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117、死霊の墓場 〜本当の集落の長

「こっちの畑だ」


 集落の長の屋敷を出て門番のレイランさんについていくと、集落の奥にはぶどう畑があった。ワインを作るには小さすぎる畑だ。葉の形から見て、そのまま食べることのできる品種のようだ。ワインにもできるけどね。


 レイランさんは、黒兎が騒いでいると言って、僕達を呼びに来た。だけど、黒兎らしき姿はない。成体になった獣人の子供もいないんだよな。


「これが畑なの? いろんな草も生えているし、見たことのない木がたくさん植えられているだけだよね? 手入れをされてないのかしら」


 フロリスちゃんの指摘は的確だ。だけど、剪定作業をしていないだけで、この状態でも時期がくれば、ぶどうは実り、そして問題なく収穫できそうだ。


「畑のことは俺にはわからねぇが、ここは、長が管理している畑だ」


 集落の長が管理していると聞き、フロリスちゃんは手で口を塞いだ。失言だと感じたみたいだな。



「レイランさん、黒兎が騒いでいるというのは……」


 嘘だったのかとは言えず、僕はそこで口を閉じた。雑草だらけに見えるぶどう畑だが、妙に静かだと感じたんだ。ぶどうの妖精がいないためか。


「門にいる黒兎が騒いでいた。奥の畑が静かなのが不気味だってな。最初は、あんた達が何かをしたんじゃないかと疑っていたようだが、長が見回りをして、何の術も使われていないことを確かめてくれた。黒兎は、あんた達が災いを持ち込んだとも言っている」


 はい? 黒い天兎達は、僕達をまだ襲撃者だと思ってるのか。一口に黒兎といっても、多くの個体がいるから、まぉ、いろいろな意見があるのかもしれない。朝、僕達の部屋を覗きに来た子供達は、僕達に興味を持っていたみたいだもんな。



「黒い天兎は、恐れているのね。予知が何かわからないけど、ずーっとビクビクしているんだわ」


 フロリスちゃんは、やはり優しい。天兎を従える彼女は、やはり天兎の味方なのだろう。黒い天兎は、白い天兎の眷属けんぞくらしいけど。


「あぁ、俺も、ここに来てみて不気味だと感じた。何もいないだろう? ジョブ『ソムリエ』は、色のある世界の妖精や精霊の声が聞こえるらしいな。何も聞こえないだろう?」


 あぁ、そういうことか。もともとは、ぶどうの妖精がいたのか。だけど、それならここまで雑草だらけにはならないよな? ぶどうの妖精は、雑草に養分を奪われたくないから、雑草には敏感だ。



「ちょっと、調べてみますね」


「は? 変なことをするなよ? 覇王持ちのラフレア! 精霊様の加護が他も消えたら大変だ」


 うん? 精霊様の加護が消えた? この畑からは、土の精霊の加護を強く感じる。しかし、ラフレアを嫌ってるよね。いや、恐れているのか。


 そもそも彼は、ラフレアのことがわかってないらしい。わざわざ、ジョブ『ソムリエ』だとか言わなくても、ラフレアには霊も妖精も精霊も見える。汚れたマナを吸収した霊は、ラフレアにとっては甘いエサだからな。



「レイランさん、この畑からは、土の精霊様の加護は消えていませんよ?」


「は? どこにも居ないじゃねぇか。いつも、ここに精霊様達が集まってたんだ。黒兎達と、くだらない話をしてたんだぜ」


 くだらない話って……。失礼だよな。あれ? この人って……。


「もしかして、レイランさんは黒い天兎ですか?」


「のわっ!? 俺は、色のある世界から来たんだぜ?」


 やはり、そうか。レイランさんは、なぜかそれを隠しているらしい。黒い天兎が成体になるには、仕える主人が必要なはずだ。


 僕はふと、フロリスちゃんの表情が輝いていることに気づいた。レイランさんが黒い天兎だから喜んでいる? いや、違うか。彼の主人が長だとすると……フロリスちゃんと同じく、神の導きのジョブだろう。神官家の血筋に稀に現れるという能力の一つが、天兎を従える能力だ。


 ますます集落の長がサラ奥様であるという可能性が、高まってきた。黒い天兎は、それを知られたくないから隠すのか?



