124、黒兎の平原 〜金色に輝くリーダーくん
僕達が広場へと上がっていくと、広場は大騒ぎになっていた。集落の精霊の結界が壊されたのか、明るかった広場が薄暗くなっている。
「ヴァン……これって……精霊様の加護が……」
僕の腕をギュッとつかんだままのフロリスちゃんは、不安げに辺りを見回している。彼女の言うとおり、精霊様達が作り上げたこの集落の様々な加護が、かなり弱まっているようだ。
「そうですね。この集落は影の世界にあるから、ただでさえ風や水の精霊様の力は発揮しにくい。一方で悪霊にはこの世界は有利ですからね」
「そうね、草原からも、集落の中が見えてしまっているみたい。黒ネズミ達が侵入を防ごうとしているけど……」
集落になだれ込んでこないのは、黒ネズミ達が頑張ってくれているからか。しかし、それも時間の問題だ。
「フロリスさん、ヴァンさん!」
長の女性も、広場に上がってきた。
「長さま! 地下室へ住人を避難させてください。精霊様の加護が弱まっています。いずれ、強い悪霊は入ってきますから」
フロリスちゃんは、さっきまでとは別人のように、指示を飛ばした。
「じゃあ、あなた達も……」
「私達は、地下室に悪霊が入り込まないようにしますっ。それに、討ちもらしたらしき手負いの魔物の気配もあります。レイランさんも、死にたくなければ、早く誘導して!」
フロリスちゃんの鋭い言葉に、広場に出てきた黒兎のレイランさんは、ぴょんと飛び上がると住人の誘導を始めた。だけど、長の女性は……サラ奥様らしき人は、広場に留まっている。
彼女の顔は、真っ白だ。あぁ、草原から漂ってくる血の臭いが、黒石峠で襲われたことを思い出させたのかもしれないな。彼女は、動けなくなっているようだ。
「ヴァン! なんとかしなきゃ!」
フロリスちゃんが焦った表情で、そう叫んだ。この血の臭いは、黒ネズミや黒兎達がやられた多さを、僕達に思い知らせるようだ。どんどん血の臭いが濃くなっていく。
黒ネズミを、全滅させてしまうわけにはいかない。だけど、どうしよう。覇王を使うか。いや、金竜に変化して従属の強化を……だけど、僕の従属の泥ネズミが従えているから、効くかな?
『じゃじゃーん! でございますですよー』
集落の門へと歩いていると、頭の上にポテっと柔らかいものが落ちてきた。手を出すと、ぴょかと飛び移り、それと同時に賢そうな個体も現れた。
「リーダーくん! 来てくれたんだ」
『ほよほよほっほ〜、来てくれたのでございますですよー』
賢そうな個体に殴られそうになり、リーダーくんはそれをサラリとかわしていた。めちゃくちゃ進歩してるね。
『我が王、黒ネズミ達では、抑えられません』
「わかった。金竜に変化するよ。そうすれば、魔力を送れるよね」
『はい、我々が中継します!』
僕は、スキル『道化師』の変化を使う。この状況を抑えるために、金竜をイメージして……。だが……。
「あれ? 発動しない。どうして? フロリス様、僕のジョブの印がまだおかしいですか?」
「ヴァン、貴方のジョブの印は、スキルの発動に何の制約もないわ。竜神様が許可していないのだと思う。ここは、闇の竜神様が統べる世界よ」
「あっ、金竜は、ダメか……じゃあ、どうしよう。ラフレアを使っても黒ネズミ達の回復はできない」
「ふふっ、やっぱりヴァンには、私がついてないとダメねっ。集落の外に出るよっ。私が黒ネズミと黒兎を回復するっ」
「えっ? フロリス様にそんな魔力がありましたっけ」
フロリスちゃんは、ジョブ『神矢ハンター』だ。魔導士並みの魔力はあるはずだけど、この広い草原全体への回復魔法は不可能だろう。
僕は、動くラフレアになってから、魔力量はバケモノ級になった。それに、この世界では大気からも、汚れたマナを回収し、エネルギーに変換できる。
