140、ガメイ村 〜講習会の依頼
「えっ? グリンフォードさんからの依頼ですか?」
影の世界の人の王が、あの集落の住人のことを気にかけているのだろうか。まぁ、グリンフォードさんって、裏表のない素晴らしい王だとは思うけど。
「まぁ、その、それも関係するのですよ」
ラフール・ドルチェさんは、なんだか歯切れが悪い。集落の住人をガメイ村で一時保護するということも、グリンフォードさんからの指示なのだろうか。
「はっきりと言ってもらって大丈夫ですわ。私達にできることなら、お手伝いしますっ」
フロリスちゃんも、彼の歯切れの悪さに気づいたようだ。
「コホン、では、言葉を選ばすにお話しさせてもらいますね」
ラフール・ドルチェさんは、やはり僕の方をチラチラと見ている。テーブルの片付けで、僕が動いているのが気になるのかもしれないな。
「ええ、遠慮なくどうぞ。その方が私も……」
「フロリスをおかしなことに利用するつもりなら、オレが拒否するぞ」
フロリスちゃんの言葉を遮る獣人の少年。ずっと二階への階段に隠れていたのに、何かを察知したのか会話に入ってきた。
「ちょっと、ぷぅちゃん! お話の邪魔しないでっ」
「別に邪魔なんか、してねぇし……」
フロリスちゃんに叱られた天兎のぷぅちゃんは、しょんぼりと下を向いてしまった。ほんと、天兎にとって、主人は絶対なんだな。
「ラフールさん、すみません。お話の続きをどうぞ」
拗ねたような獣人の少年は、フロリスちゃんにポンポンと頭を軽く叩かれたことで、ふにゃっとした笑みを浮かべている。ぷぅちゃんの扱いも、フロリスちゃんは上手くなっているようだ。
「では、率直にお話しさせてもらいます。その前にフロリスさん、この店の客席は、何席まで可能ですか?」
ラフール・ドルチェさんが、なぜか客席数を尋ねてきた。あぁ、あの集落の人達の食事協力の依頼かな。
「えっと、今は、食べ放題の営業しかしていないから、歩き回れるように余裕ある配置にしているので100人くらいですけど、150人くらいまでなら増やせますよ?」
あの集落の住人で、所属を失っている色のある世界の人は、たぶん40人ちょっとだ。ゼクトがそう教えてくれた。同数以上の黒兎の獣人もいたよね。
「そうですか。それなら、余裕がありますな」
ラフール・ドルチェさんは、店内を見回しながら頷いている。でも席数を増やすと、食べ放題には支障が出ると思うんだけど。
「えっと、あの集落の人達にご飯を食べさせてほしいというご依頼かしら? 席を増やさなくても、二階でよければ、40人くらいなら入れますよ」
フロリスちゃんは、僕と同じことを思いついたようだ。僕よりも賢いな。確かに、無料で提供するなら、他のお客さんと分ける方がいいよね。
「あぁ、食事の提供なら、どこででも出来るので、それもありがたいですが、少し違うのです」
また、ラフール・ドルチェさんは話しにくそうな顔をしている。無茶振りをされるのかな。僕は、彼とフロリスちゃんに紅茶をいれて、そっとテーブルに置いた。
「えーっと、当店は食堂なので……うーん?」
フロリスちゃんは、彼の依頼を当てようとしているのか、首を傾げて考え込んでいる。そんな彼女と僕の顔をチラチラと見るラフール・ドルチェさん。
僕に会話に加わってほしいのかな。聞き役の方が楽なんだけど……まぁ、仕方ない。
「ラフールさん、では、どういう依頼なのですか」
僕がそう尋ねると、彼は、真っ直ぐに僕を見て……。
「ヴァンさん、店の空き時間に、ここでワインの講習会をしてもらえませんか? 今、神矢の【富】はワインだ。だが、集落の人達には、その知識がほとんど無い。幸いなことに、ガメイ村は、有名な赤ワイン産地ですからな。それに、店では、樽詰めのワインも置いておられる! しかもヴァンさんは、ジョブ『ソムリエ』だ。ガメイ村には、ソムリエのスキル持ちは居ても、ジョブ『ソムリエ』はいません!」
ラフール・ドルチェさんは、すごい勢いで話した。なんだか、まだ裏がありそうだな。あの集落の人達のためだけに、こんなに熱くなるかな?
