12、商業の街スピカ 〜毒を纏うポスネルク
僕は、素早くスキル『魔獣使い』の魔獣サーチを使った。天井には、まだ、ポスネルクがいる! その数は56体。
「見えないけど、天井にいます!」
僕がそう叫ぶと、食事の間にいた人達は、天井に向かってフォークやナイフを投げた。当たると魔物は、姿を現して床に落ちる。
人の腕よりも太い個体がいるようだな。長さもバラバラだが、長いモノは、余裕で人の背丈を超える。
見た目からしても、野生のポスネルクだとは考えにくい。強い主人がいるはずだ。おそらく極級『魔獣使い』のスキルを持つ者が操っている。
スキル『魔獣使い』は、一番上の極級になると、族長という技能を得る。これは、従属化した魔物の長を務めることができるという技能だ。
僕は、この技能は使わない。その上位技能である覇王を持っているからだ。覇王は、すべての魔物や獣に対する絶対服従効果がある。そして波及効果もあるから、一族だけでなく、その種族全体へと効果が広がっていくんだ。
僕は、魔法袋から薬草を取り出し、スキル『薬師』の調合を使って、大量の毒消し薬を作った。そして、風魔法を使って部屋の中に撒く。
すると、部屋の中にいたポスネルクはすべて姿を現した。さっきサーチしたときよりも、さらに増えているようだ。天井だけじゃなく壁にもいる。
毒消し薬で、魔物の身体を覆う毒が消えると、赤くただれたようになるのか。ダメージを受けると姿を隠せなくなるようだが、ポスネルクには、姿を隠す能力は備わっていないはずだ。
「黒服も、剣の使用を許す!」
騒然とする食事の間に飛び込んできた警備兵が、大声で叫んだ。すると黒服たちも、魔法袋から次々と剣を取り出し、ポスネルクに斬りつけていく。
ファシルド家は武術に長けた使用人が多い。それに、お子様たちも、剣術は得意な子が多いから、大量のポスネルクは、あっという間に討たれていった。
「ううーん、ヴァンくぅん……」
すべての討伐が片付いた頃、常勤薬師のノワ先生が目を覚ました。そして、あちこちに飛び散る魔物の血を見て……当然のように、フッと意識を失った。
今回の一番の被害者は、ノワ先生かもしれない。
◇◇◇
食事の間の騒動の後、その場にいた人達は全員、謁見の間へと集められた。この部屋には、防音結界はもちろん、さまざまな結界を張る魔道具が設置されているからだろう。
旦那様が部屋に入ってくると、料理人たちの緊張感が一気に高まったようだ。
気絶から回復したノワ先生も、青い顔をして立っている。ポスネルクの毒の治療を必要とする人が、何人かいるためだ。
「一番最初に気付いた者、事情を説明せよ」
旦那様の威厳のある話し方に、お子様たちは、おとなしくなっていた。剣術は得意でも、自分よりも上の立場の人と話す経験がない彼らにとって、旦那様はとても恐ろしい存在のようだ。
すると、窓辺の席に座っていた奥様が口を開く。
「料理を食べた子が、口から泡を吹いたのです。だから、また毒を盛られたと、私の息子コンレンが皆に注意喚起しました。そしたら、厨房の方から怪しげな光が見え、その後、奇妙な毒ヘビが大量に現れました」
ちょっと、待って。まるで厨房の中から、ポスネルクを放ったかのような言い方じゃないか。
「ふむ、厨房が元凶か?」
「料理に毒が入っていたのです! 料理人の仕業以外に、何がありましょう? しかも毒ヘビを放って、私達のことも殺そうとしたのですわ」
旦那様は、料理人たちに視線を向けた。だが、発言を許されていないためか、誰も口を開かない。
「言い訳は、あるか?」
まるで、料理人に非があるような言い方だな。だけど、おそらく旦那様は、わざとこんな言い方をしているのだと思う。
ひどい貴族家なら、奥様の言葉だけですべてを判断し、使用人の言い分なんて、全く聞く気さえない場合もあるからな。
「料理人が毒を仕込むことは、ありえません。厨房にも、あの魔物が現れました。なんだか、統制がとれているような魔物らしくない不自然な動きだと感じます」
料理長が、ビビりながらも反論している。彼は、頼み込まれてファシルド家の厨房を任されることになったという自負があるのだろう。
「厨房の方が光ったのを見たわ! あれは、おそらく魔物を操る光よ!」
僕が使った薬師のスキルだろうか? 光るような技能を使った記憶はないんだけどな。
「魔物を操るには、光を使うのか?」
旦那様は、その奥様に尋ねた。
「そうだと思いますわ。だって、光った後に魔物が現れたのだもの」
奥様は、旦那様の問いかけが自分への疑惑だと感じたようだ。必死に言い訳をしているように見えた。
「厨房には、見慣れない黒服が居たぞ! アイツが手を振ると、魔物が現れたんだ!」
げっ、僕? 話したこともない坊ちゃんが、僕をビシッと指差している。
「坊ちゃん、彼はヴァンくんですよぉ〜。私が魔導学校で先生をしていたときの、お子ちゃまクラスの生徒だったのよ〜」
ノワ先生が懐かしい紹介をしてくれた。
「薬師さんの生徒だからって……あっ、だから、毒を盛ったんじゃないか!?」
あぁ、こうやって黒服のせいにされるのか。
「違うわよぉ。ヴァンくんは、そんなことしないよ? ポスネルクだって調べてくれたのも、ヴァンくんなんだからぁ」
「その黒服は、魔獣使いか。だから毒ヘビを操ったのだな」
いったん怪しいという印象を抱くと、まるでそれが真実かのように、次々と責任を負わせるように……。後継者争いで殺し合いをする貴族は、ほんとドロドロだな。
「ヴァン、何か反論はあるか?」
旦那様の視線が僕に向いた。困り切っているような少し疲れた表情だな。はぁ、まぁ、ガツンと言っておこうか。
「はい、僕の意見を言わせていただきます」
そう言って、僕は全体を見回した。そして、ふわりと微笑む。武闘系のファシルド家は、絶対的な強者には従うんだよな?
「僕がその気なら、今頃、みなさん死んでますよ。後継者争いなら、コソコソしないで、堂々と勝負しなさい!」




