139、ガメイ村 〜ラフール・ドルチェからの依頼
「主人ぃ、早く、特大のパンケーキも!」
しばらくして、青い髪の少女……神獣テンウッドは戻ってくると、落ち着きなく僕を急かす。右手には、小さな花束を持っていた。ドゥ教会の花壇で育てている花かな。
「テンちゃ、今からみんなで晩ごはんを食べるよ。テンちゃも一緒に食べる?」
テーブルに料理を並べていたフロリスちゃんが、テンウッドを構ってくれた。僕の後ろをウロウロしていた青い髪の少女の視線が、テーブルに向く。
「あたしは、ルージュと食べるのっ。あっ、これ、フロリスに渡してって、フランが言ってた」
そう言ってテンウッドは、フロリスちゃんに小さな花束を渡した。店のテーブルの飾りに使えるね。
「わぁっ、綺麗ね」
「ルージュが水やりをして育てたの。ルージュって、水やりをしているとすぐに泥んこになるの。でも、転んでもルージュは泣かないよ? とてもエライよっ」
「へぇ、たぶんそれは、テンちゃが見守ってくれるからだよ。ルージュちゃんって、まだ小さいから、お世話も大変でしょう?」
「そう? ルージュは、だいぶ大きくなったよっ。二本足でたくさん歩けるし、よく笑うから可愛いの」
人間は二本足で歩くよ? あぁ、ハイハイをしなくなったってことかな。子供の成長って早いよね。
「テンちゃが、ルージュを笑顔にしてるんだね。エライね」
「あたしもエライ?」
「うんうん、テンちゃもエライよ。あっ、ヴァンは、今、ドゥ教会の人達の分のご飯を作ってるよ。テンちゃは待てるよね?」
「あたし、待てるよっ。でも、ルージュのお腹がとんでもなく空いてしまわないか心配だよ」
「そうかな? お腹が空くと、パンケーキもたくさん食べられるんじゃない?」
「あっ! フロリスってば、すっごく賢い! ルージュが生クリームの瓶をパンケーキに全部ぶちまけても、きっとフランは怒らないよねっ」
フロリスちゃんに、不思議な説得をされたテンウッドは、テーブルの料理をつまみながら、上機嫌になったようだ。
フラン様がルージュを叱るのは、ルージュが、パンケーキの皿以外の場所に、生クリームをぶちまけるからだと思うんだけど……まぁ、いっか。
「テンちゃ、これで足りるかな?」
僕は、簡易容器に詰めた料理をテンウッドに見せた。フロリスちゃんが作ってくれたサラダもある。
「主人ぃ、このミートボールは、ルージュの口には大きすぎるよ〜」
あっ、忘れてた。ルージュは、丸い物をそのまま口に入れる癖がある。だから、いつもドゥ教会で料理をするときは、ルージュの分だけ小さめに作ってたんだっけ。
「テンちゃが、食べ方を教えてあげてよ。ルージュも、いつまでも赤ん坊扱いできないからさ」
苦し紛れにそう言ってみると、青い髪の少女は目を輝かせた。やる気になってくれたようだ。
「そうねっ。ルージュも、小さなレディだものねっ。フォークで割ってから食べればいいのよねっ」
「フォークの使い方を教えてあげてくれる? パンケーキも、いつもかぶりついてるけど、フォークで小さくできるからさ」
「えーっ、パンケーキは、大きいのをそのまま食べる方が良いじゃないっ」
テンウッドも、パンケーキはまるごと派だからな。
「テンちゃ、ルージュちゃんがもう少し大きくなったら、レストランに食事に行くでしょ? レストランでは、パンケーキはナイフとフォークを使って食べるんだよ」
フロリスちゃんがそう説明してくれると、テンウッドは毛を逆立てるほど驚いた顔をしている。青い髪が、ぶわっと膨らんだように見えたよ。
「フロリス、それって、あと何年後なの?」
「そうねぇ。貴族の子なら、3歳くらいかな。その家にもよるけどね」
「ええっ!? ルージュは2歳だから……ええっ!! あたし、ナイフとフォークってわからないよ」
青い髪の少女は、血の気が引いたらしい。長く生きていても神獣だもんね。テーブルマナーなんて、知らないだろう。
「じゃあ、ヴァンに習えばいいよっ。ジョブ『ソムリエ』だから、テーブルマナーも技能のひとつだからね」
「ええ〜っ、フロリスが教えてよ。主人はすぐ、ルージュを叱るもんっ」
はい? 滅多に叱らないよ?
