141、ガメイ村 〜フロリスちゃんとの長話
それから数日が経過した。
一週間ぶりに食堂の営業を再開したからか、この数日は、以前よりお客さんが多いような気がする。計り売りのワインも新酒から通常のワインに切り替えて、取り扱う種類が増えた。
そのため、手伝いをしてくれている酒屋のカフスさんは、完全に食堂の店員状態になっているんだ。彼は朝から夕方までは酒屋の仕事をして、夕方から食堂を手伝ってくれる。しかも、給料は受け取らないらしい。
だからフロリスちゃんは、カフスさんの店に、食堂で扱う酒類のすべてを注文しているようだ。小さな酒屋さんは、こうやって顧客をつかむんだな。
まぁ、カフスさんの場合は、フロリスちゃんに惹かれていることも、手伝ってくれる動機の一部かもしれないけど。
黒服のブラウンさんは、僕達が不在の間は、ファシルド家に戻っていたようだ。たぶん、天兎のぷぅちゃんが追い出しだのだと思う。留守を守るだけなのに、妙なナワバリ意識があるんだよね。
ブラウンさんはフロリスちゃんの魔導学校の先生だったから、フロリスちゃんのことが大好きなぷぅちゃんとしては、ライバル視してしまうのかもしれない。
昨日、ブラウンさんが戻ってきて、ファシルド家の旦那様からの手紙をもらった。手紙によると、ガメイ村の盗賊達は随分とおとなしくなったらしい。リーダー格の魔族の男が、特に変わったそうだ。
ガメイ村には、暗殺者ピオンの隠れ家があるという噂を耳にするようになった、とも書かれていた。誰がそんなことを言ってるのかはわからないけど……盗賊団が食堂を襲撃してきたとき、僕がピオンとして彼らの前に出たから、かもしれない。
あれ以来、魔道具メガネは使ってないけど、なぜか目撃情報がチラホラと、僕の耳にも入ってくるんだ。暗殺貴族のクリスティさんのイタズラだろうか。
「ヴァン、店は、そろそろ誰かに任せる準備を始める方がいいわね」
フロリスちゃんにも、ファシルド家の旦那様から手紙が届いたようだ。内容は聞いてないけど、ガメイ村の治安維持の仕事は、もう終了しても良いということかもしれない。
閉店という選択肢は、考えないんだな。フロリスちゃんは、この店に愛着があるみたいだ。
「それなら、この商業通りにある大きな食堂オワリーの旦那さんが、フランチャイズ契約を結びたいそうですよ。彼には、ドルチェ家も資金提供をしているようだし、任せてもいいかもしれませんね」
「うーん、そうねぇ……。でも、あの食堂は、あまり美味しくないよね。昼食時には食べ放題を真似してるみたいだけど……作り置きをしたものを魔法袋で保管しないから、腐りかけてたっていう話も聞いたよ?」
フロリスちゃんは、そんな情報収集をしていたのか。
「でも、昼食時は、とても混んでいるみたいですよ?」
「それは、昼食で銅貨9枚で食べ放題なら、お得感があるからだよ。その点は商才があると思うんだけど。でも、料理を無料にしているウチより手を抜いてるって、どうかと思うな」
まぁ、料理が無料だから、気楽なんだけどね。料金は、飲み物代だけなんだけど、結構な売り上げになっている。酒屋のカフスさんの頑張りも大きいよね。
フロリスちゃんは、大きな食堂オワリーの旦那さんを認めているのか否かがよくわからないけど、彼に任せたくないという気持ちはわかった。
「あっ、じゃあ、影の世界の集落の人達に任せるのはどうですか? 彼らをラフールさんが一時保護すると言っていたけど、仕事がある方が住みやすいと思いますし」
「ヴァン! それ、いいわね! もちろん影の世界に留まる人もいるだろうけど、この屋敷を譲るのは適任だわ!」
フロリスちゃんは、無意識のうちに、サラ奥様をイメージしているようだ。サラ奥様に娘だと明かしていないのに……。
確かに、ここはファシルド家の屋敷だ。サラ奥様が引き継いでくれるなら、それが最適かもしれない。でも彼女は、こちらの世界には戻らないだろうな。
