14、商業の街スピカ 〜夢の話という噂
コンコン!
「旦那様、軽食をお持ちしました」
僕は、旦那様と室内にいるはずの人数分の軽食を運んできた。扉が閉まるのを待って、旦那様は口を開く。
「ヴァン、何かわかったか?」
「はい、ほんの一部分だけは、わかりました」
そう答えると、旦那様は満足げに頷いた。
「わかったことを話してくれ」
僕が、テーブルに軽食を並べていくと、旦那様は肉を挟んだパンを手に取った。空腹だったんだな。
「はい、食事の間を片付けさせたのは、先程、謁見の間にいた誰かです」
「うむ、それは私も気づいている。ヴァンは、それを調べるために皆の前で、死骸から術者を辿ると言ったのだろう?」
さすがだな。見抜かれている。
「はい、そうです。実際にポスネルクを片付けたのは、黒い魔物でした。種類はわかりませんが、死骸を喰い、そしてじゅうたんに残っていた血もすべて、吸い取るように喰ったようです」
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「何だと? まるで見ていたかのような言い方だな」
「はい、見ていました」
「は? ヴァンは、謁見の間に居たではないか」
「正確に言えば、僕の従属が見たものを僕に送ってきたんです。音はない映像だけでしたが」
「従属って、あのネズミがか?」
「ええ、知能が高い子達なので。そして、その黒い魔物は、掃除が終わると消えました」
「従属召喚か? だが、それは、ピンチのときだと言っていなかったか?」
おっ、覚えてたんだ。
「今回は、従属召喚ではありません。消えたように見えたのは、異界に隠れたからです。あの部屋には、目立たない場所にいくつか、影の世界に出入りした痕跡が残っていました」
「ちょっと待て。異界って何だ? 屋敷の中に、そんな異界との出入り口があるのか?」
「異界は、この世界ではない、影の世界ですよ。交流が始まったじゃないですか」
そこまで話すと、旦那様は、異界との行き来が始まったことを思い出したようだ。難しい顔をして考え込んでしまった。
この街スピカには、影の世界から来た住人は、多くはない。大半は、ボックス山脈に居るようだ。
この世界で恨みを持って死んだ者は、悪霊となって影の世界の住人となる。僕は、ずっとこの知識しか無かった。
だけど、影の世界と戦争になりかけたときに、知り合った人から様々なことを教えられた。影の世界には、僕達が悪霊と呼ぶ霊と、獣と、そして人がいるのだそうだ。
影の世界の人の王は、グリンフォードさんという。彼は、国王様と親しくなったこともあり、互いに交流が始まったんだ。僕も、そのうち、影の世界を訪問してみたい。
「ヴァン、異界から来た魔物が、当家の子供達を襲っているのか?」
「いえ、それは別だと思います。異界の魔物は、この世界で死んだモノしか喰いません。殺すことも考えにくい。だから、生きている人を頭から喰うのは、この世界の魔物です」
「そうか。話が戻ったな。やはり『魔獣使い』が、子供達を襲わせているのか。その異界の魔物は、後始末をしているということか」
「はい、そうだと思います。別の者が操っていると考える方が自然ですが、レア技能については僕にはわからないので、神矢ハンターに尋ねてみてください」
「神矢ハンターか……。新人でも、情報料はとんでもなく高いらしいな」
旦那様はそう言うと、フーッと息を吐いた。ファシルド家が、神矢ハンターを雇えないわけがない。金銭的な問題ではないはずだ。一連のことを外部に漏らしたくないのだろう。
たぶん、フロリスちゃんのジョブは神矢ハンターだ。あと、3日待てばいいだけなんだけどな。
「僕は、引き続き調べてみます。おそらく、掃除係だけを見つけても、その掃除係が殺されるだけでしょうからね」
「ふむ、そうだな。この件については、まだ何もわからないことにしておく。ヴァンは、確実に犯人を見つけてくれるのだな?」
僕が口止めをしたことに即座に気づいた旦那様は、逆に僕に脅しをかけてくる。僕は、こんな『魔獣使い』を野放しにはできない。
「もちろん、見つけますよ。貴族家の後継者争いに魔物を道具として使うことが流行れば、とんでもなく街が危険になりますからね」
「魔物が増えるということか?」
「いえ、ただ増えるだけならいいんです。人間を餌だと認知した魔物が増えるのですよ。一度人間を喰った魔物は、主人のいないところでも、勝手に人間を襲って喰いますからね」
僕がそう説明すると、旦那様は険しい顔をして腕を組み考え込んでしまった。この件は、ファシルド家だけの問題では済まないことを、理解されたようだ。
「あの子の母親は、ハーシルド家だったな」
旦那様は、近くにいた騎士風の側近に尋ねた。あの子?
「イック様の母、ロアンナ様は、現ハーシルド家当主の姉様だと記憶しております」
「ハーシルド家の本家には子がたくさんいた。だが、現当主以外のジョブ『ナイト』は、全員、謎の失踪をしていると聞く。おかしな夢のせいだと噂されていたが、夢ではなく現実に起こったことだと考えれば、どうだ?」
「はっ、至急調査を……」
「いや、待て。我々と同格のハーシルド家を調べようとすると、あらぬ疑いがかけられる」
そう言うと、旦那様は僕に視線を移した。だが、何も言わない。彼はそういう人なんだよな。頼みたいと思っても、なかなか口に出せないんだ。
「旦那様、さっき、みんなが夢を見たと言っていた7〜8歳に見える坊ちゃんがイック様ですか?」
「あぁ、そうだ。そして厨房で光が見えたと言っていた者とは、その母親ロアンナが親しくしている」
なるほど。ロアンナ様は、かなり用心深い人なんだな。そして坊ちゃんも夢の話をしていて、途中で表情を変えていた。母親に制されたのかもしれない。
ハーシルド家は、ファシルド家と同じく武術系ナイトの有力貴族だ。この街スピカにも屋敷はあるけど、本邸は王都にあったと思う。王宮にも、ハーシルド家出身の騎士が多く仕えているはずだ。
ファシルド家とは違って、ハーシルド家は、数を増やそうとしている家だと感じる。前当主の兄弟姉妹も、ハーシルド家の分家として、各地に屋敷を構えている。当主家だけじゃなく分家にも、たくさんの奥様がいるようだ。
「わかりました。3年以内に後継者を決めるなら、イック坊ちゃんは、後継者には選ばれませんね。旦那様の3年以内という宣言で状況が変わらない理由、とも考えられます」
僕は、嫌な指摘をした。だが、旦那様の年齢から考えて、そろそろ後継者を決める時期なのは、誰の目から見ても明らかなことだ。
「うむ、そうだな。ヴァン、頼む」