由を口走っていた。


「……ということで、ちょっとあちこちに営業に行ってくるから、店は2日ほどお休みします」


「店長さん、そのワイン講習会は、ヴァンさんが講師をされるんですよね? 誰が出席しても構わないんですか?」


 話を聞いていたカフスさんは、恐る恐るという雰囲気で、そう尋ねた。彼も出席したいのだろうな。カフスさんは、成人の儀が終わり、ジョブは『商人』だったと聞いている。



「ええ。ワインを学びたい人なら誰でも大歓迎よ。既に商人貴族の人が、講習会用のワインの仕入れルートを確保するって言ってくれてて……」


 あちゃ。フロリスちゃんのその言葉で、酒屋のカフスさんは、明らかに動揺している。商人貴族って言われたら、ガメイ村の酒屋には口出しができない。


 フロリスちゃんも、その失言に気付いたのか、慌てて僕の方に救いを求めるような視線を送ってきた。臨時休業の理由を、ワイン講習会を宣伝して各地から参加者を集めるため、なんて言うからだよ。


 酒屋のカフスさんも、最初は、ガメイ村にたくさんの観光客が来ることを歓迎しているようだったけど……ワインは、他の商人貴族から仕入れるなんて、一番言っちゃダメなことだ。カフスさんは、無償で店を手伝ってくれてるんだから。



「ヴァン……」


 フロリスちゃんは、泣きそうな顔になってきた。仕方ないな。


「フロリス様、カフスさんには練習用のワインを頼むんじゃなかったでしたっけ?」


「えっ? あ、ええ、そうね、そうだわ、練習用?」


 フロリスちゃんは、やはり嘘は下手だな。ちゃんと話を合わせてくれなきゃ。


「お忘れですか、お嬢様」


 僕は、少しため息をついてみせた。だけど、フロリスちゃんは、上手く合わせられない。目配せをしたんだけど、オロオロとしてるんだよね。


「ヴァン、ごめん。わかんない」


 仕方ないな。僕が一人で芝居をするか。カフスさんの方に視線を向ける。



「カフスさん、店長が忘れてるので僕からお願いしますね」


「えっ? あ、はい」


 酒屋のカフスさんは、僕とフロリスちゃんを交互に見比べ、困った表情だ。だけど、フロリスちゃんがふわぁっとあくびをしたことで、何かを納得してくれたらしい。


「ワイン講習会は、まだ日程は決めてないんですが、この店の昼間の空き時間を利用する予定です。講習会は、出席するだけでもいいのですが、よりしっかりと学びたい人には、自習用のワインを買ってもらおうと思っています」


「自習用ですか?」


「はい。テイスティングの練習用です。ワインの特徴が明確なものが初学者にはわかりやすいので、単一品種のブドウから作られた、なるべく安価なワインが良いと考えています」


 そこまで説明すると、酒屋のカフスさんには正確に伝わったようだ。早起きしたフロリスちゃんは、キョトンとしているけど。


「ヴァンさん! なるほど、それならガメイ村の赤ワインは最適ですね! ガメイ村の赤ワインは、ガメイ種のみから作られるし、カベルネ系などに比べると圧倒的に安いです。練習用には最適だ」


「はい、そうなんです。僕が生まれ育ったリースリング村の白ワインも、テーブルワインなら安いですし、ガメイの赤ワインもリースリングの白ワインも、何より、ワイン初心者には飲みやすいですからね」


「確かに飲みやすいですよね。リースリング種の白ワインなら、高級なアイスワインは扱えませんが、テーブルワインなら当店でも扱っています!」


 酒屋のカフスさんは、目をキラキラと輝かせている。


「カフスさんには、講習会の後に、練習用のワインを販売してもらえたら助かります。できれば、赤白もう一種類ずつあるといいかもしれません」


「なるほど! そうですね。飲み比べをする方が違いはよくわかります。ガメイ種は軽い赤ワインですから、もう一種類は、少ししっかりとした渋味のある赤ワインがいいでしょうか。リースリング種は甘口の白ワインだから、辛口の白ワインがあるといいのかな」


 へぇ、さすが酒屋さんだな。よくわかっている。


「じゃあ、初回は赤ワインで、その次の回は白ワインの販売をお願いしようかな。ワイン初心者には、白ワインの方が飲みやすいでしょうが、ガメイ村の赤ワインをまず知ってもらいたいですから」


 僕のこの言葉に嘘はない。だけど、隠していることはある。もしグリンフォードさん達が来るなら、色のあるワインを喜ぶはずだ。


「そうですね! それがいいと思います! では、もう一種類は、どうしましょうか。当店の仕入れルートだと、王都方面はちょっと……」


「カフスさんにお任せしますよ。単一品種で、お手頃な価格であれば、なんでも大丈夫です」


「それでは、さっそく店に戻って考えてみます! あっ、それから、こちらの食堂が二日ほど臨時休業することも、皆さんに知らせておきます」


 酒屋のカフスさんは、完全に商人スイッチが入ったようだ。ぶつぶつとワインを製造するセラーの名前を、無意識のうちに呟いている。


「じゃあ、カフスさん、お願いねっ」


「はい! 店長さん、ヴァンさん、お任せください」


 カフスさんは勢いよく頭を下げると、店を後にした。ほんと、頑張り屋さんだね。



 ◇◇◇



「ヴァン、『道化師』の神矢は、あと数時間後に降るわ。急いで、長さま達のお迎えに行かなきゃ」


 バタバタと準備を始めたフロリスちゃん。店の作り置きの料理も大量に持っていくようだ。神矢が降る場所は、教えてくれない。ただ、この状況を見ていると、街中ではなさそうだな。


「フロリス様、長さまに……サラ奥様に、なぜ名乗らないのですか?」


「えっ……そんなのわかんないよ。だけど、名乗らない方がいいと思うの。長さまは、きっと苦しむと思うから」


 フロリスちゃんは、母親のことをやはり長さまと呼んでいる。これ以上、僕が何かを言うべきではなさそうだ。




主人あるじぃ、なぜ私が運ばなきゃいけないのっ!?」


 呼んでないのに、青い髪の少女が現れた。珍しく、腰に魔法袋を装備している。


「テンちゃ? 僕が呼んだっけ?」


主人あるじじゃなくて、お気楽うさぎが行けってうるさいの。主人の友達が、これをくれたよ」


 神獣テンウッドは、腰に装備した魔法袋を指差した。マルクが扱うものとはタイプが違うようだ。


「それって、マルク? 見たことない魔法袋だけど」


「違うよっ。大剣を使う、強い方の友達だよっ。ダンジョン産だから、好きなだけお土産を入れられるって言ってた。主人達の護衛の報酬だって」


 あっ、ゼクトか。神獣テンウッドは、よくゼクトに遊んでもらってるもんな。ゼクトは嫌がってるけど、他の冒険者には神獣の相手は務まらない。


「護衛が必要なのかな? いや、待って。そもそもテンちゃが、フロリス様の仕事を手伝うって言ってたよね?」


 そう問い返すと、青い髪の少女は聞こえないフリをしている。娘のルージュの真似だな。ルージュは今、反抗期なんだよね。



「テンちゃ、ありがとう。助かるよ。大きな魔法袋は役立つと思うよ。綺麗な花もたくさん咲いてると思う。あっ、ぷぅちゃん、お留守番をお願いね。ケンカしちゃだめだよ?」


 フロリスちゃんは、鍵を閉めるために降りてきた天兎のぷぅちゃんにしっかりと釘を指し、店の外へと出てきた。


 その直後、僕達は、テンウッドの転移魔法の光に包まれた。


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