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138、ガメイ村 〜落ち着きのないテンちゃ

「いやはや、私を置き去りにするとは寂しいですな」


 フロリスちゃんと一緒に屋台で買い物をしてから、ファシルド家が借りている屋敷まで歩いてくると、休業中の店の前に、ラフール・ドルチェさんがいた。


 青い髪の少女……神獣テンウッドは、僕達をガメイ村に届けるとすぐに姿を消した。無言で消えたから、ルージュの待つデネブのドゥ教会に、慌てて戻ったのだと思う。



「ラフールさん、すみません。テンちゃは、ラフールさんにはまだ商売が残っていると思ったのかもしれません」


 苦しい言い訳をしてみたが、彼は意外にすんなりと納得したらしい。大きく頷いている。


「ヴァンさん、確かに壊れた建物の修復や家具が必要ですな。草木は元通りですが、人が作ったものは、竜神様の炎で燃えてしまいましたね」


 あっ、畑しか見てなかったけど、確かに、たくさん立ち並んでいた小屋は焼失したままだな。だから精霊達が、人間が来る前の集落に戻ったと言っていたんだ。


「地下室も階段付近が壊れていましたが、さらに地上は酷いことになってましたよね。僕の精霊師の技能では、建築物は元に戻せないんです」


「ええ、当然です。そんな技能は存在しませんよ。それより、畑や草木や泉があんな風に復活した奇跡に、私はとても驚きました。とんでもない魔力が必要だったでしょう? さすがラフレアだ。あぁ、ヴァンさんにはエリクサーをお売りする必要はありませんな、あははは」


 反応に困るな……。


「精霊師の技能は、あまり魔力は消費しないみたいですよ。あの技能は、以前から使えましたから」


 そう、動くラフレアになる前から、あの技能は使えていたし、そんなに激しい魔力消費はなかったと思う。


「ほう? ヴァンさんは以前から魔力が高かったのですな」


 いやいや……。マナ玉を吸収したから増えたけど……この話はできないな。



「さぁ? どうでしょう。それより、ラフールさん、僕にご用があったのでしょうか。それともフロリス様に?」


 ふわぁぁっと小さなあくびをしていたフロリスちゃんは、自分の名前が出てギクリと肩を振るわせた。


「あぁ、いや、挨拶をしておこうと思いましてね。私の素性のことは、その……」


 マルクには言わないでほしいということか。


「ラフールさん、貴方はラフール・ドルチェさんでしょう? もう家名は、知っているわよ。あっ、ガメイ村では謎の商人を演じているのかしら?」


 フロリスちゃんが、真顔で変なことを言っている。


「フロリスさん、あはは。ドルチェ家の隠居ってことで、大丈夫ですよ。隠居でも、なかなかの人脈はありますからな。フロリスさんがお困りの際は、気軽にお声がけください」


 ラフール・ドルチェさんは、フロリスちゃんに何かを渡した。所在地のメモか何かだろうか。彼女が商人貴族の娘だと、信じて疑わないようだな。


「えっ? ラフールさんのお店? えーっと……」


「フロリス様、商人貴族としての知恵をお借りできますね」


「あっ! そ、そうねっ! と、とっても助かりますわ」


 フロリスちゃんは、慌てて取り繕っている。どうやら、商人貴族のふりをしていることを、忘れていたようだ。彼女は嘘が下手だな。わちゃわちゃと手を振り、挙動不審だよ。


「あはは、フロリスさんは私の家のことを、今、思い出してくれたみたいですな。確かにドルチェ家は、王都一番の商人貴族ですが、彼らには私は死んだと思われていますから、そんなに慌てないでください」


