137、死霊の墓場 〜集落の復活
突然ふわりと、やわらかな風が吹き抜けた。すると、集落の空は、パァっと明るくなっていく。
まさかとは思うけど、精霊イーターだらけなのに、精霊が戻ってきたのだろうか。なぜだ?
「テンちゃ、精霊様達を呼んだの?」
「うん? 違うよ。主人がいるから寄ってきたんじゃない? あたしが呼んでも、シュピシュピがいる場所に精霊が来るわけないよ」
だよね。精霊イーターだらけだもんな。
「ボクは、シュピシュピじゃなくて、シューだからね。テンウッドさんって物覚えが悪いよね」
「あたしは、テンちゃだからっ! シュピシュピこそ、おバカじゃないのっ!?」
はぁ……また、言ってるよ。だけど二人とも、なんだか楽しそうなんだよね。
『ヴァンさん、ヴァンさん』
僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、畑の奥の水場に、たくさんの精霊や妖精が集まっているのが見えた。
「皆さんが、この集落を造った精霊様や妖精さんなんですね」
僕の声で、集落の住人達も、精霊や妖精が戻ってきたことに気づいたようだ。だけど、彼らには、精霊や妖精の姿は見えていないみたいだな。僕の視線がどこを向いているのかを確認して、その視線の先に向かって拝むような仕草をしている。
『ヴァンさん、集落をマナで溢れる場所にしてくれて、ありがとう』
『畑も泉も、私達が作ったときの通りになっているわ』
『住人が増える前の、理想の場所に戻っているわ』
あれ? 住人のために、集落を造ったんじゃないのかな?
「精霊様、ここは、精霊様達のための集落なのですか?」
『ええ、そうよ。影の世界では、私達は気が休まらないから、休憩場所を造ったの』
『あら、ヴァンさんが尋ねたいのは、それではないわね? 私達の世界の人間がここにいることは、問題ないわ。畑の世話をするには、黒兎では難しかったもの』
なんだか話が違うよね。本人達から聞かないと、わからないものだな。
「そうですか。精霊様達は、こちらの世界にいらっしゃるのですね」
『ええ、そうなの。守護していたモノが、生きたまま影の世界に来ると、私達も一緒に来るでしょ?』
知らないけど、そうなのか。
『そして大抵の場合、影の世界で命を落とすじゃない? そうなると私達は、元いた世界に戻れなくなるのよ』
「守護していた人が、影の世界に紛れ込んでしまうのですね」
『人間だけじゃないわ。魔物も同じことよ。そして、影の世界は悪霊だらけだし、居場所に困るの。追いかけまわされているうちに、どんどんチカラが衰えてしまうから、元いた世界には戻れなくなるの』
『でも、この集落は、清浄なマナが溢れているわ。私達のチカラも少しずつ回復してきたわ』
妖精の数も、どんどん増えてきた。こんなにもたくさんの精霊や妖精の溜まり場になったいたのか。
「襲撃の間は、どこかに避難されていたのですね」
『避難? 私は上空にいたわよ? ここから離れると追いかけまわされるもの』
『私達は、ずっとここにいたわ。だけど、急激にチカラを奪われてしまって、枯れ草のようになっていたのかもしれない』
『妖精は、みんな泉の底に沈んでいたわね。たぶん悪霊化し始めていたのだと思うわ。心が重苦しかったもの』
『ヴァンさんの術で、集落の草木が元に戻ったから、私達も元気になったのよ』
『あら? 違うわよ。ヴァンさんが、私達を直接回復したのよ? 高位の精霊師でありラフレアだからだわ』
『ええっ? 人間に私達を回復するチカラがあるの?』
『何も知らないのね。精霊師って、そういうものよ?』
『ええーっ? 精霊師って精霊使いでしょ?』
『違うわよ。精霊使いは支配精霊を使役しようとする傲慢なスキルだけど、精霊師は精霊使いの上位スキルよ? 支配精霊を持たないし、何より精霊が認めた対等な関係を築ける稀有な人間のスキルよ』