「レイランさんのご主人様は、長さまなのねっ。帽子を被っている大人は、みんな黒兎かしら?」


 そういえば、帽子を被っている人は少なくない。それにゼクトは、この集落の住人……所属不明な人達が40人ちょっとだと言ってたけど、少なくともその倍はいるよね?


「のわっ!? 黒兎は、塀の上に並んでるだろ」


「あなたには、ジョブの印がないもの。この集落のみんながジョブの印を隠されているのは、黒兎のイタズラかしら?」


「俺は、そんなイタズラなんか、しねぇぞっ!!」


 思わず反論したらしいけど……レイランさんは気づいてないかもしれないが、認めたも同然だよね。


 だけど、黒い天兎であることは隠したいらしい。黒兎達にとってサラ奥様は、貴重な存在なのかもしれないな。主人がいないと、黒い天兎は人の姿を得られないだろう。



「ヴァン、彼は、謎の獣人でいたいお年頃みたいねっ」


「ふふっ、そうですね。しかし黒い天兎の成体が、これほど多く集まる場所を見たのは初めてですよ。もともと、ここは天兎の集落だったのかな」


 僕の予想は図星らしい。レイランさんは、ワナワナと震えている。ふふっ、天兎だと思えば、なんだか可愛らしく思えてきたな。



「レイランさん、予知をした黒兎を連れてきてくれないかしら? どんな襲撃を恐れているのか、聞かせて。じゃないと、この不思議な集落のどこに異変があるか、わからないわ」


 フロリスちゃんが静かにそう言うと、レイランさんはガクリとうなだれ、帽子を取った。ペタンと倒れた大きな耳があった。


「予知の黒兎は……俺だ。俺が集落の本当の長だ。10年ほど前に彼女を見つけてからは、ここはガラリと変わった。俺は、人の姿と未来予知の役割を得た。そして彼女の願いに従って、俺は、この集落に色のある世界から迷い込んだ人間を集めた。精霊様も、それを助けてくれるようにもなった。そして、人の姿を得る黒兎は増えていった」


 まさかの暴露だな。


 フロリスちゃんには、天兎を従える力がある。だから、彼女に偽りを話すわけにはいかないのだろう。


「そっか。長さまには、天兎を従える能力があるのね。貴方達は、そんな長さまを必要としているのね」


 フロリスちゃんは、たぶん僕と同じことを考えていると思う。サラ奥様が母親かもしれないから連れ帰るとは、言えなくなった。



「レイランさん、ここには多くの精霊様がいたのですね。いつから居なくなったのですか」


「あ? それがわからねぇんだ。俺は襲撃者の予知で混乱していた。昨夜見回りをしていて、誰もいないことがわかった」


「ここにいた精霊様はどなたですか? 名持ち精霊は?」


「名持ち精霊なんかいない。長を守っていた精霊様が呼び寄せたようだ。この集落がこんなに明るくなったのは、最近のことだ」


「予知はいつ頃に?」


「あんた達がくる少し前に見えた。時間が経つと、さらにもっと嫌な予感が強くなってきた。頼るべき精霊様もいない。こんなにも恐ろしい予知は初めてだ」


 レイランさんは、いつの間にかフロリスちゃんにすり寄り、頭を撫でられていた。おそらく彼は、長さまとフロリスちゃんの関係に気づいているのだろう。じゃなきゃ、すり寄っていかないよね。


 恐ろしい予知の内容を、彼は話さない。たぶん、未開の地からの襲撃を予知しているのだろう。確かに、これは話せないレベルのものだ。



「ヴァン、襲撃が終わるまで、この集落に滞在しようっ」


 フロリスちゃんの表情は、異論は認めないという頑固なものだった。彼女の正義感と、天兎に対する慈悲か。


 だがしかし……今夜、彼女の予想を遥かに越える大惨事が起こるだろう。僕は、そうしよう、とは言えなかった。



次回は、4月12日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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