「あら、ルージュちゃんも一緒に練習するの?」
「うん! ルージュができないところは、あたしが覚えて、ルージュに教えてあげるの」
「じゃあ、お店の空き時間に練習しよっか。でも、影の世界の人達の神矢探しがあるから、それが全部終わったらね」
「あたし、神矢探しを手伝うよっ。ルージュが3歳になるまでに、テーブルマナーを覚えなきゃいけないからっ」
めちゃくちゃやる気だね。テンウッドに人の文化を学ばせる良い機会でもあるけど……神矢探し?
「テンちゃ? 神矢を探せるの?」
「うん、神が射る矢でしょ? 臭いでわかるよっ。あっ、でも種類はわかんない」
「そっかぁ。そこは私の出番だね。でも助かるよ。影の世界の集落の人全員に、『道化師』のスキルを得てもらいたいの。テンちゃが手伝ってくれたら、早く終わるよ」
「じゃあ、手伝うねっ。どこに行くの?」
「それは、まだわからないよ。黒石峠付近だと思うけど不安定なんだぁ。ゼクトさんなら、もうわかってるだろうけど……」
神矢ハンターって、級によって能力差が激しいもんな。フロリスちゃんは、日にちも、かなり幅のある予知だったよね。たぶんゼクトなら、降る日も場所もわかっているはずだ。
「じゃあ、アイツに……」
「テンちゃ、パンケーキが焼けたよ」
僕は、テンウッドの言葉を慌てて遮った。フロリスちゃんを落ち込ませるようなことを言うつもりだっただろう。
テンウッドは、人の複雑な心理を理解していない。たぶん、ルージュがまだ幼いからだな。テンウッドは、ルージュから人間らしさを学んでいるような気がする。
「じゃ、フロリス、またねっ」
青い髪の少女は、ドゥ教会用の晩ごはんとパンケーキをどこかに収納すると、スッと姿を消した。
僕に、挨拶は……ないらしい。まぁ、いいけど。
◇◇◇
すっかり冷めた料理を食べ終わった頃、ラフール・ドルチェさんが口を開く。
「いやはや、ほんと、この店の料理は美味しいし、居心地が良いですな。テーブルに置かれた一輪の花も素敵ですね」
冷めた料理を食べたのにな。彼の言葉には裏がありそうだ。これから話すことへの布石だろうか。
「ドゥ教会の中庭には、たくさんの花壇があるんですっ。六精霊様の加護が付されているみたいで、長持ちするんですよ」
いや、氷の神獣の加護だと思うよ。
「ほう。そういえばドゥ教会には、芸術的な模様の、六精霊の加護の壺がありましたな。若い者の間では、恋人の壺だとも呼ばれているそうですが」
光の精霊様の落書きだよ。
「大きな壺がありますよっ。ラフールさんは、その件を私達に聞きたかったんですか?」
あっ、フロリスちゃんも、ラフール・ドルチェさんが何か話がありそうだと、気づいてたんだ。
「あぁ、あはは。その件ではないのですがね。ちょっとお二人に、ご相談したいことがあるんですよ」
「あら、何かしら?」
ラフール・ドルチェさんの視線は、チラッと僕の方に向いた。
「あの集落の住人の中には、こちらの世界に戻りたい人も少なくないようです。ただ、ほぼ全員が、元の場所には戻れないでしょう?」
「ええ、そうね」
確かに、ほぼ全員が死んだことになっている。殺されかけた人が多いようだ。記憶が戻ったときの彼らの反応は、本当に辛そうだった。
「だから、このガメイ村での一時保護を考えているのですよ。私の屋敷には、影の世界への出入り口がありますからな」
「そう! それはいいですわね」
フロリスちゃんが明るく同意したことで、彼はホッと息を吐いた。
「そこでお二人も、彼らを助けてやってほしいのです。これは、我が主人グリンフォード様の願いでもあるのです」