サラ奥様は、娘のフロリスちゃんを失ったと思っている。それに、あの集落にたくさんいる黒兎の獣人達の主人は、サラ奥様だろう。集落を離れられないよね。
それに、あの集落には、精霊イーターだった悪霊もいる。しかも、小さな犬の姿をしているけど、ラフレアから生まれた魔物の悪霊達も大量にいるもんな。やはりサラ奥様は、集落を離れられない。
「あっ、そうだわ、ヴァン。ポスネルクの件なんだけど……」
フロリスちゃんは、急に小声だ。今は、僕達がいる二階の厨房には、他には誰もいないのにな。
「はい? また、事件が起こりましたか?」
「うーん、そういうわけでもないの。リクロスという名の魔族を知ってる? 暗殺者ピオンを崇拝している人なんだって」
リクロス? あぁ、店の営業初日に襲撃してきた盗賊達のリーダーか。あの襲撃は、フロリスちゃんは知らないはずだ。
「ええ、盗賊ですよね? 見たことはありますけど」
「ふぅん、じゃあ、そういうことかぁ」
ポスネルクを使っていたのは、アーチャー系の貴族で、もうその件は解決済みだと聞いている。ファシルド家へも、手出しをしないという約束もあるけど?
「うん? フロリス様、自己解決しないでください。僕には全く意味がわかりません」
あっ、聞くべきじゃなかったか。ファシルド家の旦那様からの手紙の内容なら、僕には話せないことかもしれないな。
「リクロスって人ね、ドルチェ家の分家の人なんだって。ハーシルド家の後継争いが激化していて、ポスネルクという魔物が使われたことを、暗殺者ピオンが怒って調べようとしているって、知ったらしいよ」
はい?
僕が首を傾げていると、フロリスちゃんは、くすくすと笑う。
「僕は確かに怒ってますけど、調べてませんよ?」
「マルクさんが、その魔族をうまく操っているみたい。たぶん、クリスティさんがそうさせてるから、王命だと思う」
ちょ、情報が多いよ。
「えっと、マルクが、その魔族を利用しているんですか? 王命を受けたクリスティさんが、マルクに依頼したのかな」
「うん、たぶんね。お父様は、ハーシルド家の後継争いも、通常の程度になるって言ってたよ。国王様が、毒は毒で制すべきだって、おっしゃったそうだよ」
国王様が動いたのか。直接、いろいろと見てたもんね。あっ、見習い神官のフリックさんが国王様だとは、まだフロリスちゃんにはバレてないんだっけ。
「なるほど。えっと、暗殺者ピオンは関係なくないですか?」
「関係あるよ? その魔族が暗殺者ピオンのために、ピオンが不快なことを排除しようとしてるみたい。すっごく憧れてるらしいよ」
あー、なんか、そうだっけ。魔道具メガネは、魔族の男の感情を、妙な色に染めていたな。恋愛対象のような……。
「へぇ、そうなんですか。ピオンは、架空の人物なのにな」
「うん? ここにいるじゃない? クリスティさんも、ピオンが大好きみたいだよっ。ヴァン、モテモテだねっ」
そりゃ、魔道具メガネは、クリスティさんが自分好みの姿になるように作ったんだから、当然だよね。
「いやいや、クリスティさんには恋人候補がいるじゃないですか。それに、魔族の人って男だし……」
「えーっ? クリスティさんに恋人?」
あっ、マズかったか。僕、殺されるかも。
「フロリス様、絶対に言わないでくださいよ。バレたら、僕、殺されます」
そう言ってみたけど、フロリスちゃんに反応がない。ちょ、話を聞いてないな?
「フロリス様?」
なぜか無言で、固まってしまったフロリスちゃん。まさか、クリスティさんに術を?
「ヴァン! 『道化師』の神矢は、明日、降るわっ! 黒兎の平原の奥に、こちらへの出入り口が現れる。あの場所は……えーっ? 嘘っ」
フロリスちゃんは、頭を抱えて座り込んでしまった。
次回は、6月7日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。