「ラフールさん、それは構いませんが……」
「ありがとうございます! つきましては、講習会に使用されるワインや必要な経費は、すべて私が負担させていただきます! なので、その……」
やはり、何か別の目的があるんだな。
「あっ! わかったわ。ラフールさんの知り合いの人達も、ヴァンにワインのことを習いたいのねっ。私もあまり知らないから、ついでに習おうかしら」
熟考していたフロリスちゃんが、ニコニコな笑顔で、そう言い出した。あぁ、なるほど。ラフールさん自身が習いたいのかもしれないな。商人貴族とはいえ、彼は、ドルチェ家から少し距離をおいているから、学ぶ機会がなかったのかもしれない。
「さすが、フロリスさんですな。私も含めて、私の知り合いに、ワインを学びたい人がたくさんいるのですよ」
ラフール・ドルチェさんは、僕の方をチラチラと不安そうに見てくる。断られると困る事情がありそうだな。
僕としても、ジョブの印の陥没の兆しは収まったけど、まだジョブの印には淡い光が残っている。ジョブの仕事をきちんとするためにも、ワイン講習会は最適だ。
「わかりました。では、あの集落の皆さんが『道化師』の神矢を得たら、定期的にワイン講習会をしましょう」
僕がそう答えると、ラフール・ドルチェさんはホッと安堵の息を漏らした。この反応って……まさか、グリンフォードさんや、取り巻きのご婦人方を招くんじゃないよね?
「ヴァンさん、ありがとうございます! それまでに私は、ワイン仕入れのルートを確立しておきます。ヴァンさんが指定されるどんなワインも入手できるようにしてみせます! では準備がありますので、失礼いたします」
ラフール・ドルチェさんは、フロリスちゃんにも深々と頭を下げ、店を後にした。
「なんだか、張り切ってたねっ。私も頑張らないと」
フロリスちゃんは、残った紅茶を飲みながら、ニコニコと穏やかな笑顔を見せた。彼女は、まさかグリンフォードさん達が来るかもしれないとは思ってないようだ。
僕は、グリンフォードさんだけならいいんだけど、取り巻きのご婦人方は苦手なんだよな。
「フロリス様、食堂の営業はどうします? 一応、予定では、明日からだと思うんですが」
「ええっ? 明後日じゃないの? 大変だわっ。酒屋さんと市場に行かなきゃ! ヴァンも、のんびりとしてられないよっ」
やっぱり、わかってなかったか。影の世界の1日と、こちらの世界の1日は違うもんね。そういう僕も、さっき買い物をしていたときに、常連さんから明日からだよなと言われて気づいたんだけど。
「ぷぅちゃん! 酒屋さんと市場に行くからついて来てっ! ヴァンは、できる仕込みから始めてちょうだいっ。あぁ、商業ギルドにも行って、店員さん達に連絡してもらわなきゃ」
フロリスちゃんは、バタバタと慌てて出て行った。そんな彼女の後ろを嬉々としてついていく獣人の少年。チラッと僕に、なぜか勝ち誇ったようなドヤ顔を見せている。
はぁ、ぷぅちゃんは相変わらずだね。
料理のストックは魔法袋にあるはずだけど、何があって何がないかは覚えてない。とりあえず確認しなきゃね。ストック用の魔法袋は二階だっけ? 僕は二階の厨房へと上がっていく。
はい? 何これ?
二階の食堂は……まるで嵐が直撃したかと疑うほど、足の踏み場もないくらい、とっ散らかっていた。
ぷぅ太郎! やりやがったな。この惨状をフロリスちゃんに見せたいよ。はぁ、ったく。




