136、死霊の墓場 〜シュビリラシュロプス
僕達が精霊イーターだったという獣人の少年と話している間に、空を埋め尽くしていた悪霊は集落に降りてきた。そして、次々と小さな犬に姿を変えていく。
そうさせているのは、神獣テンウッドと、この少年……闇落ちした精霊イーターのようだ。
「わぁっ! かわいい! すっごく小さいね。手のひらに乗るかな?」
フロリスちゃんが目を輝かせて、悪霊に触れようとするのを、僕は咳払いをして制した。彼女は、あまりにも無防備すぎる。
禍々しい悪霊は、少し幼い感じの少年に変化したが、若くはなかったんだろうな。赤色の髪に短い耳の犬系っぽい獣人だけど、精霊イーターに赤毛がいたっけ? 僕が遭遇したことのある精霊イーターは、ほとんどが黒やグレーだった。もしかすると希少種なのかもしれない。
自分はラフレアから生まれた魔物じゃないと、わざわざ説明していた。それに僕の名前も知っていたし、ラフレアだということまで知っている。
ボックス山脈のラフレアの森に棲む精霊イーターだったと言っていたな。だから、ラフレアの情報を把握しているのか。
しかし、飽きたから一斉討伐に紛れ込んでわざと討たれて影の世界に来たとか……ありえないんだけど。
「主人ぃ、変な顔してないで、集落の人達に説明しなきゃ。この集落で飼ってもらうでしょ?」
青い髪の少女がそう言って、小さな犬のような悪霊を摘んで持ち上げた。テンウッドに捕まって驚いたのか、悪霊は死んだふりをしている。変な悪霊だな。
「ボクが自分で挨拶するよ。いいかな? ヴァンさん」
精霊イーターだったという悪霊は、人懐っこい笑みを浮かべている。集落にいる黒兎の獣人達とは違って、真っ赤な髪色のためか、とても明るく元気な印象を与える。
「うん、その方がいいかな。僕も、キミのことや、この小さな子達のことは、わからない」
「じゃあ、任せて!」
そう言うと、赤い髪の獣人の少年は、なぜか、あちこちに手招きをするような仕草をしている。住人を呼び集めているのだろうか。
「皆さん、こんにちは〜! ボクは、シュビリラシュロプスっていいます。長い名前だから、ラフレアは、ボクのことをシューって呼んでたよ。仲良くしてね〜」
えっ? シュビリラシュロプス? ボックス山脈のラフレアの森に行ったときに、大量のラフレアの赤い花が言っていた名前だ。精霊イーターだったのか。だけど、シューなんて呼び名は聞いたことがない。
シュビリラシュロプスは、冒険者の間では、絶対に勝てない魔石持ちの魔物だと言われている。高い知能を持ち、ラフレアを恐れない大胆な行動から、天兎の一形態だとも言われていた。
しかも魔物なのに、精霊コレクターという称号を持つという。体内にもつ魔石には討った精霊のマナが集められているらしいとか、討った精霊を従えているとか、いろいろな噂があったな。
「ヴァンさん、変なことを知ってるんだね。別に、精霊コレクターってわけじゃないよ。ただ、喰ったことのない霊には興味があるだけだよ。名持ち精霊は喰えないけど」
こいつ、ヤバイ……。
「シュビリラシュロプスさん、なぜ名持ち精霊は……」
「あー、長い名前は呼ばなくていいから。シューでいい。名持ち精霊は、喰っちゃいけないことになってるんだよ。ボクが喰うと、絶対に復活しないからね」
「えっ? 精霊イーターって、名持ち精霊も狙いますよね?」
守護契約のある精霊ブリリアント様は、精霊イーターに何度も襲われている。
「ボク以外の精霊イーターなら、いいんじゃない? 精霊イーターが死ぬと、喰われた精霊は復活するよ。だけどボクは、わざと討たれてみても魔石は消えないからね」
不死ってこと? あ、悪霊になってたけど。
「シュピシュピ、この子達は、どうするの?」
青い髪の少女は、小さな犬をズイッと見せて、そう尋ねた。かわいそうに、ずっと摘まれてるんだよな。
「シュピシュピじゃなくて、ボクはシューだよ。あぁ、ヴァンさんが回復してくれたこの子達は、獣の姿を与えるために、ボクの眷属になってるけど、テンウッドさんがそうさせたかったんじゃないの?」
「あたしは、テンちゃだよっ! シュピシュピ、わかってて変な名前で呼んでるでしょ!? 性格悪いよ」
いやいや、テンウッドさんは、テンウッドさんでしょ?
