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125、黒兎の平原 〜翼の折れた魔物

 白銀に輝くアマピュラスの姿に変化へんげした僕は、聖魔法を使ってバリアを張るフロリスちゃんのスピードに合わせて、薄暗い平原を駆けていく。


「ヴァンが光ってるから、みんな逃げてくねっ」


「フロリス様が空中に撒いたエリクサーが、悪霊にはダメージを与えているんじゃないでしょうか」


「ふふっ、草原が木いちごの匂いになってるね。でも、ヴァンを怖がってるみたいだよ?」


「アマピュラスは、天兎の戦闘形ですからね。こちらの世界でも、悪霊が怯えるほど強いのかもしれませんね」


 ときどき、フロリスちゃんはスゥハァと大きく息を吸い込んでいる。さっき、彼女が散布した気化したエリクサーを吸っているのだろう。


 広い草原の空気中には、キラキラとした光がまだ残っている。フロリスちゃんは、聖魔法を媒介として、エリクサーを撒いたようだ。


 僕としては逆に、汚れたマナが浄化されてしまって残念だ。あっ、バケモノ的な発想だな。影の世界は、やはりラフレアを狂わせるのか。



「なんだか、私達が蹴散らしてるみたいだねっ。ただ走ってるだけなのに。空に逃げた悪霊は降りてこないね」


「そうですね。フロリス様が聖属性のバリアを張っているからじゃないですか」


「そうかな? でも、この程度で逃げてく悪霊ばかりじゃないよね」


「おそらく、ボックス山脈の一斉討伐では、弱い魔物から狩られるだろうから、後から来る方が強い悪霊だと思います。未開の地に留まってくれたらいいんですけど」


 死霊の墓場という名の集落を襲おうと近寄ってきていた悪霊達は、身の危険を感じたのか、一斉に空高くへと回避していった。上空には、霊を押し流す強い風が吹いているようだ。空に舞い上がった悪霊達は、一定方向へ流れていく。




「あっ、ヴァン!」


 フロリスちゃんが、僕の腕をつかんでスピードを落とした。僕が派手に光っているから、彼女にも影の世界での視界がある程度は確保されているようだ。


「悪霊ではなく、魔物がいましたね」


「うん、平原に入ってきて、倒れたのかな」


 未開の地と黒兎のナワバリである平原の境界線は、明確には区切られていないが、僕達の前方には、ジッとして動かない魔物が2体いる。


 フロリスちゃんの目には、手前にいる1体しか見えていないようだ。その少し先にいる魔物は、倒れている魔物を気遣っているようだ。だが、弱っているようには見えない。僕達への敵意が半端ないな。



「フロリス様、倒れている魔物の奥に、もう1体います。翼のある魔物ですが、その翼は折れているようです」


「えっ? 私には見えないよ。異界サーチを使ってるんだけどな」


「一斉討伐の対象はラフレアから生まれた魔物だから、既存のサーチが効かないのかもしれません」


「ヴァン、どうするの? 狩るの? でも、ボックス山脈の結界を押し広げる魔物じゃなければ、別に狩る必要はないよね? それに、そもそも影の世界に来たんだから、もう、そんな危険もないはずだし」


 フロリスちゃんは優しいな。確かに、一方的に魔物を殺すということは、人の勝手な都合だ。


「そうですね。ボックス山脈には戻れないだろうけど、こちらの世界で獣として生きていくのも、アリですね」




 僕達は、魔物達から一定の距離で、立ち止まった。アマピュラスの能力なのか、遠く離れた未開の地の様子も見えている。


「ヴァン、倒れている魔物は、少しずつ回復しているわ」


「ええ、フロリス様が撒いてくれたエリクサーの影響ですよね。翼の折れた魔物も、エリクサーを含んだ空気を吸収しているようです」


 この付近は、さすがにもう木いちごの匂いはしない。大気中を漂う気化した液体エリクサーは、かなり薄いようだ。


「エリクサーを与えたら、どうなるかな」


「わかりません。ただ、完全復活させると、翼のある魔物は一瞬で集落にたどり着くかもしれない」


 僕がそう返答すると、フロリスちゃんは魔法袋に触れていた手を退けた。新たなエリクサーを出そうとしていたようだ。



「でも、手前の魔物ならいいかな? おとなしそうだし」


 フロリスちゃんが、一歩前に出た瞬間、後方にいた翼のある魔物が動いた。その直後、フロリスちゃんが纏っていた聖属性のバリアがかき消された。


 僕は慌てて、フロリスちゃんの前に出た。


「フロリス様、ラフレアから生まれた新種の魔物ですよ?」


「ご、ごめん。でも……」


 僕の背後で、フロリスちゃんが震えている気配が伝わってきた。ここまで勢いで走ってきたけど、フロリスちゃんには、ほとんど魔物との交戦経験はない。


「フロリス様、結界バリアを張り直してください」


「えっ、でも、壊される」


「あの魔物だけではありません。まだ、これからも増えてきます。悪霊には有効ですから。それに、初撃をガードできるだけでも違います。壊されたら、すぐに張り直してください」


「う、うん、わかった」


 消え入りそうな小さな声で、フロリスちゃんはそう返事をして聖魔法を発動した。




 僕達の様子を、ジッと睨むように見ている翼のある魔物。かなり、知能が高そうだな。


 アマピュラスは、すべての魔物とも話せるはずだけど……やり方がわからない。スキル『魔獣使い』の通訳を使う方が早いかな。



『おまえ達は、何者だ!?』


 あっ、向こうから話してきた。返答なら、やり方はわかる。声の主は、翼のある魔物だろう。


『僕達は、キミが生まれた世界から、この影の世界に来ている人間だよ。キミは、ボックス山脈から来たのかな』


『ワレにはわからない。導きの声に従って街を目指そうとしていた。そしたら、突然、武装した人間達が襲ってきた』


『そっか。なぜ、街を目指そうとしたの? ボックス山脈で生まれた魔物は、人間とは関わらない方がいい。神は、互いの棲み分けのために、ボックス山脈を結界で覆われているんだ』


 アマピュラスの姿でそう説明すると、翼のある魔物の目つきが、柔らかなものに変わった。おそらくアマピュラスの能力だ。


『それは、ワレにもある知識だ。おまえ達がワレらの傷を治そうとしていることも理解している。しかし、なぜ人間は……』


 翼のある魔物は、そこで言葉を止め、サッと姿勢を低くした。



 クッ! 何かバリアを!


 僕は咄嗟に、フロリスちゃんを守ろうと彼女に覆いかぶさった。そして、衝撃に備える。アマピュラスに変化へんげした僕の身体を魔力が覆う。


 ヒュン!


 風を切り裂く音とともに、付近に何かが降り注ぐ。衝撃は感じるが、痛みはない。僕は、震えるフロリスちゃんをしっかりと抱えた。


「フロリス様、お怪我はありませんか」


「うん、大丈夫だけど、何が……」


 そのとき、空気感が変わった。大気がピリピリと揺れている。フロリスちゃんは怯えて、言葉を失ったようだ。


 これは一体……黒く燃える火球が、凍っている?



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