13、商業の街スピカ 〜消えた死骸
「何ですって!? この黒服は、頭がおかしいわ! 今すぐ処刑すべきよ!!」
さっきから僕を犯人扱いしている奥様が、怒りで顔を赤く染め、大声で叫んだ。上品な話し方に反して、激しい性格みたいだな。僕も、煽るようなことを言ったけど。
すると、旦那様が咳払いをした。
彼の苛立ちを察知したのか、奥様の勢いが消えたようだ。不安そうに、旦那様の口元を見ている。
「ヴァン、今回の件について、自分の意見を話すのではなかったのか? 貴族家の後継者争いだ。神官家が口を出すことではない」
旦那様は、皆に話を聞かせようとして、わざと神官家という言葉を使ったんだな。神官家と聞いて、僕を知らない人達の表情はガラリと変わった。
この世界には、大きな神官家は3つある。統制の仕事をするトロッケン家、成人の儀を司るアウスレーゼ家、そして各地にある教会を通じて広く民を導くベーレン家だ。この3つを神官三家と呼ぶ。ただ、大きな神官家には、問題も多いんだよな。
「失礼いたしました。魔物を殺人の道具に使われていることに、僕としては許しがたい怒りを感じまして……。旦那様の言葉で驚かれた方が多いようですが、僕は、神官三家ではありませんから」
僕がそう話すと、安心したのか睨み返す奥様方。ファシルド家の人達は、単純でわかりやすい。
「魔物が殺人の道具として使われていると、今、断言したな? ヴァン」
旦那様には、この話はしてある。ということは、ここにいる人達に聞かせたいということか。
「はい、そうです。しかも、食事の間に現れたポスネルクの数、そして統制のとれた動きからして、操る術者の能力の高さを感じました」
「術者は『魔獣使い』か。どこにいる?」
「おそらく極級『魔獣使い』です。術者の居所はわかりません。しかも、魔物を隠す術も使っている。ポスネルクには姿を隠す能力はありませんからね。どうやって隠しているのかは、僕にはわかりません。大量のポスネルクを死なせても平気だという神経も、理解できません」
僕の話に違和感を感じたのか、僕を知らない使用人達は、みんな怪訝な表情をしている。冒険者をしていれば、魔物は討伐して当たり前だという感覚なのだろう。
確かに、僕のような『魔獣使い』の方が、珍しいのかもしれない。僕の従属はみんな、友達や家族のような存在なんだから。
「術者は、やはり探し出せぬか」
「いえ、食事の間には、大量のポスネルクの死骸があります。そこから術者の魔力を辿れば、位置の特定は可能です」
これは、ただのハッタリだ。僕には、そんなスキルはない。だが、屋敷内の動きは、泥ネズミ達が監視してくれている。
「おぉ! そうか。ヴァン、それならすぐに頼む」
「かしこまりました。旦那様、食事の間へご一緒いただきたいのですが、構いませんか?」
「わかった。その前に、ここにいる者達についてだが……」
旦那様は、料理人達のことを疑っているのだろうか。あの奥様が、厨房で光ったと言ったからか。
『わ、我が王、変な生き物がふごふごしてるでございますですよー。うにゅうにゅを、ふごふごでございます!』
泥ネズミのリーダーくんからの念話だ。たぶん食事の間で、ポスネルクの死骸を片付けるために、別の魔物を使っているのだろう。
リーダーくん、変な生き物の種類はわかる?
『ふごふごで、うにゅうにゅをふごふご……のわっ』
ふふっ、また賢そうな個体に殴られたのかな。
『我が王! 正体不明の黒い魔物です。人の倍ほどの中型で雑食のようです。時折、半透明になります』
黒い魔物?
『あっ、大きさが変わります。映像を送ります』
頭の中に、リーダーくんが見ている黒い生き物の姿が浮かんだ。人の倍だと言っていたのに、腹がどんどん膨らんでいく。声は聞こえないけど、なるほど、ふごふごと音を出してそうだな。鼻が大きく、床を嗅ぎ回っているようだ。
確かに、こんな魔物は見たことがない。
『うにょーんが、うにゅうにゅでございますです!』
リーダーくんの解説は、映像があるとよくわかる。身体が、うにょーんと伸びて、離れた場所にあるポスネルクの死骸に首を突っ込んでいる。
そして突然、黒い生き物は姿を消した。なるほど、そういうことか。だから食事の間では、ポスネルクはサーチには引っかかるけど、見えなかったんだ。
「おい、ヴァン! 話を聞いてないな?」
旦那様が、いつの間にか僕のすぐ左側に立っていた。
「あっ、すみません。何でしたっけ」
「料理人の件については保留だ。フロリスの成人の儀があるからな。それが終わってから再度、話をする」
「そうですね。それがよろしいかと思います」
「じゃあ、移動するぞ」
◇◇◇
謁見の間を出て、皆で食事の間へと移動していく。僕は、廊下を歩きながら、ある痕跡を探していた。廊下では見つからない。食事の間に近づくと、いくつも残っていた。
光の加減で、わかりにくい場所を選んだらしいな。昼も夜も、どこに光が当たるのかをよく知っている。普通、こんなことは気づかない。食事の間で、ジーッと観察できる立場だな。同じ場所に立つ警備兵か黒服か。
「あら、なぜ、掃除されてるの?」
穏やかな雰囲気の奥様が、驚きの表情を浮かべている。食事の間には、誰もいない。
廊下に立っていた警備兵が、奥様の言葉に驚き、駆け込んできた。
「誰も、通しておりません!」
警備兵は、必死だな。
「本当に、そんな毒ヘビがいたのか? じゅうたんも綺麗じゃないか」
旦那様がそう言うと、7〜8歳に見える坊ちゃんが口を開く。
「お父様、みんな夢を見たのかもしれませんね。そういう夢の話を……」
そこで、坊ちゃんは、ハッとして口を閉じた。
「こんなに大勢で夢を見るとすれば、洗脳系の術だろう。だが、なかったことにしたい者がいることは、わかった」
旦那様は、クルリと向きを変えると無言で廊下を戻っていった。すれ違う瞬間、僕に何かの合図をされた。後で来いということかな。
「もう、何だったの!?」
旦那様が自室に戻っていったことで、奥様方はそれぞれ子供達を連れて、部屋に戻るようだ。
「チッ、夕食はどうすりゃいいんだよ!」
料理長は、頭を抱えながら厨房へと入っていく。だが、そこで、彼は固まっている。
「ふぅん、厨房内の掃除は、忘れたらしいな。あっ! くそ」
料理人ベンさんがそう言った瞬間、ポスネルクの死骸は消えたみたいだ。厨房の空間には、今、開いて閉じたばかりの歪みが残っている。
やはり黒い生き物は、異界の魔物か。そして死骸を片付けさせた者は、さっき謁見の間にいたはずだ。
「料理長、夕食は、軽食にして部屋で召し上がっていただきましょう。この場所で、また同じことが起こると困りますし」
「あ、あぁ、そうだな」
僕の提案に対し、料理長はチカラなく頷いた。