「あのさ、ボクはシュピシュピじゃなくて、シューだよ。テンウッドさんが、眷属化しろって言ったじゃん」
「だーかーらー、あたしは、テンちゃだって言ってるでしょっ! シュピシュピってば、すんごく性格悪いよねっ」
どっちも頑固だな……。
「テンちゃ、摘んでる子が怖がってるよ? それに、この子達をどうするの?」
フロリスちゃんがそう言うと、テンウッドはパッと手を離した。小さな犬は、地面に放り出されて、やっと死んだふりをやめたようだ。
「フロリスから見て、コイツらって悪霊? それとも精霊イーター?」
「うーん? こんな小さな精霊イーターなんて見たことないな。こんなに小さいと、こちらの世界ではすぐに殺されちゃうかもしれないね」
「ラフレアから生まれた魔物だったから、それはないよ。寿命で死んだら、たぶん色のある世界に戻ると思うけど」
「ふぅん。なぜ、悪霊を獣の姿にさせたの?」
「頑固な竜神が、また襲ってきても困るからねっ。シュピシュピの眷属にすれば、この平原も安心でしょ」
「あぁ、なるほどね。だから、小さな精霊イーターなのね」
二人の少女は互いに頷き合っている。だけど、僕にはよくわからない。集落の人達の反応も同じだ。サラ奥様はフロリスちゃんと同じように頷いているけど。
「フロリス様、なぜ、それが小さな精霊イーターに繋がるんですか?」
僕がそう尋ねると、集落の人達の注目が集まった。特に黒兎の獣人達が、必死な顔をしているように見える。
ここに、ラフレアから生まれた魔物だった悪霊が、小さな犬の姿で大量にいるんだもんな。テリトリーを奪われる、よね。
「ヴァン、平原は、黒兎のテリトリーだよ? だから、黒兎より目立たないサイズにしたんだよ。だよね? テンちゃ」
「そそ、フロリスの言う通りだよ。それに小さくて可愛くしたら、さすがに竜神も手出しできないでしょ。こんなちっこいのを全部殺すのも、面倒くさいと思うよ。精霊イーターは小さい個体ほど、スピードが速いからね」
へぇ、ちゃんと考えたんだ。
すると、赤い髪の少年が口を開く。
「フロリスさん、テンウッドさんが言ったことは少し違うんだ。人がかわいいと感じる姿じゃなきゃ、共存が難しいからね」
「ちょっと、シュピシュピ! あたしはテンちゃだって言ってるでしょ! ほんと性格悪いし!」
「ボクは、シュピシュピじゃなくて、シューだから!」
あぁ……もう、放っておこう。
二人の睨み合いは、集落の人達に笑顔をもたらしている。もしかすると、それを狙って、わざとこんな言い合いをしているのかもしれないな。
しかし……。
「シューさん、この子達のエサはどうするんですか? まさか、この集落に来る精霊様を喰うわけじゃないですよね?」
僕がそう尋ねると、集落の住人達が緊張したのが伝わってきた。マズイことを聞いたか。
「うん? この付近の平原って、これからは霊がたくさん集まるでしょ? だからボクが来たんだって言わなかった? 小さな精霊イーターは、狩りがしやすいんだよ。ボクは、眷属がいれば食事はいらないからね」
「この子達は、黒兎のテリトリーを……」
「うん? あー、大丈夫だよ。喰うものが違うから、共存できるよ。この集落の名前通りになるね。この平原は、まさに死霊の墓場になるよ」




