120、死霊の墓場 〜住人達のブランチ
「わぁっ! すっごく美味しい」
集会所の地下室の調理場で、どんなワインにも合いそうなおつまみをいくつか作り、集会所の周りの広場に持っていくと、既にブランチが始まっていた。
彼らは、ラフール・ドルチェさんが王都で仕入れたというワインを飲んでいるようだ。
「あっ、フロリスさん、ヴァンさん。お客様なのに、なんだかすみません」
「朝市の商人さんが、とびきりのワインを開けてくれたんだよ。あまりにも美味しくて驚いたよ」
「俺は、色のある世界のことは半分も覚えてないが、こんなに美味しいワインを飲んだのは初めてだと思うぜ」
僕達の姿を見つけた住人達が、にこやかに声をかけてくる。ラフール・ドルチェさんは、特別なワインを提供したのか。なおさら、最期の食事会のようだな……。
集落の住人達は、グラスじゃなくてマグカップのようなもので、ワインを飲んでいるようだ。だけど、すぐ近くにいる人からは、華やかな赤ワインの香りを感じる。
「いろいろなワインに合いそうなおつまみを作りました。詳しい組み合わせを知りたい人は、僕にお声掛けくださいね」
「私が飾り付けをしたのっ。本当は、サラダみたいなのは余裕で作れるんだけど、ヴァンがやる方が速いから」
フロリスちゃんは、なぜか悔しそうだ。まぁ僕が、彼女が調理場に近寄らないようにと、完全にブロックしていたから……ご機嫌が悪い。
「まぁっ! 素敵なお料理ね。とても綺麗だわ。高級なレストランのようね」
長の女性の言葉は、フロリスちゃんの機嫌を一気に改善してくれた。
「私は食堂の店長なので、レストランほどじゃないですけどね。皆さん、召し上がってくださいっ。飾りは私だけど、料理はヴァンが作ったから、味は悪くないはずですっ」
うっ、謙遜と僕へのプレッシャーを同時に……フロリスちゃんは、まだ機嫌が悪いのだろうか。
「ヴァンさん、ワインのことを教えてほしいわ。これが、王都で一番人気のあるワインだと聞いたけど、ラフールさんはあまり詳しくないらしいの」
長の女性がそう言って、未開栓のワインのボトルを持ってきた。彼女が持つのは、赤ワインじゃなくて、白ワインだ。しかも……。
ボトルに触れると、キャッキャと騒がしい懐かしい声。ソムリエの技能を使わなくても、これがリースリング村のぶどうから作られた高級ワインだとわかる。
チラッと、ラフールさんに視線を向けると、彼は柔らかな笑顔を見せた。彼は、僕がリースリング村の出身だと知っているから、これを提供したのか。
ますます、最期の食事会のように思えてくる……。
だが確かに、今いる人達が明日どうなっているか、わからない。ラフールさんが味方だとしても、全員を守れるとは限らないんだ。
うん、楽しいブランチにしないとな。
「ラフールさん、これは懐かしいですよ。僕が生まれ育ったリースリング村のぶどうから作られた高級ワインです。このラベルは見たことがないですが、リースリング村の村長の畑は、僕も収穫の手伝いをよくやってました」
「さすが、ソムリエですな。触れただけでわかるのですね」
ラフール・ドルチェさんは、わざとらしく驚いてみせた。楽しい雰囲気を演出しようとしているのだと感じる。
「ええ、リースリングのぶどうの妖精は、キャッキャとはしゃぐ悪戯っ子な雰囲気なので、すぐにわかります。ワインからも、その声が聞こえてきますからね。これは、とても状態が良い。大切に保管されていたのですね」
「ええ、これは王宮にも納品している白ワインなんですよ。私は、この白ワインが好きなので、ワイン保管用の特別な魔法袋を使っています」
あぁ、だから冷えているのか。
「リースリング村の妖精って、親しみやすいし、かわいいよねっ。だから、リースリング村のぶどうから白ワインを作ると、誰もが飲みやすい甘い白ワインになるのねっ」
