128、黒兎の平原 〜邪霊の分解・消滅
竜神様が姿を消すと、平原に大量の黒兎が現れた。
僕がまだ、天兎の戦闘形のアマピュラスに化けているから、挨拶に来たらしい。火球のせいでまだまだ熱い土壌に、ペタリと腹を当てている。これは黒兎が敬意を表しているのだとわかる。でも、辛くないのかな? 地面は熱いよね……。
『ヴァンさま、このままだと、くろいうさぎが、ぜんめつします。リーダーくんさまからの、でんごんです』
黒ネズミ達も現れた。コイツらは熱い土壌でも平気みたいだな。黒兎がこんな姿勢をしていなくても、こんな熱を帯びた土壌では生きていけないよね。
竜神様は、自分の炎は、地中深くのラフレアの根も焼くと言っていた。つまり、地中深くまでこの熱さだということだ。おそらく、地中に逃げ込む悪霊も焼き払うつもりだったのだろう。
ほんと、むちゃくちゃだよな。
「そっか、うん、わかった。ちょっと後片付けをするよ。多少の精霊魔法は大丈夫だよね?」
『えっ……われわれは、リーダーくんさまたちのはいかなので、ヴァンさまのじゅつでダメージをうけることはないですが、くろいうさぎはわかりません』
黒兎は、天兎が生み出したものだ。それに、お気楽うさぎのブラビィは、悪霊じゃないから平気だとも言っていたことがあったよな。
「キミ達が大丈夫なら、問題ないよ。平原に広がりすぎた悪霊もなんとかしないとね」
竜神様は、ラフレアから生まれた特殊な魔物2体を連れて、どこかへ去っただけだ。黒兎の平原に広がった強い悪霊は焼き払ったみたいだが、上空の強い風の流れに乗らなかった大量の悪霊は、放置されてるんだよね。
僕は、変化を解除した。
その瞬間、平原は一気に暗くなったけど、視界が真っ暗に染まったわけではないようだ。
神獣テンウッドが、空中に浮かべている黒く燃える火球を凍らせた氷弾が、灯りの役割を担っている。
「主人ぃ、何をするの? アマピュラスのチカラを使わないの?」
青い髪の少女は、キョトンと首を傾げた。戦闘狂の神獣テンウッドは、荒っぽい方法しか考えられないらしい。
「テンちゃ、大地の浄化をするよ。竜神様の炎は地中深くまで至ってるからね」
「浄化? ここは影の世界だよっ。精霊魔法は発動効率が悪いんだよっ。アマピュラスのチカラを使って浮遊霊の命を奪って、あたしが大地を凍らせればいいよっ」
いやいや、そんなことしないし。
「テンちゃは、氷弾を片付けて」
「えーっ、竜神が戻ってくるかもしれないじゃん」
この子、まだ竜神様を狙ってるよ……。テンウッドがいる限り、竜神様は絶対に姿を現さないと思う。
まぁ、まずは、大地の浄化からしようか。発動効率が悪いと言っていたから、何度かに分ける必要があるかな。
ジョブの印に陥没の兆しがあったから、しばらく使っていない技能は、ジョブボードを使う方がいいだろう。発動効率も、その方が上がるはずだ。
僕はジョブボードを開き、スキル『精霊師』の技能がキチンと使える状態かを確認する。
●邪霊の分解・消滅……闇に堕ちた精霊や妖精を、マナに分解し、再生もしくは消滅させる。悪霊に使うと消滅のみ。
うん、大丈夫だな。何の制約もかかっていないし、以前と変わらない技能説明だ。あまり魔力は消費しない技能だけど、それは周りに精霊がたくさんいるからだ。テンウッドがいう発動効率は、そのことを言っているのだろう。
精霊がいないなら、その分、魔力を消費するよね。だけど僕は、動くラフレアになってから異常な魔力量になった。きっと大丈夫だよな?
「フロリス様、僕が魔力切れで倒れたときは、お願いします」
「えっ? あ、うん、わかったっ」
フロリスちゃんは、慌てて魔法袋から木いちごのエリクサーを取り出した。彼女なら、それを気体化して僕に吸収させることができる。
僕は、ジョブボードに触れ、『精霊師』の技能、邪霊の分解・消滅を発動した。
僕の立っている足元に、輝く大きな魔法陣が現れた。それは、ものすごい勢いで辺りに広がっていく。
魔法陣がどのあたりまで到達したかわからないけど、僕の目に見える範囲は、輝く魔法陣によって明るく、幻想的な光景が広がっている。
『邪霊、分解・消滅!』
頭の中に言葉が響いた瞬間、魔法陣が強く輝いた。
悪霊達の断末魔のような悲鳴が聞こえる。とんでもない数だな。甲高く耳がおかしくなりそうな絶叫だ。
あれ? 魔力を消費した感覚はあまりない。それに、空中に浮かんでいた氷弾が消えている。
「主人ぃ、これ、何? おもしろ〜いっ。あたしの氷が光に触れて、竜神の火球が青白くなったよっ。あたしの勝ちってことだよね? やっぱりアイツは邪竜だったんだぁ。きゃはは」
青い髪の少女が飛び跳ねながら、キャッキャと上機嫌だ。そうか、神獣と竜神様の魔力を吸収したから、僕には魔力負担があまりなかったんだ。
大地からは、青白い光が空へと昇っていく。色のある世界だと、こんな色じゃなかったよな。あ、テンウッドの魔力を利用したから、青白いのかな。
そして、熱さも改善されてきたようだ。黒兎達が嬉しそうに飛び跳ねている。
僕は、自分が纏うバリアを解除してみた。
あ、無理!
僕は、慌ててバリアを張り直した。身体のあちこちを一瞬で火傷したようだ。だが、この光には治癒効果がある。少しずつ火傷のヒリヒリは癒されていった。
この光は、バリアを貫通するんだな。だから、邪霊の分解が可能なんだ。
悪霊は、この光によってマナに分解される。そのため、平原の空気感も少しずつ変わってきた。影の世界ではなかった浄化されたマナが、平原に広がっている。
「主人ぃ、何の実験をしたの? 面白そうな遊び?」
青い髪の少女は、僕がバリアを解除して慌てたことに気づいたらしい。
「いや、もう熱くないかと思ったんだけど、予想以上に熱かった」
「うん? 暑くないよっ。影の世界は涼しいの」
それは、氷の神獣だからだろ。
「テンちゃ、私もまだ地熱の熱さを感じるよ。この付近の草原は、全部燃えちゃったね。集落は大丈夫かな」
フロリスちゃんは不安そうに、キョロキョロしている。目視はできない距離だけど、彼女はサーチ魔法を使って探っているようだ。
『しゅうらくは、われわれのしゅじんがいます。だいじょうぶです』
僕達を取り囲む黒ネズミ達は、力強く頷いている。フロリスちゃんには、その声は届いてないけど、伝わっているみたいだね。ホッと胸を撫で下ろしている。
「フロリス様、平原の様子を確認しながら、集落に戻りましょうか」
「ええ、そうね。草原は焼けちゃったから、黒兎さん達の食べ物も心配だもんね」
チラッと上目遣いをするフロリスちゃん。無理だよ? 確かに農家の生まれだけど、僕には草原を復活させる技能なんて、持ってないからね。




