115、死霊の墓場 〜ゼクトからの情報
ゼクトからの突然の予想もしない通信に、僕は理解が追いつかなかった。明日の夕方から、一斉討伐?
『ゼクト、黒石峠近くのボックス山脈って、ここからはかなりの距離があるよね? ってか、なぜ、この集落に通信が届くの? 結界があるし無理でしょ』
『あぁ、俺は今、近くにいるからな』
『えっ? 影の世界にいるの?』
『あぁ、おまえの居場所が見えなくなったから、こっちの世界に様子を見に来たんだよ。距離が近ければ、精霊の結界は通信の妨げにはならねぇからな』
『よくわかったね、僕がこの集落にいるって』
『ククッ、異界に入った瞬間、おまえの居場所がわかったぜ。悪霊達が怯えてたからな。それに、この黒ネズミの壁を見りゃ、この中だなって、どこからでも丸わかりだ。サーチを使う必要もなかったぜ』
あぁ、黒ネズミが集落を守っているからか。
『そっか、じゃあ、集落に来る? 僕はフロリス様を置いて離れられないんだ』
『いや、俺もすぐに戻る。一応、極級ハンターだからな。しかもボックス山脈に不慣れな奴もいるから、今も内緒で抜けてきたんだ』
『そうなんだ、ありがとう』
『フロリスは寝てるんだろ? 起きたらすぐに、こっちの世界に戻れよ』
『いや、ちょっと、それはできないよ。ここは色のある世界の人達の集落だよ? それに集落の長の女性は記憶を失ってるんだけど、ファシルド家のサラ奥様だと思うんだ』
僕がそう反論すると、ゼクトは黙ってしまった。えっと、知らなかったのかな。もしくは、魔道具が上手く通信できなくなったのだろうか。
『ヴァン、あまり時間がないから、とりあえず文句を言わずに聞け』
『わ、わかった』
ゼクトは、変な前置きをすると、一気に喋り始める。
『黒石峠近くのボックス山脈に、ラフレアから生まれた新種の魔物が集まっている。ボックス山脈から出ようとして、ボックス山脈を覆う神の結界が弱い場所を探して集まったようだ』
僕は、反論しそうになったが我慢した。ゼクトは、早く戻らなきゃいけないんだ。
『ククッ、反論してこねぇな』
『だって、ゼクトが文句を言うなって言ったじゃん』
『ふっ、おまえの疑問に答えてるうちに、大事な話ができなくなると困るからな。話を戻すぜ。えーっと、ラフレアから生まれる新種の魔物は、あと半年後以降に爆発的に増える。遅く生まれる奴の方が、おそらく厄介だ。黒石峠近くのボックス山脈ではその動きが早い。おそらく数百体が集まっている』
『ええっ? 数百体? あ、ごめん』
『ふふん、まぁ、そんなに強い魔物はいないが、中には神の結界を押し広げる個体もいるらしい。黒石峠の出口付近まで、ボックス山脈の結界が広がっているんだ。このままいくと、黒石峠どころか、商業の街スピカが、ボックス山脈の一部になっちまう』
『それは、マズイな』
『あぁ、だから王命が出た。黒石峠近くのボックス山脈の魔物を一斉討伐する。結界を押し広げる個体がどれだかわからないらしいからな。それに、ボックス山脈内のバランスを保つためにも、ラフレアから生まれた新種の魔物は減らす必要があるんだ』
『でも、それなら、ここは関係なくない? あ、ごめん』
念話の魔道具は、思い浮かべただけで、すぐに音となって伝わってしまう。上手く使いこなせないんだよな。
『は? 関係ありすぎるだろ。つまり、影の世界の黒石峠付近に、大量の魔物の霊がやってくるということだぜ? 悪霊が人間に取り憑いて色のある世界に戻らないように、黒石峠には神官三家が勢ぞろいして、不安定な歪みを修正する気だ。だから、この草原は行き場を失った大量の魔物の霊で溢れ返る。ボックス山脈で討ちもらした魔物も、なだれ込むかもしれねぇ』
『でも、霊を喰う黒兎がいるよ?』
