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131、死霊の墓場 〜桃の特殊なエリクサー

 地下室の厨房で、僕は人数分の食事を作っていた。


 ガメイ村の食堂で鍛えていたことが、とても役立っていると感じる。大人数の料理を手早く作る技術は、格段に上がっていると思う。簡単な物ばかりだけどね。


 誰かが手伝ってくれると期待したけど、集落の皆は、巨大な桃のエリクサーに夢中だ。襲撃による恐怖も、もう緩和されているように見える。


 フロリスちゃんも、ニコニコしながら巨大な桃を切り分けて、黒兎の獣人達に配っている。そんな彼女の笑顔につられて、サラ奥様も少しずつ落ち着いてきたようだ。



「あー、そこの人、邪魔だよっ。気が散るから、そこに立たないでっ」


 青い髪の少女は、ラフール・ドルチェさんに冷たい視線を向けている。桃を掘って迷路を作っているつもりらしいけど、どう見てもただのトンネルだよね。不器用なのかな。


「えっ、て、て、て……」


「あたしは、てててじゃなくて、テンちゃだよ。さっきも教えたでしょっ」


「ひっ、申し訳ありません!」


 集落の皆の表情は少しずつだが、明るくなってきた。桃のエリクサーのリジェネ効果で、体力や魔力が回復して元気になってきたのだろう。青い髪の少女の素性を、ラフール・ドルチェさんがバラしたことも、その要因のひとつかもしれないな。


 氷の神獣テンウッドは、小島で溶けない氷の檻に囚われていた頃、こちらの影の世界を自由にうろついていたみたいだ。そして一部の人達には、竜神様に匹敵するほどの信仰対象になっていたらしい。


 そんな、テンウッドが掘り出した桃の果実は、集落の住人にとって、とてもありがたい物に見えているようだ。テンウッドが無造作に床に散らかしている果実を、大事そうに拾っていく。


 桃の果実は、リジェネ効果のエリクサーだけど、集落の人達は、あまり理解できてないようだ。神獣テンウッドが触れた果実だから、拾っているみたいだな。回復効果が緩やかだから、知らない人にはエリクサーだと気づかないか。


 商人貴族のラフール・ドルチェさんは、さっきとは違って、住人達を優先して自分は我慢しているようだ。テンウッドに、邪魔だと言われたからかな。



 料理が完成した頃、皆の表情は、随分と明るくなっていた。ただ一人だけ、ドンヨリしている人がいるけど。


 フロリスちゃんの側にはサラ奥様もいるから、黒兎の獣人達は、フロリスちゃんの周りに集まっている。その様子を、少し離れた場所から見つめている黒兎の長。レイランさんは、サラ奥様の記憶が戻らないようにしていたみたいだ。きっと、彼女と離れたくないからだろうな。


 しかし、なぜ、記憶が戻ったのだろう? 襲撃の恐怖の影響だろうか?




「皆さん、ご飯にしませんか?」


 僕が、テーブルに料理を運び始めると、青い髪の少女が駆け寄ってきた。


主人あるじぃ、私の分はどれ?」


 珍しいな。ルージュがいない場所で、テンウッドが食事をしている姿は見たことがない。


「テンちゃも食べる?」


「うん、食べるよっ。ここの人達、なんか、みんな私の真似をするから、私が食べないと上手に食べられないでしょ」


 へぇ、ルージュとご飯を食べるのは、ルージュに教えてくれていたのか。


「そっか。ありがとうね。じゃ、これをテーブルに運んでくれる?」


「うん、いいよー」


 僕が青い髪の少女にそう依頼すると、集落の人達が慌て始めた。あぁ、そっか。神獣テンウッドに、運ばせることを畏れているのかな。


 でも、彼女なら、一度に全部運べるんだよね。


 青い髪の少女は、手からふわりと淡い光を放つと、厨房から料理皿が浮かび上がり、スーッと勝手に移動していく。



「うぉぉ、神獣様の加護が付与された!」


 はい? ラフール・ドルチェさんの叫びに、僕は首を傾げた。青い髪の少女も同じ顔をしているみたいだ。


主人あるじぃ、あの人、変な人だよね」


「テンちゃ、そんなこと言っちゃダメだよ。だけど、魔法と加護の違いが、あまりわかってないかもね」


「うん? 神獣の加護も呪いも、近寄るだけで受けるんだよ? わかってないみたいだよね」


 えっ? そんなの知らない。僕が一番わかってないのか。



 青い髪の少女は、テーブル席にいち早く座ると、フォークを手に持った。そして、小皿に料理を取り、パクパクと食べ始めた。


 テンウッドは、皆に、食べ方を教えているつもりらしい。残念ながら、ただの食いしん坊にしか見えないけど。



「さぁ、皆さんもどうぞ。ガメイ村で食べ放題の食堂を手伝っているので、大皿料理ばかりですが、食べたいものを自由に小皿に取って食べてくださいね」


「あぁ、フロリスさんの店の料理ですな。私は、この味が好きで、よく通わせてもらっているのですよ」


 ラフール・ドルチェさんは、なぜか自慢げだ。まぁ、常連さんだということに嘘はないけど。


 彼につられて、集落の人達も席につき、恐る恐る料理に手を伸ばした。神獣の加護が付与された料理だと思っているのかな。




「長さまも、こちらへどうぞ。ヴァン、全部、食堂で出している料理ばかりね」


 フロリスちゃんは、まだ、彼女のことを長さまと呼んでいるんだな。サラ奥様は、どういう心境だろう。フロリスちゃんは、自分が娘だと明かしていないのかもしれない。そのあたりの会話は、聞こえなかったな。


「はい、手早く大量に作るには、慣れた物の方がいいかと思いまして」


「私が手伝わなかったから、サラダがないのね?」


 いや、たまたまだけど……ここは、どう答えるべきだ? 


「はい、フロリス様が手伝ってくれないから、僕だけで出来る料理になりました」


「まぁっ、ヴァンってば、何でもできるんじゃないの?」


 フロリスちゃんは、嬉しそうだね。


「サラダの可愛らしい飾りは、僕にはできませんよ。そういうのは、生まれ持つセンスじゃないですか?」


「うふふ、仕方ないなぁ。料理が足りなくなったら、私も手伝うねっ」


 フロリスちゃんは、サラ奥様に料理を取り分けつつ、ニコニコしながら食べ始めた。僕と一緒に行動していたから、かなり空腹だったはずだ。



 あー、黒兎のレイランさんが暗い。彼の席は空けてあるようだけど、ボーっと立ったままだ。僕が声をかけるべきかと気になっていると、泥ネズミのリーダーくんが、彼の足元に近寄っていった。


 声は聞こえないけど、何かを話しているようだ。すると突然、レイランさんの表情が明るくなった。そして、僕に視線を移す黒兎。


「ヴァンさん、本当か?」


 はい? 何が?


「レイランさん、何のお話ですか?」


「今、ネズミが言っていたことだ。本当に、俺達は、色のある世界に行ってもいいのか?」


 チラッとリーダーくんに視線を移すと、エヘンとふんぞり返ってるよ。


『我が王! 黒兎がさみしんぼなので、ちょちょいと教えてあげたのでございますですよー』


 何の話だろう? まぁ、二つの世界の行き来は可能だけど、黒兎までが可能なのかは、僕は知らない。


 僕がそう考えていると、リーダーくんは、ギクッと身体を震わせると……ヨロヨロと床に前足をついた。



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