127、黒兎の平原 〜竜神と神獣とラフレア
「主人ぃ、やっぱ、コイツ、殺していい?」
青く輝く神獣テンウッドが……むちゃくちゃなことを言っている。影の世界の唯一の神である、闇の竜神様だよ?
「テンちゃ、ダメだよ。竜神様には、影の世界を守る責任があるんだ」
「だって、主人がラフレアを使ってたら焼き払うつもりだったんだよ? こんなトカゲは死んだ方がいいよっ。コイツが死ねば、ルージュとよく遊んでくれる誰かが、新たな竜神になるよっ」
テンウッドは、本気で闇の竜神様を殺す気か? まさかとは思うけど……どっちが強いんだろう?
『妙なことを考えているようだな、ヴァン。だが、ワシを殺させると、竜を統べる者の資格を失うことになるぞ』
竜神様のこの言い方って……まるでテンウッドの方が強いと言っているようなものだ。
「主人ぃ、その気になれば、あたしと主人で、この世界の覇者になれるよっ。難しくないよ。すーっごく簡単だよっ」
神獣テンウッドは、フロリスちゃんの口真似をしているのかキャピッとした雰囲気で……だが、フロリスちゃんが絶対に言わないような怖いことを口走っている。
だけど僕は、このテンウッドのおかげで、スーッと気持ちが楽になってくるのを感じた。氷の神獣は、今は僕の味方だ。
ここは、影の世界だ。強気でいかないとな。
「竜神様、あの大量の悪霊が押し寄せるキッカケとなった魔物は、どうされるのですか」
『ほう? さっきはワシに怯えていたのではないのか? ラフレア』
ラフレア扱いだよ……。まぁ、そうなんだけど、この言い方は、害獣って言ってるよね。
「まさか竜神様がこんな無茶なことをするとは、予想もしなかったので、驚いただけです。そして、黒兎の草原でラフレアの根を使うとマズイことくらい、僕でも理解していますよ」
『ほう? ますます、厄介だな』
「竜神様のやり方は、かなり強引ですね。補佐できる配下がいないのですか」
『おまえがその役割に就くとでも言うつもりか?』
竜神様は、僕の意図がわからないらしい。意外と鈍いよね。そう考えていると、纏うオーラに怒気が加わった。しかも、単純だな。まぁ、わざと、そう思い浮かべているんだけど。
ぶどうの妖精達に似ているかもしれない。勝手に僕の考えを覗いて、勝手に怒るんだよね。
「竜神様、もっと、人の思考を学ぶ方が良いのではありませんか。山の竜神様は、表面の感情ではなく、深層の部分を見られますよ。人の思考はひとつではありません」
『ラフレア! 盾が居ることでいい気になっているようだが……』
「主人ぃ、やっぱ、コイツ、殺そうよ。頭が悪すぎて、ため息が出るよ。全然世代交代してないから、コイツはこんなにバカなんだよっ」
ちょ、竜神様にバカだなんて……。
テンウッドが喋り始めると、竜神様は黙った。また、めちゃくちゃ怒るんじゃ……うん? 怒ってない? うなだれているようにも見える。
『ラフレア……なるほど、そういうことか。そちらの世界の人間の思考が多重構造になっていることは、ワシは知らなかった。あぁ、だから海の竜神は、単純にはいかないと言っていたのか』
なぜか竜神様が落ち込んでいる? 火球を飛ばしていたのと同一人物だとは思えない。あ、人ではないけど。
どうやら、僕の深層部分を覗いたらしいな。
「竜神様、同じことを尋ねます。この騒ぎのキッカケとなった魔物をどうされるのですか」
僕はチラッと、翼の折れた魔物に視線を移した。倒れている魔物は、竜神様の火球のせいで、弱っていっている。
神獣テンウッドが、その火球を凍らせた物体は、まだ空中で静止している。奴は、これを攻撃に使う気かもしれないな。
『多すぎる強き霊は、減らすしかない。ワシの管理できる範囲を逸脱すると、秩序が乱れるのだ』
竜神様は、僕の問いとはかけ離れたことを話し始めた。いや、違うか。これが答えなんだ。僕から提案することを待っているらしい。
「主人ぃ、やっぱ、この竜神は殺しちゃう方がいいよっ。それに、あたしが手出ししなくても、主人だけで殺せるって気づいたみたいだよっ」
はい? 僕が? ないない。
「テンちゃ、ダメだって言ってるでしょ。フロリス様に嫌われるよ?」
「うん? フロリスに嫌われたら困るの?」
視線を向けられたフロリスちゃんは、困って百面相してる。ふふっ、話を合わそうとしてくれているようだ。
「フロリス様は、ルージュとは従姉妹の関係だよ? きっと、ルージュはもう少し大きくなると、フロリス様に憧れて真似を始めると思うよ」
「えっ……ルージュが憧れる人……ルージュが好きな人……ルージュが大切にする人……に嫌われたら……ハッ!」
青く輝いていた神獣テンウッドは、青い髪の少女に姿を変えた。おそらく、この姿では、テンウッドの戦闘力はガツンと下がる。測ったわけじゃないけどね。
でも、まだ凍った火球は、空中に静止したままだ。警戒態勢は、変わってないのか。
『ほう? 氷の神獣を本当に従えているのか、ヴァン』
あっ、呼び名が変わった。
「僕には、従えているという感覚はありませんけどね。それで、先程の答えは、その魔物を竜神様の配下にするということで、よろしいですか?」
『おまえ、随分と偉そうに……やはり、この世界には、覇王持ちのラフレアは危険すぎるようだな。さっさと出て行ってくれ』
「じゃあ、大量に浮遊する悪霊は、竜神様が誘導してくださるのですね? 未開の地からは、もう新たなモノは出てこないでしょうが、既に黒兎の草原は……」
『チッ! ワシに命令するな!』
「ふふん、竜神がビビってるよっ。だよね? 主人が、この火球を猛毒に変えて、アマピュラスのチカラで術者に戻せば、竜神なんて簡単に殺せるもんっ」
青い髪の少女が……竜神様をからかってるよ。
でも、確かにそうかもしれない。竜神様は、大量の黒兎を焼き殺したから、もし竜神様が天兎に命じたとしても、アマピュラスの変化は解けないだろう。
闇の竜神様に対する猛毒ということは、光かな。超薬草は、虹花草ならすぐに取り出せる。
僕がそう考えていると、竜神様はフンと顔を逸らした。
『ヴァン、後始末をしておけよ。バケモノの氷弾もキチンと始末しろ。その代わり、おまえの世界の厄介者の面倒をみてやる』
魔物2体は、竜神様によって、強制的に空中に浮かび上がらされていた。やはり繋がっている双子だな。
「いや、ワレは……神の……」
翼の折れた魔物は、なんとか抵抗しようとしている。
『この世界では、ワシが神だ。神の結界を動かす能力は、歪みの修復にもちょうど良い。くそ生意気なラフレアが、おまえ達を生かせと言っている。ラフレアから生まれたおまえ達をな』
竜神様は、ふわりと空へと舞い上がった。魔物2体も同じだ。
『ヴァン! 氷弾を片付けろ! そんなものを浮遊させる頭のおかしな神獣の手綱も緩めるなよ!』
強い言葉を残して、竜神様は闇へと消えていった。
「ふふん、逃げたわねっ、竜神。主人ぃ、追撃するぅ?」
ちょ、テンちゃ……。そんなことしないよ。