 ラフール・ドルチェさんは、僕達に口止めをしたかったという意図を、上手く伝えてきた。だけどフロリスちゃんは、たぶん気づいてない。


「あっ、あはは。こちらの世界に戻ってきたら、なんだか急に……あはは」


 フロリスちゃんは上手く笑えてないけど、ラフール・ドルチェさんは、そんな彼女に優しい笑みを見せている。


 でも彼は、立ち去らないんだよね。やはり、まだ話があるのだろうか。



「ラフールさん、よかったら夕食を召し上がっていかれますか? 店は休みにしているので、簡単なものでよろしければ、ですが」


 僕がそう提案すると、彼は目を輝かせた。


「是非! ちょうどお腹が空いていたのですよ」


 そういえば、影の世界の地下室では、あまり食べてなかったっけ。集落の住人を優先していたのかな。


「じゃあ、私は、サラダを作るわ!」


 キラッキラなフロリスちゃんだけど、こういうときの彼女は……すぐに手を切ったりするんだよね。


「とりあえず、店にどうぞ。フロリス様、店の鍵は……」


「うん? ぷぅちゃ〜ん! 1階の鍵を開けてーっ」


 えっ? 天兎のぷぅちゃんがいるの?



 すぐさま、ギィ〜ッと扉が開いた。扉から顔を出したのは、ハンターの姿のぷぅちゃんだ。戦闘モード全開だな。だけど天兎のハンターは、対人戦闘力が高いわけではない。相手が神獣なら、それなりに強いんだけど。


「あら? ぷぅちゃん、どうしてその姿なの?」


「大人の姿の方が、店番にはいいだろ」


「えー、かわいくないよ」


 フロリスちゃんがそう言った瞬間、ぷぅちゃんは獣人の子供に姿を変えた。とんでもない変身スピードだな。


「ほう? 天兎ですな。ゾワリと嫌な汗が出ましたよ」


 ラフール・ドルチェさんは、そう言いつつ……笑顔だ。そんな彼を、天兎のぷぅちゃんはジトッとした目で睨んでいる。 


 天兎のぷぅちゃんは、フロリスちゃんとしばらく離れていたから、機嫌が悪そうだ。だけど、ぷぅちゃんがガメイ村に来るとフロリスちゃんの素性がバレるから、ってことだったはずなのに、いいのかな?




主人あるじぃ! ルージュのお土産を忘れてたっ! すぐに作って!」


 青い髪の少女が、突然、僕達とぷぅちゃんの間に、割って入ってきた。お土産? 帰ったんじゃないの?


「おい! 邪魔だぞ」


 ぷぅちゃんに文句を言われても、全く気にしない青い髪の少女。無視されて、ぷぅちゃんからは殺気のようなオーラが……。


主人あるじぃ、私ね、ルージュに主人の仕事を少し手伝ってくるって言ったの。そしたら、ルージュが悲しそうな顔をしたから、特大のパンケーキを作ってもらってくるって、約束したのっ。だから作って! 今すぐ作って!」


 あぁ、なるほど。


「テンちゃ、今から晩ごはんを作るから……」


「その前にパンケーキを作って! 早く! ルージュが泣いちゃう!」


 いやいや、泣かないし。そういうテンウッドの方が泣きそうになっている。


「テンちゃ、じゃあ、ヴァンのご飯も一緒に持って帰ったら? フランちゃんも喜ぶよ」


 フロリスちゃんがそう言ってくれると、青い髪の少女の表情は明るくなってきた。


「じゃあ、ドゥ教会の見習いの子達に、晩ごはんは持って帰るって、言ってくるっ。主人あるじ、早くしてねっ」


 そう言い残して、青い髪の少女はスッと姿を消した。ほんと、ルージュが絡むと、落ち着きのない子だな。だけど、それだけ僕の娘を大事にしてくれてるってことだよね。



「ヴァン、じゃあ、私も張り切ってサラダを作るねっ」


 キラッキラなフロリスちゃんを、僕はもう止められない……。仕方ない。すぐに怪我を治せるように、正方形のゼリー状ポーションを出しておかなきゃね。



次回は、5月31日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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