134、死霊の墓場 〜『精霊師』広域回復
「みんな、もう元気になったでしょ!? 竜神が壊した集落を直しなさいよっ。いつまでも、こんや地下室暮らしは嫌でしょ」
突然、青い髪の少女が大声で叫んだ。サラ奥様とフロリスちゃんの間の微妙な空気を打ち消そうとしたようだが……。
サラ奥様は、慌てて涙をぬぐい、笑顔を作っている。娘のフロリスちゃんを失ったと思っている彼女に……こういう顔をさせるのは、酷なことだよな。だが、フロリスちゃんは名乗るわけにはいかないのか……。
彼女は、集落の長として振る舞おうと、気分を切り替えようとしている。強い人だな。こういうところは、僕の妻フラン様に似ている。
あっ、フラン様も、サラ奥様が生きていることを喜ぶよね。サラ奥様に、フラン様のことを話す方がいいかな。でも……そうすると、彼女がこの集落に残ろうとしている覚悟を揺るがしてしまうだろうか。
サラ奥様はきっと、黒兎達が彼女を必要としていることを感じ取ったんだ。だからおそらく、フロリスちゃんの提案にホッとしただろう。ファシルド家に戻らなければならないという義務感から解放されて、彼女は、集落に残ることを決めた。
そう。別にファシルド家に戻らなくても、色のある世界に戻ることはできるのに、彼女はこの集落で暮らすと決めたんだ。黒兎達のことを大切に思っている証だろうな。
「テンちゃ、地下室の階段とかはすぐに直せるけど、地上は無理だよ。太陽みたいな不思議な術は、精霊様にしかできないよ」
フロリスちゃんが、当たり前の反論をしている。だけど、それはまるで、『精霊師』である僕に言われているような気になる。
実際、青い髪の少女の視線は、僕に向いた。それにつられるように、フロリスちゃんもサラ奥様も、黒兎のレイランさんまでも……僕の方を見るんだよね。
「フロリス様、それって僕に言ってますか?」
「うん? 集落の住人にはできないことだって言ったのよっ。テンちゃは神獣だし、精霊様と親しいのかもしれないわよねっ」
いやいや、仲が悪いでしょ……。
「あたしは、そんなことできないよっ。主人が精霊を呼べばいいじゃない」
青い髪の少女は、なんだか僕を試しているかのようだな。神獣テンウッドは、やはりプライドが高い。僕の従属でいるのも、天兎のアマピュラス達との契約のためだ。
しかし、ここは影の世界。いつものように六精霊の召喚はできるのだろうか。
『ヴァン、光の精霊はリーダーにはできねぇぞ』
うん? この声はデュラハンさん?
『あぁ。六精霊を使わずに、その集落を作った精霊を呼べばいいんだよ。六精霊よりも下級精霊だ。楽勝だろ?』
僕にそんな技能はないよ。
『は? 何を言ってんだよ。精霊使いにもできることだぜ? それに、ここの名前どおり、死霊の墓場にするんだろ?』
ちょ、死霊の墓場って……あぁ、そういうことか。デュラハンは、この付近から闇系のオーラを排除しろと言ってるんだ。
確かに、今、邪霊の分解・消滅を使ったことで、この集落付近からは悪霊は消え、浄化されている状態だ。
精霊使いのチカラはあまり使ったことがないから、具体的にどうすればいいかわからない。ジョブボードに触れて念じればいいのか。
僕は、ジョブボードを開き、さーっと確認してみる。ジョブの印の陥没の兆しがあったから、しばらく使ってない技能もあるよね。
あっ、広域回復! 精霊師の技能だけど、あまり使ってなかったから、忘れてた。
●広域回復……大地のマナを増幅し、一定の範囲内の精霊や妖精、さらに精霊の宿る地の回復を行う。
一定のエリア回復だから、竜神様に焼かれた集落の草木の回復ができるはずだ。
この集落には、精霊や妖精がよく集まっていたらしいから、精霊の宿る地、という条件も満たすだろう。
『うげっ、そんなもんを使うのか』
えっ? デュラハンさん、マズイかな?