『うそ〜! 聞いたことないわ〜』
『嘘じゃないわよ! 貴女、精霊失格よ?』
うわぁ……精霊様がバチバチの喧嘩を始めてしまった。
どうしようかな。だけど、この声が聞こえている人は、多くはないよね? 下手なことを言わない方がいいか。えーっと……。
「精霊ちゃん達! 悪霊化してたのね?」
突然、青い髪の少女が……一番言っちゃいけないことを言ってる。集落の住人達がざわめいた。今、驚いた顔をしている人達には、精霊の声は聞こえてなかったらしい。
『あ、悪霊化だなんて……テンウッド様、そんな……』
「違うよっ! あたしは、テンちゃだよっ! 精霊ちゃん達、知らなかったの? ルージュが、あたしにかわいい名前をつけてくれたんだよっ」
知るわけないよね……。精霊や妖精は、ワタワタと慌ててパニック状態だ。
「テンちゃ、精霊様や妖精さんには、その名前を教えたことないでしょ? シューさんと違って、それを知るほどの思念傍受能力は、普通、無いと思うよ」
「色のある世界の精霊達は、みんな知ってるもんっ。光の精霊ちゃんが、全部に言ってくれたよっ。あっ……光の精霊ちゃんは、影の世界には来られない、かも」
自己解決してるよ。
影の世界での神獣テンウッドは、竜神様と並ぶ信仰対象らしい。本人は、それを自覚していないらしいけど。
「あたしは、テンちゃだから! 影の世界のみんなにも言っておいて!」
青い髪の少女は、精霊や妖精達をビシッと指差している。これって、ちょっとした威嚇行動だよね。精霊や妖精達は、また慌ててパニック状態だ。
「テンウッドさん、それは無理だよ? 神獣テンウッドといえば、統制の神獣だからね。竜神よりも格上でしょ」
「シュピシュピ! あたしは、テンちゃだって、何度教えれば覚えるのよっ」
「テンウッドさんこそ、ボクはシュピシュピじゃなくてシューだよ? 何度教えれば覚えるんだよ」
はぁ……また、これだ。わざとやってるな?
しばらく、また、この言い合いが続いた。放置されてしまった精霊や妖精達は、次第に、リラックスした状態に戻っていったようだ。
◇◇◇
「長さま、そろそろ、私達は失礼しますわ」
フロリスちゃんが、サラ奥様に別れを告げる挨拶を始めた。最後まで、娘だとは明かさないつもりらしい。
「そうね。フロリスさん達には、本当に助けられましたわ。ありがとうございます」
サラ奥様がそう言うと、集落の人達は、次々と頭を下げていく。彼らは、色のある世界に戻りたいはずだ。だけど、今は、黒兎によって生かされている状態だよな?
もし、このまま、色のある世界に戻ろうとする人達がいると……所属がない彼らは、黒兎から離れると、おそらく生きていられない。
「次に、この近くに特別な扉が現れるのは、早ければ4日後、遅くても10日以内です。お迎えに来ますね」
へ? フロリスちゃんが、突然、妙なことを言った。特別な扉? あっ、『道化師』の神矢が降るのか。
「特別な扉から出れば、こちらの世界に戻って来られます。別の裂け目から出ると、戻れなくなるばかりか、おそらく命を落とします。私が迎えに来るまで、色のある世界に行こうとはしないでくださいね」
フロリスちゃんは、少し強い口調で、住人達にそう告げた。
「フロリス、大丈夫だよっ。シュピシュピが、ちゃんと番犬するって言ってる〜」
「テンウッドさん、ボクはシュピシュピじゃなくて、シューですからね! ヴァンさん、また、会いましょう」
赤い髪の少年は、人懐っこい笑顔を浮かべている。でも本当に、集落を守ってくれるのだろうか?
僕は少し不安を感じながらも、フロリスちゃんと集落を出て、テンウッドの転移魔法でガメイ村に戻った。
一緒に門まで出てきたラフール・ドルチェさんを、置き去りにしている。彼は影の世界の住人だから大丈夫だろうけど……青い髪の少女は、自分が気に入った人の世話しかしないんだよね。




