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133、死霊の墓場 〜話してないんだ

 僕のせいで、皆に、辛い記憶が戻ってしまったのか。


主人あるじが、正しい記憶に戻したってことだよっ。あの人が帰らないって言ってるのは、フロリスがその方が良いって判断したからだよ。たぶん、ファシルド家に帰ると、また襲われるんじゃない? 他の人も、きっとここにいる方が幸せだよ」


 青い髪の少女は、大きな声でそう宣言した。神獣テンウッドは、サラ奥様以外の人達を帰らせないように、こんなことを言ったのだろうか。


 遠目でこちらをうかがっている集落の人達が、激しく動揺したことが伝わってくる。


 記憶が戻ったのだから、皆、元いた世界に戻りたいはずだ。だけど、その反面、殺されそうになってこちらの世界に来てしまった人は……辛い記憶が戻った今、色のある世界に帰ることができるのだろうか。



「テンちゃ、他の人達もこの集落にいる方が幸せなの?」


 フロリスちゃんが、何かに気を遣いながら、そう尋ねた。彼女は、皆の気持ちに配慮しようとしているようだ。


「うん、そうだよっ。あっちの世界に行きたいなら、神矢の『道化師』を得ればいいんだよ」


「テンちゃ、色のある世界の人達だよ? そんなスキルがなくても、色のある世界の人の姿をしてるよ?」


 フロリスちゃんの指摘は、もっともだ。神獣テンウッドは、何か勘違いをしているのか?


「フロリス、それはダメだよ。この集落の住人じゃなくなるよっ。道化師の神矢が降るときだけ、特別に色のある世界への扉が開くの。だから神矢を得れば、いつでも色のある世界に行けるよっ」



 あっ、そういえば、この集落の人達には所属が無いんだっけ。ゼクトが、どちらの世界の住人でもないと言っていた。それに、このまま色のある世界には戻れないんだ。皆、黒兎に生かされていると、言ってたよな。


 集落のサーチをしたゼクトは、40人ちょっとの住人には所属が無いと言っていた。地下室に集まっている人達の、約半数か。


 だから、テンウッドは、神矢を得ろと言ってるんだ。おそらく、そうすることで、今ジョブの印がわからなくなっている人も、その場所が明確にわかるはずだ。


 いや、もしかすると、ジョブボードは消えてしまったのかもしれない。影の世界の人には、ジョブボードは無いそうだ。


 だが、いずれにしても、神矢のスキルを得ることができる。そうすれば、きっと所属が明らかになる。黒兎から離れても生きていられるんだ。



 僕がいろいろと考えていると、青い髪の少女が少し驚いたような表情を僕に向けていた。


「へぇ、主人あるじは知ってたんだねっ。でも、みんな知らないことだよ。人間が知るべきことじゃないの」


 そう言った神獣テンウッドの目は、冷たく光っているように感じた。確かに、この集落の住人が特殊な状態だということは、本人達にも話すべきではないだろう。


 もしかすると闇の竜神様は、歪な状態の集落を焼き払うつもりだったのかもしれないな。


「テンちゃ、僕もそう思うよ」


 今、彼らに所属が無いとか、黒兎に生かされているとか、そんなことを本人達に聞かせるべきではないと思う。それに黒兎達も、自分達が彼らを生かしているとは、気づいてないと思う。知っていたら、記憶をわざわざ戻らないようにはしなかっただろう。



 すると、フロリスちゃんが反応した。


「何の話? ヴァン、私にも教えてよ」


「えっ? あー、えーっと……」


「フロリス、それは人間を捨てるって言ってるの?」


 僕の言葉をさえぎり、青い髪の少女は、妙なことを言う。


「テンちゃ? どういうこと?」


主人あるじは、人間じゃないでしょ。ラフレアだもん。だから、人間が知るべきではないことも知ってるよ。人間がこれを知るということは、人間をやめるということだよっ」


 はい? いや、ゼクトから聞いたんだよ? ゼクトは、普通に人間だよね?


「そ、そうなんだ。じゃあ、私は聞いちゃダメなのね」


 フロリスちゃんは、すんなりと納得したようだ。テンウッドは、彼女の心理をコントロールしているのか。彼女だけでなく、話を聞いていた他の人達からの視線も減ったような気がする。


「うん、フロリスは『神矢ハンター』だから、極級に到達すると、いろいろと知ることになるみたいだけどねっ。『神矢ハンター』が極級ハンターになるってことは、他の極級ハンターとは意味が違うから」


 青い髪の少女の説明に、フロリスちゃんは大きく頷いている。だが、僕には理解できない。極級ハンターになりやすいのが、ジョブ『神矢ハンター』なんじゃないの?




「じゃあ、集落の皆は、出て行かないのか?」


 黒兎の長レイランさんは、不安そうに僕に尋ねた。それは、僕じゃなくて、他の人に聞くべきことだと思うけど、なぜか僕を真っ直ぐに見つめている。


「そうだね。テンちゃが言ったように、『道化師』超級の神矢を得れば、変化へんげが使える。影の世界の住人が色のある世界に行くための条件だよ」


「は? 色のある世界の人間なんだから、そんなものはいらないんじゃねぇのかよ?」


 妙に苛立つ黒兎……。不安だと怒るんだよね、この子。



「特別な扉から出れば、こちらの世界に戻って来られる。別の裂け目から出ると、戻って来れなくなるよっ」


 青い髪の少女は、強い口調でそう告げた。


 うん、そうだよな。特別な扉は影の世界の住人を、一時的に色のある世界へ誘うものだろう。だが、別の方法で、色のある世界へ言ってしまうと……黒兎に生かされている今の彼らは、おそらく消失してしまう。もう、この集落には戻れない。


「じ、じゃあ、その特別な扉から出て神矢を得たら、皆は帰ってくるのか? 色のある世界から、俺達の草原に帰ってくるのか!?」


 黒兎のレイランさんは……苦しそうに表情を歪めている。天兎にとって主人が絶対不可欠なように、黒兎にとっても主人と離れることは、身を切られるより辛いことなのか。




「レイラン、何を同じことばかり言っているの? 私は、確かに記憶が戻って混乱したけど、ここで暮らすわよ」


 長の女性……サラ奥様がそう言うと、レイランさんはパッと明るい表情を見せた。


「本当か? 本当に居なくならないんだな?」


「ええ。フロリスさんから話を聞いたもの。私は、色のある世界では死んだことになっているし、戻る場所はないわ。娘のフロリスも、きっと、もう居ないわ」


 えっ? フロリスちゃん?


 サラ奥様に、フロリスちゃんは自分が娘だとは話してないのか!? フロリスちゃんは、気まずそうに目を伏せた。



 すると、ラフール・ドルチェさんが話しかけてきた。


「辛いことでしょうが、ファシルド家は、酷い後継争いをしていますよ。ファシルド家だけでなく、有力貴族は似たようなものだ。幼い頃に母親を失った子が、無事に生き延びることなど、奇跡のような確率でしょうな」


 あっ、彼がいるから、フロリスちゃんは娘だと名乗れないんだ。フロリスちゃんは。商人貴族だという設定で、今はガメイ村で店を経営している。


「そうでしょうね。私のフロリスはきっと、今は影の世界にいるわ。殺されたなら、その恨みが邪魔をして、なかなか生まれ変われないもの」


 サラ奥様はそう言うと、ハラハラと涙を流していた。



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