132、死霊の墓場 〜記憶が戻った理由
「リーダーくん?」
『我が王、やばばばでございますです……』
泥ネズミのリーダーくんは、何を言っているかわからないけど、落ち込んでいることは確かだ。すると、賢そうな個体がスッとワープしてきた。
『我が王、おっしゃる通り、二つの世界の行き来ができるのは、互いの王が認めた人に限られています。色のある世界へは、道化師の神矢を得ることが条件です』
へぇ、色のある世界からは、どうなんだろう? あれ? でも、泥ネズミは2体だけだが、こっちに来たよね?
「キミ達は、いいの?」
『色のある世界から影の世界に来るには、影の世界の人の王の招待が必要になります。そして俺達は、もともとどちらの世界にも行き来できる獣なので……えーっと……』
賢そうな個体が頭を抱えている。こんな姿は珍しい。
「主人ぃ、ネズミくんは諜報役の種族だから、どこにでも行けるんだよっ。だけど、自分の棲む世界とは異なる世界だと、ちょー弱くなるから、すぐに殺されちゃうよっ」
青い髪の少女が、手に皿を持ち、食べながら、こちらに近寄ってきた。お行儀が悪いよ?
「テンちゃ、泥ネズミ達は弱くなってるの? まぁ、もともと弱いけどさ」
「うん? この子達は、強くなってるねっ。主人が側にいるからだよ。覇王を使ってる従属は、主人が近くにいるとパワーアップするの」
「そうなんだ。だから、金ピカになってたのか」
「うん? あぁ、さっきのアレは、私にはわかんない。竜神ちゃんのチカラかもねっ」
そういえば、竜神様の子達は、こっちの世界にいたっけ。竜神様が火球を使ったとき、もしかすると、リーダーくん達を守ってくれていたのかもしれない。
『テンちゃさま、黒兎が色のある世界に行く方法はあるのでしょうか』
賢そうな個体がそう尋ねると、黒兎のレイランさんがパッとこちらを向いた。念話なのに、彼には聞こえているらしい。
「色のある世界の住人の主人を得れば、行き来できるよっ。基本的に獣は、主人なしに行き来はできないからね」
『なるほど、確かに獣が自由に行き来するのは、危険だからですね。ナワバリ意識が強い種族が行き来すると戦乱になりそうです』
「そうねっ。だから、こっちの世界の竜神が、あんなむちゃくちゃなことをするのよねっ。やっぱ、アイツは、ころ……」
「テンちゃ! その先はダメ!」
僕が慌てて制すと、テンウッドはビクッと肩を振るわせた。驚いたというより、何かの縛りがかかったのだろうか。
「主人ぃ、ゾゾッとするから、そんな言い方しないでっ。別に変なことを言ったとしても、聞いた人の記憶を消せばいいだけじゃない」
いやいや……。
「テンちゃ、そんな考え方は、ルージュには話さないでよ? 人間らしくない」
「えっ……ごめんなさい、主人ぃ」
青い髪の少女は、ガクリと脱力し、悲しげな顔をして謝った。マジか……初めて謝ったんじゃないかな。
そして、僕から逃げるように離れていく。いや、空になった皿に、料理を取りに行ったのか。
「おまえ……じゃなくて、ヴァンさん」
黒兎のレイランさんは、僕に近寄り、小声で話しかけてきた。
「何でしょう?」
「本当に氷の神獣様を従えているのだな……ですね」
ぎこちないな。緊張しているのかな。
「ええ、まぁ。普通に話してくれていいですよ。僕は、ジョブ『ソムリエ』だから、天の使いのジョブでもないし」
「そ、そうか? あの、今の話だが、俺も主人を得れば、色のある世界に行けるのか?」
聞き取りにくいほどの小声だ。この黒兎は、全然わかってないな。
「レイランさん、貴方には既に主人がいるでしょう?」
「は? んなもん、いねぇぞ! あ、じゃなくて、いませんぞ。ありゃ? えーっと……」
この子、面白いな。言葉遣いがわからなくなっているみたいだ。それほど、真面目に話そうとしているんだな。
「レイランさんの主人は、おそらく長さまですよ」
「えっ!? 本当か?」
めちゃくちゃ目を輝かせている。天兎のぷぅちゃんも、フロリスちゃんのことになると、よくこんな顔をするよね。レイランさんは、サラ奥様のことを、心の底から慕っているんだ。
「ええ、本当です。天兎は、普通なら幼体のまま繁殖しますよね?」
「天兎のことは、知らねー……です」
「黒兎は、どうやって繁殖するの?」
「は? 知らないうちに増えているから、わからない。子を産む種族じゃねぇし……じゃなくて、えーっと……子を産む種族じゃねぇです? あん?」
言葉遣いがわからなくなって、帽子を取って頭をかきむしる黒兎。ふふっ、なんだか、かわいいよね。
「黒兎は、天兎が吐き出した毛玉から生まれるから、色のある世界から自然にこちらの世界に来るのかもね」
「じゃあ、霊と同じか? 死なないと色のある世界には行けないのか?」
それは、僕にはわからないな。だけど……。
「レイランさん、話を戻すよ。この集落にいる獣人には、皆、主人がいるはずだよ? キミは、長さまと出会う前から獣人だった?」
「は? いや、皆、黒兎で、人の姿なんて……」
「天兎は、仕える主人に育てられると、幼体から成体に成長するんだよ? キミが、僕達に話してくれたことを思い出してみてよ。なぜ人の姿を得たか、わかってなかったみたいだね。フロリス様も、その話をされたのに」
レイランさんは、呆然とした表情で固まっている。黒兎の予言の話をしたことを、忘れていたのだろうか。
「あぁっ! あ、あぁ?」
なぜか百面相だな。
「思い出しました? だから貴方には、色のある世界の主人がいるんですよ」
「違うんだ! なぜ? 帰らないのか?」
レイランさんは、一人でブツブツと喋っている。どうしたんだろう?
「ヴァン、ちょっと来てっ」
黒兎の獣人達の輪の中にいたフロリスちゃんが、大声で僕を呼んだ。
「どうされました?」
僕は、独り言をブツブツと呟くレイランさんをおいて、フロリスちゃんの方へと歩いて行く。フロリスちゃんは落ち着いているけど、周りの黒兎の獣人達の様子がおかしい。
近寄ると、サラ奥様が床にペタリと座っている姿が見えた。何か、あったのか?
僕は、慌てて薬師の目を使ってみたが、サラ奥様の身体に違和感はない。とりあえず急病ではないようだ。
「ヴァン、あのね、長さまが、帰らないって言ってるの。だけど、他のみんなは帰りたいみたい」
フロリスちゃんの表情には変化はない。失望の色もない。母親を連れ帰ることを、そもそも諦めていたのか。
「フロリス様、それは、ファシルド家に帰らないということなのですね」
「ええ、私が、そう提案したの。帰らなければいけないって、思い詰めてるみたいで……だから、サラ・ファシルドさんは10年以上前に死んだことになっている、って教えたの」
フロリスちゃんの表情に変化は……ない。
そうか、確かにその判断は正しい。ファシルド家にいまさら戻っても、サラ奥様は幸せにはなれないと思う。彼女を殺そうとした人が誰かを知っているなら、なおさらだ。
こんなことになるから黒兎は、彼女の記憶が戻らないように妨害していたのか。なぜ、記憶が戻ったんだ?
「主人ぃ、精霊師の強い技能を使ったじゃないっ。だから、みんな治ったんだよっ」
皿に料理をおてんこ盛りにした青い髪の少女が戻ってきた。
「えっ? 僕のせい……」
僕は、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
次回は、5月17日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