『そこの黒兎は、天兎の幼体が、汚れたマナを吸って吐いた毛玉だろ。確かに、悪霊を喰うだろうが……ラフレアから生まれた新種の魔物の霊だぜ? 逆に喰われるんじゃねぇか?』
『じゃあ、この集落の人達は……』
『あぁ、色のある世界に避難させるわけにもいかないだろうな。皆、黒い天兎に生かされているだろ』
『死人なの?』
『いや……どちらでもねぇな。外からサーチしたら、こっちの世界の人間はおまえとフロリスの二人だけだ。その商人貴族は影の世界の住人というサーチ結果だが、他の40人ちょいは所属がねぇんだよ』
『どういうこと? でも、僕達だけ戻るわけにはいかないよ。フロリス様も、集落の長が母親かもしれないと思ってる』
『ヴァン、決断しろ。その集落は明日の今頃には、大量の魔物の霊や、討ちもらした魔物に潰されるぜ。何度も言うが、ラフレアが生み出した新種の魔物だ。どんな力を秘めているか想像さえできねぇぞ。チッ、悪い、ここまでだ。フロリスが起きたら、すぐに戻れ……』
ゼクトからの通信は、途切れた。えっ、大丈夫かな。
ゼクトの姿を探そうと意識すると、パッとゼクトの姿が見えた。変な視点だな。それに妙にまぶしく感じる。下から見上げているのか? そして、ゼクトが転移していったのが見えた。
あぁ、これは、黒ネズミが見た景色か。そう考えると、頷いたのか見える景色が動いた。泥ネズミ達と違って言葉は送ってこないけど、常に僕と繋がりがあるようだ。
しかし、どうしようか……。
広い草原に、未開の地から大量の魔物の霊がやってくる。確かに、ラフレアから生まれた新種の魔物なら、どんな性質を持つかわからない。
それに、ボックス山脈の結界を押し広げる個体は、それ自体が強くなくても、色のある世界を滅ぼす原因になるから、絶対に討たなければならないことも理解できる。
ボックス山脈にいる魔物は、それ以外の地域にいる魔物とはケタ違いに強いんだ。だから神は、棲み分けのために、ボックス山脈を結界で覆ったという。
世界のおよそ半分が、ボックス山脈だと考えられている。ボックス山脈については、あまり調査されてないから、全体像は明らかにはなっていない。
出入り口に近い辺りは、冒険者が出入りするし、王宮の施設もある。だけど人が出入りできるのは、ほんの一部だけなんだよね。
どうしようかと考えているうちに、窓の外は明るくなってきた。この集落の朝がきたようだ。
◇◇◇
コンコン!
「朝食の用意ができましたよ。昨夜の部屋にどうぞ」
扉の外から、そう呼びかける声が聞こえた。
「ありがとうございます。もう少ししたら、いただきに行きます」
僕が即答すると、えっ? っと言う声が聞こえた。起きているとは思わなかったのかな。
僕は、扉を開いた。うん? こんなにたくさんの子供?
「おはようございます」
「わぁ〜っ! ごめんなさい〜」
おはようを言うと、なぜか謝られ……バタバタと階段を下りて逃げていく。残ったのは、年配の男性ひとりだ。
「えーっと、なぜ、ごめんなさいなのでしょう?」
「あぁ、すまないね。キミ達が、黒ネズミを従えているから、興味を持ったらしい。逃げて行ったのは、黒兎なんだよ」
「子供の姿に見えましたが……」
「ふふっ、この集落には子供は居ない。だからなのか、黒兎の一部が子供に化けているようだ」
「黒兎の成体なんですね」
ふわぁぁっと、大きなあくびをしながら、フロリスちゃんが起きて来た。
「黒兎のことは、わからない。長なら知っていると思いますよ。あぁ、お連れの商人は、もう朝市を始めていますよ」
年配の男性は、笑みを浮かべると階段を降りていった。
「ヴァン、私、寝坊したのかしら!? いま、私、叱られた?」
そう言うと、フロリスちゃんは慌てて身支度を始めた。




