129、死霊の墓場 〜壊された集落
青白い光が立ち昇る平原を歩き、集落へと戻ってくると、泥ネズミのリーダーくんが集落の門の上で飛び跳ねていた。まだ、金色に輝いている。
「主人ぃ、なぜ泥ネズミが光ってるのー?」
青い髪の少女……神獣テンウッドは、不思議そうに尋ねた。テンウッドにはリーダーくんと同じく覇王を使っているのに、なぜ、わかってないんだ?
「テンちゃ、僕が戦闘態勢に入ったから、覇王が強化されてるんじゃないの?」
「うん? そんな感じしないよ? いつでも術返しができそうな、弱い覇王だよ」
ちょ……そりゃ、神獣にはそうだろうけどさ。
『我が王! おかえりなさいませでございますですー。黒兎が、ビビりんこしていますですよー』
リーダーくんがいつまでも光ってるからじゃないかな?
「リーダーくん、集落に被害はない?」
『ぶぉぉおーんっでしたけれども、ピカしゅわでございました!』
全然意味がわからない。だけど、無事だったことは伝わってきた。賢そうな個体がいないな。地下室で見張りをしているのだろうか。
「そっか。リーダーくん、まだ光ってるね」
『はいー? ふぉっ? なんだか目が変だと思ってたら、光っているでございますですねー』
リーダーくんは、金色に輝く自分に気づいてなかったのだろうか。さらに嬉しそうに飛び跳ねている。まぁ、いっか。
僕が集落に足を踏み入れると、リーダーくんも僕の後ろからついてくる。そんな泥ネズミを不思議そうに見つめる青い髪の少女も、フロリスちゃんに手招きされて僕達の後に続いた。
神獣を集落に入れてもいいのか、一瞬迷ったけど、泥ネズミが堂々と入ってくるから、まぁ、大丈夫かな。
集落は、竜神様の火球の影響は受けてないはずだが、精霊様の加護が弱まっていたためか、随分と荒らされた印象だ。悪霊がここの上空を通り過ぎて行っただけだよな?
僕が使った邪霊の分解・消滅の魔法陣は、この集落内にも広がっていた。地面から、青白い光が立ち昇っているから、集落に入り込んだ悪霊がいたとしても、排除できているはずだ。
あっ、さっきのリーダー君の言葉は、そういうことか。悪霊がぶぉぉんと大量に入り込んだけど、邪霊の分解・消滅の魔法陣が広がってきて、ピカッと光ったらシュワっと悪霊がマナに分解されたということか。
それなら、この集落の惨状は理解できる。悪霊が入り込んでいたから、今も魔法陣が青白く輝いているんだ。
皆は地下室に避難してくれていたのかな。でも、地下室か……竜神様の火球の熱は、伝わってきてないだろうか。
僕は、自分で慌てて張ったバリアを解除してみた。
暑いけど、火の中にいるような熱さではない。だけど、竜神様の火球が地中を焼き尽くすつもりで広がったとしたら……。
「リーダーくん、地下室は本当に大丈夫?」
『大丈夫でございますですよー。我が王の作られた料理を、交代で食べているのでございます〜』
「いつも一緒にいる子も?」
『はぬ? 誰のことでございますですかー』
「賢そうな子だよ。いつも、じゃれあってるじゃん」
『ぬふぉっ!? 飛び蹴りしてくるのを華麗にシュピッとしているだけでございますですよー。地下室で、ゆるりんこしていますです』
「ん? 休憩中?」
『うーむむむ、困った人がいるので、一緒に困っているのですよー』
また、何を言ってるかわからない。
「ヴァン、集落の中を私達で確認しようよっ。テンちゃも、協力してくれる?」
フロリスちゃんにそう尋ねられて、青い髪の少女は思案顔だ。なぜか百面相をしている。
『我が王! テンちゃさまは、ルージュさまが喜ぶかを考えているのでございますですー。ひょえっ、睨まれたけど、ピカりんこ中は、平気でございますですー』
