122、死霊の墓場 〜ヴァン、黒兎を説得する
「なっ……何? ラフレアから生まれた新種の魔物? ラフレアが魔物を生むのか? ラフレアは植物だろ」
黒兎のレイランさんは、耳をピンと立てて目を見開いた。一斉討伐の話の前に、そこが引っかかってしまったのか。
でも、黒兎の長である彼がキチンと理解して行動してくれないと、大量の霊や討ちもらした魔物が流れ込んできたら、集落全体がパニックになる。
「ラフレアは、ラフレアという種族ですよ。動物でもあり植物でもある。いや、どちらでもないという方が正しいかな」
僕がそう説明しても、彼は首を横に振っている。たぶん、否定しているわけではないのだろう。理解が追いつかないのかな。
「ラフレアは、元はひとつの株なんだ。ラフレアはね、氷の神獣テンウッドから生まれたんだよ。だから、統制の機能がある」
「は? さすがにそれはないだろ。騙されねぇからな」
やっぱり知らないか。だけど、黒い天兎のブラビィは知っていた。堕天使だったからかな。いや、元は闇の偽神獣だったからか。
疑り深い視線を僕に向けると、レイランさんは頭を抱えて大きなため息をついた。理解が追いつかないというより、拒否反応に近いと感じた。
彼に理解できそうな話からしないと、一斉討伐の相談もできない。この草原は、黒兎のテリトリーだもんな。黒兎の長の協力は不可欠だ。
「レイランさん、神獣テンウッドが北の大陸に封じられていたことは知ってますか? あっ、影の世界だと、ここからはかなり遠い位置だけど……」
「あの神獣なら、色のある世界では自由に動けないんだろ? 今もずっと、どこかに閉じ込められていることくらい、誰でも知っている。だけど、ラフレアは害獣だ。神獣と関わりがあるはずがない」
あー、そっか。テンウッドは、幽霊みたいな姿だったとき、影の世界を守っていたっけ。
「神がテンウッドを封じるときに、テンウッドからチカラを奪ったそうです。その膨大な氷の神獣のエネルギーが地中に溶け込んで、そこからラフレアが生まれたらしいですよ。だから、テンウッドが封じられていた北の島の周りでは、海底深くにラフレアの地下茎が張り巡らされているんだ」
「そ、そんな話、信じられるか! 神獣は、竜神様とも対等に話していた。神に近い存在なんだ。害獣のラフレアとは違う」
彼は、かなり感情的になっている。黒兎にとって、神獣テンウッドは崇拝すべき神のような存在で、ラフレアは憎むべき害獣か。
やはり、全部話す方がいいかな。
「レイランさん、僕が覇王持ちのラフレアだとわかるということは、僕が持つスキルがすべてわかるんですね」
「わかるわけねぇだろ。黒ネズミが、あんな異常行動をしているから覇王持ちだとわかるんだ。そして、草原にいたラフレアが震えて隠れている。だから、おまえが色のある世界のラフレアか、もしくは竜神様の加護を受けているのだとわかっただけだ!」
あぁ、竜神様ね。それなら信じるか。
「レイランさんの予想通りですよ。僕は、極級『魔獣使い』の技能として覇王を得ました。そして、精霊使いの上位スキルである『精霊師』の技能としてラフレアを得た。また『道化師』の技能として、竜神様から姿を借りることもできます」
「はぁ? 何を言ってんだよ、おまえ……竜神様の姿を借りるほどの加護があるだと?」
「加護というか、竜神様になりきる変化ができます。海の竜神様の姿を借りたときに、ちょっと事件が起こって……そのときにできた竜神様の子供のうち、特殊な個体3体を、竜神様に命じられて育てています。こちらでは、光さまと呼ばれている子達ですよ」
「ふへっ? 光さま……雷獣が……あぁっ! 雷獣が、光さまの育ての親が来ているから、相談しろと言っていた……あぁあぁっ! おまえのことか!」
そうか、一角獣は、黒兎の予知も知っていたんだ。僕に、集落を救えとは言わなかったのは、判断を任されたということだろう。
フロリスちゃんの母サラ奥様らしき女性が、記憶を失っていることや、黒兎達が彼女を手放さない状態なのもわかっていたからだよな。
僕がしばし黙ったことで、レイランさんの目が泳いでいる。乱暴な言葉遣いをした自覚があるらしい。
「あ、あの、ソムリエの人……」
黒兎の態度がガラリと変わった。
「レイランさん、僕は、その雷獣に言われて、ここに来たんですよ。貴方も気づいているでしょうけど、長の女性は、僕と一緒に来たフロリス様の母親ですね? 黒石峠で10年ちょっと前に魔物に襲われて死んだと言われていた。でも、死体は見つからなかったそうです」
「長を……取り返しに来たのか。長を連れて色のある世界に戻って……で、長をこの地に縛り付けた罪で、俺達を今夜滅ぼすのだな」
黒兎は、消え入りそうな小さな声で、彼女を意図的に集落に留まらせていたことを自白した。自白だけでなく、被害妄想も追加されているけど。
「フロリス様は、長さまが母親だと気づいています。だけど、連れ帰ろうとは一度も言ってない。彼女は、天兎を従えるチカラを持っています。この能力は母親譲りでしょう。彼女は、天の導きのジョブです。だから、長さまよりも、その力は強い。当然、黒兎達の気持ちも理解しているのだと思います」
「うっ……。俺が、あの人に強く惹き寄せられるのは、長を取られないようにという防衛本能じゃないのか」
やっとレイランさんの表情から、疑り深さが消えた。
「レイランさん、僕の言葉を信用する気になりましたか」
「は? あ、あぁ、はい……」
「今夜、草原は大量の強い霊が押し寄せてきます。黒兎には討てないと思います。だけど、集落の人を守ることはできますよね?」
「あぁ、討てる相手なら、恐ろしい予知は見えない。だが、集落も潰されるんだぞ!?」
「そのための地下室じゃないですか。地下室に皆を集めて、強い結界を張れば、皆を守ることができるでしょう?」
レイランさんは、難しい顔をして考え込んでしまった。新たな予知が見えたのかもしれないな。
しばらくすると、彼はゆっくりと顔を上げた。その表情は不安で押し潰されそうに見える。
「ラフレアのようなバケモノから生まれた魔物の霊だろ? 俺達の結界で守れるかはわからない。精霊様にも見捨てられたんだぞ? なぜ、色のある世界で一斉討伐なんかするんだよ!」
「それは、新種の魔物の中に、神がボックス山脈を覆った結界を押し広げる個体がいるためです。色のある世界の街がボックス山脈に飲み込まれてしまうと、とんでもない被害が出る。影の世界も無事では済まない」
「戦乱か……。くそっ、ラフレアは害獣だ、害獣!」
あっ……しまった。
いつの間にか、地下室に降りてきていたフロリスちゃんと長の女性が、話を聞いてしまったらしい。彼女達の表情は、凍りついていた。




