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112、死霊の墓場 〜ヴァン、証拠を探す

「さぁ、中へどうぞ。紅茶を淹れましたわ」


 集落の長の女性が、僕達を屋敷の中へと案内してくれる。その所作は洗練されていて美しい。


 この女性だけでなく、集落にいる人達は皆、色のある世界の住人だったようだ。記憶を失っているから戻る場所がわからず、ここで暮らしているという。


 だけど戻る気があれば、影の世界との行き来が始まった今では特に、戻るための弊害は少ないと思う。何か別の理由もあるのだと感じた。



「わぁっ! お花がたくさんっ」


 案内された部屋には、色とりどりの花が飾られていた。そういえば、サラ奥様は、とても花が好きだったんだよな。


 ファシルド家のフロリスちゃんの部屋は1階の角部屋で、横の畑へ出るための扉があった。フロリスちゃんが生まれる前は、サラ奥様と専任メイド達だけの部屋だけど、畑仕事をするための物置き小屋もあったよね。


「ふふっ、私は花を育てるのが楽しいの。色のある世界から、いろいろな花の種や苗を、ラフールさんのような商人に持って来てもらっているわ」


「私も、花は好きなんです。初めて使えるようになった魔法は、ヴァンが教えてくれた草花の生育魔法なの」


 えっ? あれが、初めての魔法なのか? フロリスちゃんは一生懸命に、お兄様のアラン様の誕生日を祝う花を育てたんだよな。


「あら、ヴァンさんは、不思議な魔法を使われるのですね。生育魔法って、聞いたことがないわ」


 彼女の視線が僕に向いた。フラン様に似た眼差しに、少しドキッとする。


「僕は、ぶどう農家の生まれなので、子供の頃から手伝いをしているうちに覚えました」


「まぁ、農家の技能なのですね。この集落には、ジョブ農家だった人はいないわ」


 うん? ジョブを覚えているのかな? 色のある世界の記憶を失ったというから、ジョブボードも忘れたのかと思ってたけど。



「長さま、この集落の皆さんは、ジョブやスキルに関する記憶はあるのですか?」


 フロリスちゃんが、ストレートに尋ねた。


「ええ、ジョブボードは使えるわ。ただ、新たな技能は得られないみたいです」


 集落の長の返事に、フロリスちゃんはフワッと柔らかな笑みを返した。


「長さま、こちらの世界には神矢がないのです。だけど、生活の中で獲得した技能は増えていきますよ」


「まぁ、そうなの? 私は花を育てるのが上手くなったはずなのに、技能は上がらないみたいだわ」


 不思議そうに首を傾げる集落の長の表情は、やはりフラン様に似ている。フロリスちゃんは、気付いてないのだろうか。


「それなら、ちょっと調べさせてもらってもいいですか? 私は、ジョブ『神矢ハンター』なんです。もしかしたら新たに獲得した技能が、上手くジョブボードと繋がっていないのかもしれません」


 フロリスちゃんが、神矢ハンターだと明かすと、集落の長は目を見開いた。自分の娘だと気づいたかな?


「まぁ、珍しいジョブですわね。フロリスさんは、神官家の血筋なのですね。私は、ジョブの印がどこにあるかわからないので、自分のジョブを確認できないのです」


 すると、フロリスちゃんは、パンと手を叩いた。


「それです! きっとそのせいですよ。私にお任せいただけますか?」


「ええ、少し緊張するけれど、お願いしますわ。あぁ、その前に、紅茶をどうぞ。クッキーもありますわよ」




 僕達は、テーブル席に案内された。数人の男女が、次々とテーブルにいろいろな物を運んできてくれる。使用人という感じでもなさそうだな。同居人だろうか。


「私達も、ちょうど食事にしようと思っていたのです。皆で、ご一緒させてくださいね」


「はい、もちろんです。お食事の時間にお邪魔して、すみません」


 フロリスちゃんがそう言うと、どこからか、グゥ〜ッとお腹の悲鳴が聞こえてきた。


 あ、フロリスちゃんか。しまったという顔で、少し赤く頬を染めている。ふふっ、バターの香りに反応したみたいだな。



「そういえば、我々も随分長い時間、食事をしていませんね。ヴァンさんは平気かもしれませんが、私や店長さんは空腹で倒れそうですよ」


 すかさず、ラフール・ドルチェさんがフォローしてくれた。だけど、恩を売るような、なんだか嫌な顔をしている。商人貴族って、皆こうなるのかもしれない。


「では、皆さんも召し上がってください。あらら、足りないかしら?」


 集落の長は、一人の女性に目配せをしている。すると、その女性がスッと立ち上がった。追加の料理だろうか。


「大丈夫です! あの、ご迷惑になるので……」


 フロリスちゃんは、ますます赤い顔だな。そんな彼女に優しい笑顔を向ける集落の長。きっと、母娘だよね?


 だけど、何の証拠もない。もどかしいけど、今は下手なことは言えないな。もし別人だったら……フロリスちゃんの気持ちを考えると、僕の勘だけでは話せない。


 何か、証拠になりそうなものはないかな? 


 キョロキョロと見回していて、少し気になるものを見つけた。だけど、証拠には関係ないか。でも、話が繋がるかもしれない。



「スープの香り……これは、赤ワインが入っているのですか?」


 もちろん、スープの香りがここまで漂ってきたわけではない。赤ワインの木樽を見つけただけだ。


「あら、ヴァンさんは嗅覚が鋭いのですね。ええ、赤ワインを風味づけに使っていると思いますわ」


 うん? 変な言い方だな。


「あの、料理をされるのは、先程、立たれた方ですか?」


「うふふ、見抜かれてしまいましたわね。私が作ったと言いたいのですけど、私には料理の才能は無いようですの。お恥ずかしいわ」


 フラン様と一緒だ!


「そうですか。僕の妻も、料理の才能は無いと開き直っていますから、別に気にされることでもないと思います。できる人ができることをやれはいいので……あっ、偉そうに、すみません」


「そうそう、フランちゃんが厨房に立つと大惨事になるって、フリックが言ってたよ。あ、えーっと、ヴァンの奥さんがフランちゃんで、フリックは私の友達なんです」


 フロリスちゃんが、勢いよくフラン様の悪口を言ってるよ。ふふっ、フロリスちゃんも同じく、料理の才能はないみたいだけどね。


 やはり集落の長は、サラ奥様だよな? あまりにも共通点が多すぎる。だけど、そういう目線で見ているからかもしれない。


 フラン様の名前を聞いても、彼女は何の反応も示さない。仲の良い妹か姪っ子、だったはずなのに。



「さぁ、冷めるまえに召し上がって。追加のお料理も出てきますわよ。あっ、クッキーだけは、私が作ったのよ」


 集落の長にそう言われて、フロリスちゃんは、目の前にあったクッキーに手を伸ばした。


「じゃあ、クッキーからいただきます〜」


 そして一口かじって、フロリスちゃんは、そのまま固まってしまった。



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