へぇ、リーダーくんが纏う金色の光は、バリア効果があるのか。
「テンちゃ、ルージュは優しい子だから、みんなの安全を確かめたいはずだよっ」
フロリスちゃんにそう言われて、青い髪の少女はハッとした表情を浮かべた。
「フロリス、よくわかってるねっ。うんっ、ルージュは優しい子だし、ドゥ教会の娘だから、みんなが怪我をしてないか心配するねっ。でも怪我してた人間は、主人の術で、全部治ってるよっ」
神獣テンウッドには、地下室の様子も見えているのか。僕は、変化も解除しているし、そんなサーチの技能は……ラフレアの根を使えない場所ではわからない。
僕達は、広場の集会所にたどり着いた。やはり、地上の部分は、ほとんど壊されている。地下室は、無事だろうか。
集落の中には、黒兎らしき住人はいたけど、色のある世界から来た人の姿は見ていない。テンウッドは、僕の術で皆の怪我が治ったって言ってたけど……地下室もぐちゃぐちゃにされたのだろうか。
サラ奥様らしき長の女性も、ラフール・ドルチェさんも、姿はない。黒兎の本来の長だというレイランさんの姿も見えない。
「かなり、ひどいね」
フロリスちゃんには、さっきまでの笑顔がない。
「フロリス様、地下室へ降りてみましょう」
「うん、そうね」
「主人ぃ、よっわ〜い結界があるよ? 兎とネズミ以外の魔物は、入っちゃダメな結界みたい。あたしは、魔物じゃないからいいよねっ」
青い髪の少女はそう言うと、手を前にかざした。
パリン!
何かが割れるような音……結界を壊しやがった。まぁ、いいか。地下室にまで、邪霊の分解・消滅が届いているなら、悪霊にも侵入されたということだ。
『ご案内しますですよーっ』
金色に輝くリーダーくんが、張り切って階段を駆け降りていく。僕達も、ゆっくりと階段を降りた。
◇◇◇
「おぉ、やはり、ヴァンさん! ご無事でしたか。黒兎の予知が目まぐるしく変わり、何が何だかわからないのですが……」
僕の姿を見つけたラフール・ドルチェさんが、いち早く声をかけてきた。地下室の中には魔法陣はないようだが、青白い光が立ち昇っている。だが、厨房のあるこの場所にいるのは、数人だ。皆は、扉の先の部屋だろうか。
「ラフールさん、地下室は大丈夫でしたか」
「いやー、ちょっとマズイと思っていたところ、なぜか霊が燃え始めましてねー。それで助かったんですが、今度は地下室の温度も上がりましてね。何をしても温度は下がらず……だけど、この青白い光が床から立ち昇ってくると、だいぶ楽になりましたよ」
やはり、悪霊が入り込んだんだ。竜神様は、離れた場所にいた悪霊も火球で焼いたのか。
「地下室が暑くなったのは、竜神のせいだよっ。でも、この光は、主人とあたしの共同作業なのっ」
青い髪の少女が視界に入ったラフール・ドルチェさんは、目を見開いている。
「て、て、て……」
「うん? あたしは、テンちゃだよっ。てててじゃないよ」
そうか、ラフール・ドルチェさんは、彼女が神獣テンウッドだということを知ってるんだ。
『我が王! 大変でございます。皆様が……』
賢そうな個体が、駆け寄ってきた。
『我が王、扉の先ですよー! ご案内しますですよー』
リーダーくんが張り切って駆けだしたところ、開いた扉にぶつかって転んでいる。その姿を見た集落の数人が、ふっと笑みを浮かべた。リーダーくんには、癒し効果があるのかな。
扉の先から現れたのは、真っ青な顔をした長の女性だ。そして、僕の背後の一点を見つめている。
「……フロリス……フロリス、なの?」
次回は、5月10日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。