『いや、おまえのチカラをどう使うかは、オレが干渉すべきことじゃねーけど、影の世界でどう発動するかは、オレにもわからねぇぜ』
うん? あ、そっか。大地のマナの性質が違うもんね。確かに、一度では回復できないかもしれない。
『さっきの術で、付近のマナは変質したはずだが、どう変わったかは、わからねー。オレは、あっちに戻る』
えっ? デュラハンさん、いま、影の世界にいるの? じゃあ、デュラハンさんが何とかしてよ。
そう呼びかけたのに、デュラハンからの返事はない。この近くに来ていたなら、そう言ってくれたらよかったのに。
「主人ぃ、あたし、その技能って見たことないよ」
青い髪の少女は、僕とデュラハンの会話を聞いていたらしい。
「僕もあまり使わない技能だからね。でも、やってみようかな。一度では無理でも、何回か試せば、集落の畑は元に戻せるはずなんだよね」
「ふぅん、明るさも戻るの? ここって、異質な光があったよ」
影の世界なのに集落の中は、太陽が昇るかのような不思議な現象が起こっていた。
「そこは自信ないな。前に、広域回復を使ったときは、ぶどうの木は復活したんだけどね」
「まぁ、やってみようよ。近くにいる闇系の精霊達が慌てて逃げていってる。デュラハンが忠告したみたいだね。だけど、竜神から逃れた悪霊が1体、近寄ってきてる。妨害されるかもね」
「えっ……テンちゃ、何とかしてよ」
「主人が失敗したら、追い払うよっ。だけど、あたしが追い払っても、そのうち来るかもね。竜神が討ちもらしたから、竜神のせいだよ」
神獣テンウッドは、やたらと闇の竜神様をライバル視するんだな。
「ヴァン、私もフォローするよっ。だけど、私もその技能は知らない。神矢で得られないスキルについての知識は、私にはまだ無いんだよね」
フロリスちゃんは、少し悔しそうな顔をした。神矢ハンターのプライドだな。
「フロリス様、頼りにしてますよ。僕も、こちらではどう発現するか、全くわかりません」
「うん、任せてっ」
フロリスちゃんは、キラキラと目を輝かせて、地下室から地上へと駆け上がっていく。青い髪の少女も同じだな。ワクワクしているように見える。
「皆さんも、畑の方へお願いします。広域回復ですが、魔法陣は現れないので、地下にまで効果が及ぶかわからないので」
「わかりましたわ。では、皆で集会所の外へ出ましょう。私も、精霊師のことは、あまりわからないわ」
集落の長であるサラ奥様がそう言ったことで、住人達も、もちろん獣人達も、階段を駆け上がっていった。
◇◇◇
「じゃあ、始めますね」
僕はジョブボードを開き、『精霊師』の広域回復に触れた。やはり、これが確実な発動方法だ。未開の地からの襲撃によるダメージを回復したい、そう強く願った。
その瞬間、僕は、ふわりと空中に浮かんだ。そして、崩れた建物よりも圧倒的に高い位置で止まった。暗く広い平原が見渡せる高さだ。
身体に空中のマナが集まってくる。集まったマナは、強く輝き、僕の周りをゆっくりと回り始めた。
多くの声が聞こえる。僕には様々な感情が伝わってくる。冷徹な恨み、懺悔、飢餓、そして殺戮を求める悪意も伝わってくる。
だが、すべての声は、次第に愉しげなものに変わってきた。妖精らしき声も聞こえる。
『さぁ、みんな、大地に戻ろう!』
頭の中に声が響いた。もちろん僕の声だ。
すると僕のまわりを回っていた光が、パッと飛び散った。集落全体に、強い光の雨が降り注ぐ。平原全体にも、キラキラと輝く光ぎ降り注いでいる。
僕は、スーッと降下していく。
地面に降りた僕のまわりには、強い光が集まってくる。集落の畑は、完全に復活していた。
だが、空はまだ暗い。
空を見上げた僕の目には……討たれたはずの大量の悪霊が映っていた。ちょ、なぜ?