「失礼ねっ! ふふん、私にはこれがあるものっ」
フロリスちゃんは、そう言うと、両手に持ちきれないほどの大量の、木いちごのエリクサーを取り出した。僕が、マルクの力を借りて作る、予備タンクまで全回復できるエリクサーだ。
「それを食べさせに行くのは難しいですよ?」
「そんなことしないわ。見てなさいっ。あっ、ヴァンは、私に近寄ろうとする悪霊を排除してっ」
「あ、はい、わかりました」
僕達は、集落の門にたどり着いた。泥ネズミ達は、集落の門の壁へと移動している。
ぷんと鼻をつく強い血の臭いの中、フロリスちゃんは、門から一歩出ると、木いちごのエリクサーを空中に浮かべ、魔法の詠唱を始めた。
僕は、ラフレアの根を……いや、ちょっと待てよ。ここでラフレアの根を大規模に張り巡らせると、影の世界に棲むラフレア達をこの地に惹き寄せてしまうな。そうなると、この襲撃の後は、ラフレアの襲撃が始まりかねない。
ラフレアは使えないな。
僕は、再び、スキル『道化師』の変化を使う。竜神様の力を借りることができないなら、この世界の何かでもいい。襲撃してくる悪霊や魔物を排除するチカラのある何かに……。
ボンッと音がして、僕の視点は少しだけ高くなった。
横にいたフロリスちゃんが、眩しそうにしている。だよね、ちょっと目が痛いよね。
「よし、準備完了だよっ! 魔物も回復しちゃうけど、いいよね?」
「はい、手負いの魔物は、傷が治ればおとなしくなるかもしれませんし」
「うん、じゃあ、いっくよ〜っ!」
フロリスちゃんの手に集まっていた魔力は、木いちごのエリクサーを取り込み、液体化している。
そして、ギュンと空に上がった次の瞬間、液体化されたエリクサーは、キラキラとした光となって、草原に広がった。
「フロリス様! すごいです。大気が木いちごの匂いになりました。それに、魔力も全回復だ。エリクサーは、こんな使い方ができるんですね」
「ふふっ、私も全回復だよっ。あっ、集落の結界も復活したかも。もしかして、泥ネズミ達の伝播かな?」
門の方を振り返って見ると、泥ネズミのリーダーくんは金色に輝いていた。僕が戦闘態勢に入ったから、覇王が強化されたのかな。なんだか、神々しいね。
『ぬほほほほ〜っ。黒ネズミ達は、生きていた奴らは全回復してますですよー。集落の守りは、お任せくださいですよー』
「うん、わかった。君たちに頼むね。僕は、ちょっと出てくる」
『我が王が、ピカピカでございますですから、黒ネズミ達がチョビリンコしてますですー』
「うん? リーダーくん、何?」
すると賢そうな個体が、金色に輝くリーダーくんに、飛び蹴りしてるよ。ふふ、彼らはいつも通りだね。こんな非常時なのに、なんだか安心する。
『我が王、黒ネズミ達は我が王のお姿に萎縮しているようです。俺がキチンと統率します。ご安心ください』
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、フロリス様のことも頼むね」
「ちょっと、ヴァン! 私も行くに決まってるでしょ」
はい?
「いや、フロリス様には危険ですよ。悪霊はともかく、ラフレアから生まれた魔物は……」
「ゼクトさんから、ヴァンを一人にするなって言われてるのっ。ここは影の世界なんだよっ? 覇王持ちのラフレアは放し飼いにしちゃダメだって」
ゼクト、ひどい……。
「でも、この変化は……」
「わかってるよ。アマピュラスでしょっ。天兎の一種なんだから、私が一緒の方がチカラが増すでしょ」
エヘンと胸を張ってみせるフロリスちゃん。だけど、その表情は不安げだ。そうか、彼女は置いていかれることが怖いんだ。
「わかりました。僕から離れないでくださいよ?」
「はぁい。ふふっ」
「じゃあ、行きましょう!」
僕達は、未開の地の方へと駆け出した。




