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119、死霊の墓場 〜敵か味方か

 グゥゥゥ〜


 そのとき、門番のレイランさんのお腹が鳴った。騒ぎすぎてお腹が減ったのかな。ほんと、この黒兎は……。



「こんなところで、何をしてるんですか? 朝市は店じまいしましたよ、お姉さん」


 僕達を案内してこの集落に一緒に来ていたラフール・ドルチェさんが、長の女性にそう告げた。彼は、こちらの世界の人の王グリンフォードさんに仕えている。彼なら、すぐにグリンフォードさんに応援を要請してくれるか。


 だけど……この集落がある草原には、人を近寄らせないようにしているんだよな。応援を頼んで、グリンフォードさんが承諾してくれたとしても……うーむ。


 グリンフォードさんが動くと、今夜からの危機を脱した後は、今までの生活には戻れないだろう。黒兎は、この草原を人に奪われることになり、そうなると、この草原が緩衝地帯の役割が果たせなくなる。未開の地から、多くの獣がエサを求めてやってくる、か。


 もしかすると、夕方からのボックス山脈の一斉討伐は、未開の地だけに影響するかな? それなら、この集落は無事だよな。


 いや、それなら、黒兎がこんなに騒がないか。それにゼクトも、わざわざ忠告に来るわけがない。


 ボックス山脈を覆う神の結界を押し広げる新種の魔物が現れたから、黒石峠付近までボックス山脈が広がっているんだっけ。


 黒兎がナワバリとするこの草原付近は、色のある世界だと黒石峠も含む。やはりこの草原には、ボックス山脈で討たれた霊や討ち漏らした魔物がなだれ込んでくる。




「……ヴァンっ、ヴァンってばっ!」


 フロリスちゃんが、僕の腕をゆすっている。


「あ、はい、フロリス様、何ですか?」


「もうっ! また、何か変な妄想をしてたの? ゼクトさんが言ってたよ。ヴァンはたまに話してる途中で固まるって」


「えっ? あ、すみません。えーっと、皆さんは?」


 ぶどう畑には、僕とフロリスちゃんしかいない。不安そうにこちらを見ていた集落の住人も見当たらない。


「ラフールさんが、王都で仕入れたワインを飲もうと言って、みんな、集会所に行ったよっ。ヴァンは、ジョブソムリエなんだから、ちゃんとお世話してあげなきゃっ」


 はい? そんな話になっていたのか。


「えーっと、なぜ王都のワインなんですか」


「あっ、私が、ちょっと言っちゃったの。ヴァンは、いろいろなワインに合う料理が作れるからって。そしたら、みんなで集会所で、ブランチにしましょうってことになったの」


 ブランチ? あ、もう昼食を食べた人もいるからか。


「そうでしたか。すみません、ボーっとしてました」


「長さまは、ヴァンが集落の外のサーチをしてくれているって言ってたよっ。でも、ヴァンはサーチなんかしてないよねっ。妄想してたよねっ」


 妄想って……。まぁ、考え事だけど。


「あはは、すみません。で、集会所はどちらですか? あっ、でも、ワインに合う料理となると、調理場も必要ですよね」


「集会所には、調理場もあるんだって」


「へぇ、珍しい集会所ですね」


「ラフールさんが、今朝から改造したみたいだよ。たぶん黒い天兎が騒ぐからだと思う。集会所に、調理場のある地下室ができたんだって。ラフールさんの結界付きだよ」


 なるほど、地下シェルターか。


「そんなのをすぐに作れるなんて、ラフールさんってすごいですね」


「うん? 地下室は、土の精霊様にお願いすれば、すぐにできるじゃない。ラフールさんの契約精霊が、土の精霊様みたい」


「へ? そうなんですか。知らなかった」


「ヴァン、気づいてなかったの? ガメイ村から影の世界に入ったとき、地面を歩きやすく固めてくれてたじゃない」


 いや、それは、僕がラフレアの根を使って支えてたんだけどな……。まぁ、いっか。


 地下室を作ったということは、ラフールさんも、夕方からの襲撃の情報を得たのだろう。確かに結界で覆った地下室は、悪霊から住人を守るには有効だ。




 ◇◇◇




「おぉ、ヴァンさん、待ってましたよ。地下室を見てください。私が作った力作です!」


 集会所は、集落の中央にあった。集会所の小屋の周りは、たくさんの花が咲く広場になっている。集会所の小屋に入ると、たくさんの住人で室内はぎゅうぎゅうだった。


「ラフールさん、今からブランチだということでしたが、椅子が足りませんね。作りましょうか?」


「あぁ、ブランチは外の広場でやりますよ。集落の皆さんには、いま、地下室の説明をしたところです。さぁ皆さん! 料理人が来ましたから、これから準備をします。ブランチ開始の知らせは、黒兎に頼みますね」


 ラフールさんがそう言うと、住人達はワイワイと楽しそうに話しながら小屋から出て行った。


 僕は無意識のうちに、出て行く人数を数えていた。数えたのは51人。たぶん、もう少し多いと思う。この集落には、人が40人くらいだとゼクトが言っていた。だけど、獣人の姿をした黒兎もそれ以上の数がいる。この集会所には、全員は避難できないな。



「ヴァンさん、調理場はこちらです。フロリスさんもお手伝いしてくださるのですね」


「ええ、私も手伝うわ! ガメイ村では、ラフールさんもご存知のとおり、私は食堂の店長だものっ」


 フロリスちゃんは、トンと胸を叩いて張り切っている。こういうときの彼女は危険だ。黒焦げ料理を量産する。


 僕達は、集会所の小屋に残っていた数人と一緒に、地下室へと階段を降りて行った。




「わっ! 地下室だと思えないほど明るいねっ。それに、なんだか不思議な扉がたくさんあるわ。開けたくなっちゃう」


 勝手に開けてはいけませんよ、お嬢様。だけど確かに、地下室の壁には、いくつもの扉があった。


「フロリスさん、開けてみてください。集落の住人が増えて部屋が足りないと聞いたので、たくさん作っておきました」


「わぁっ、扉の先には通路があるわ。通路にもたくさん扉がある。秘密のお部屋みたいねっ」


 完全な地下シェルターだな。僕は、ラフレアの根を伸ばして、フロリスちゃんが開けた扉の先を調べた。かなり長い通路だ。おそらく、この集落の地下に、同じ規模の集落を作り上げたような感じだ。


 こんなことが、ラフールさんの契約精霊だけでできるとは思えない。それにこの明るさ、そして地上と同じ清浄なマナ、どう考えても複数の精霊の力だ。


 あっ、ぶどう畑から消えた精霊は、地下に避難したのか。ラフールさんの契約精霊が、地下室作りを交渉したのかな。


 だけど、今は精霊様の気配はない。



「ラフールさん、広いですね。これだけの広さがあれば、住人全員でも、地下室で寝泊まりできそうです」


 僕がそう言うと、ラフールさんは得意げな笑みを浮かべた。だが、僕が簡単に根を伸ばして調べられる程度の結界だ。これでは、強い悪霊には何の妨げにもならない。


「でしょう? さぁ、ヴァンさん、私が持参したワインをご覧ください。思い出に残る、楽しいブランチにしましょう」


 何だか、彼の言葉は……もうこの集落に明日はないと言っているように聞こえた。まさか、住人をこの場所に集めて……全員を悪霊に乗っ取らせる気じゃないよね?


 彼が、この集落の住人にとって、敵なのか味方なのか、僕にはわからなくなってきた。



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