フロリスちゃんは、そう言うと、思いっきりドヤ顔だ。ふふっ、ドヤ顔をしなければ素晴らしいと褒めてあげるんだけどな。あっ、褒め称えないと、また機嫌が悪くなるかな。
「へぇ、フロリスさんって、ワインのことをよくご存知なのね。すごいわねぇ」
長の女性が、フロリスちゃんに柔らかな笑顔を向けた。僕が褒めるよりも、何倍も効果がありそうだ。フロリスちゃんは嬉しさのあまり、デレデレしてるよ。
「この白ワインは、そちらのサラダと一緒にどうぞ。ワインに合うように、サラダのドレッシングは酸味を控えています」
僕は、一応、おつまみの説明を加えた。
「ヴァンさん、これって、生の魚なの?」
「はい、ラフールさんが新鮮な魚を持っておられたので、サラダ仕立てにしてみました。白ワインによく合うと思います」
「へぇ〜、初めて食べるわ」
あっ、生魚は苦手かな? 長の女性は、少し戸惑っているようだ。
「ヴァン、念のために、グミポーションもお皿に入れておいてっ」
フロリスちゃん……ひどい。
「フロリス様、この生魚を食べても、お腹が壊れることはないですよ?」
「うん? 食べ過ぎちゃう人や、飲み過ぎちゃう人には、グミポーションが必要でしょ」
あー、そういうことか。
「じゃあ、こちらの皿に出しておきますね」
作り置きしていた、正方形のゼリー状ポーションを皿に入れると、集落の住人達の視線が集まった。
「何だ? これは。草の匂いがするぞ」
門番のレイランさんが、いち早く手に取った。毒味のつもりだろうか。ひとつを口に放り込むと、変な顔をして固まっている。
黒兎には合わないのかな? でも、お気楽うさぎのブラビィは、普通に食べてるけど。
「おい! おまえ、これは何だ!?」
「レイラン、失礼な話し方はしないで。ヴァンさん、ごめんなさいね。でも、私も見たことない物だわ」
すると、ラフール・ドルチェさんが口を開く。
「これは、ヴァンさんが発明したグミポーションですよ。簡単に作れるから、下級薬師達は、これで生計を立てている者もいます。普通のポーションは瓶に入っているから、瀕死のときには使えないことがある。だけどグミポーションは、このまま口に放り込めるから、冒険者の間では、今や必需品です」
「まぁっ! ヴァンさんの発明品? 作り方を真似られているのね」
長の女性は、僕に同情的な視線を向けた。誤解だ……。
「長さま、違うのっ。ヴァンは、誰にでも教えちゃうの。薬草があれば薬師のスキルがなくても作れるよっ。ヴァンは、その辺の雑草からでも作っちゃうけど」
僕が口を開く前に、フロリスちゃんが説明してくれた。
「薬草なら、畑にあるわ。私にもできるかしら? ふふっ、お菓子みたいで美味しいわね」
「長さま、私も薬師のスキルはないけど作れますよっ。ヴァンから、土臭くならない作り方も聞いてます。お教えしましょうか?」
フロリスちゃんが目を輝かせてそう申し出ると、長の女性も同じようなキラキラとした表情をしていた。やはり、母娘だよね。
「ええ、是非、お願いしたいわ」
「はい! 喜んで。あっ、ヴァン、お料理が足りなくなりそうだよっ。私は飾り付けの手伝いができないけど、ヴァン、ひとりでできる?」
はい?
「大丈夫ですよ。じゃあ、追加の料理を作ってきますね。あっ、レイランさん、暇なら手伝ってください」
「のわっ? な、なんだと?」
長の女性にすり寄ろうとしていた彼を、僕は強引に調理場へと連れて行く。じゃないと、この黒兎は、絶対に二人の邪魔をするもんね。
それに、話しておきたい大切な話もあるんだ。
次回は、4月19日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




