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111、死霊の墓場 〜長の女性は……

 集落の中は、影の世界だとは思えないほど、たくさんの色で溢れていた。僕達が住む色のある世界と、ほとんど変わらない。


「わぁっ! 明るいね〜っ」


 フロリスちゃんは、少し目を細めつつも、興味深そうにキョロキョロしている。


 門の外からは、高い塀で囲われていたこともあり、集落の中は見えなかった。門に集まってきた人達の背後の景色も、白黒の世界に見えていたもんな。まさかこんな感じだとは想像もしていなかった。


 そんな僕達の様子を、ラフール・ドルチェさんはふふんと鼻で笑っているように見えた。僕が嫌いな貴族っぽい笑みだ。


「店長さん、この集落には特殊な結界があるので、外からはわからなかったでしょう? これは、私が張った認識阻害の結界なのですよ」


 あぁ、だからドヤ顔だったんだ。


「まぁ! ラフールさんって凄いのね」


「ジョブ『商人』の独占という技能ですよ? 競合店に見つからないように、特別な取引先や採掘場などを隠す技能です。店長さんにはまだ……あぁ、そうか、店長さんは、ジョブは神矢ハンターでしたな。スキル『商人』でも極級になれば得られる技能です」


 そうか、ラフール・ドルチェさんは、フロリスちゃんが商人貴族の娘だと思ってるんだよな。でもフロリスちゃんは、商人のスキルは持ってないと思う。


「あら、極級商人になるには、かなりの経験が必要ね。神矢は、商人は中級しか降らないみたいだもの」


「ほう、そうなのですか。商人は人脈が命ですからな。神矢でホイホイと得られるものではありませんね」


「そうね、確かに人との繋がりが大切だわ」


 へぇ、フロリスちゃんの対応は、しっかりしている。逆に、マウントを取ろうとするラフール・ドルチェさんの方が、なんだか子供に見える。




「さぁ、皆さん、長の屋敷で、お茶をご用意します。その畑の奥の屋敷です。私は先に行っていますので」


 門番をしていた敵意むき出しだった人はそう言うと、僕達から離れていった。あの場所まで歩いて来いということだよな。


 彼が僕達から離れると、集落にいた人達も僕達から距離を取っていく。怖いんだよね、きっと。



「ヴァンさん、この集落に来た目的は何でしたかな?」


 ラフール・ドルチェさんにそう尋ねられて、僕は返事に困った。集落の人達は、僕達には近寄ろうとしないけど、聞き耳を立てていることはわかる。


「一角獣が、行ってみてと言ったからなんですが……」


「おぉ! そうでしたな。光さまが従える雷獣からの依頼でしたな」


 彼は大声で、まるで叫ぶように話した。あぁ、集落の人達に伝えているつもりかな。そんなに声を出さなくても、至る所で僕達を見張る黒兎が、集落の人達に伝えると思うけど。


 ラフール・ドルチェさんの大声で、余計に人が離れていく。まぁ、もういいんだけどね。


 だけど一角獣は、なぜ僕に、この集落へフロリスちゃんと一緒に行ってみてくれと言ったのだろうか。この集落が何かに狙われているから助けてほしいということなら、あんな言い方はしないと思う。


 そもそも黒兎の予知を、一角獣が知っていたとも考えにくい。この集落には、特別な何かがあるのだろうか。



「ねぇ、ヴァン。この集落の人達って自給自足しているのかしら? ラフールさん商人として出入りしていると聞いたけど、畑もあるし、家畜も飼っているわ。不思議ね。ここは本当に影の世界なのかしら」


 フロリスちゃんが目を輝かせて、僕を見上げる。うん? 突然しゃがんで何をしてるんだろう?


「フロリス様、何を……」


「はい、ヴァン! 泥のパンだよ」


 泥のパン? あぁ、フロリスちゃんが5歳の頃に、中庭横の畑で、同じことを言ってたっけ。おままごとだよね。


「ふふっ、ありがとうございます。懐かしいですね」


 僕は、泥のパンを受け取った。あれ? この感じって……。


「なんだか、この土って、屋敷の畑みたいなんだよねっ」


「そうですね。精霊様の強い加護を感じます。黒い天兎がいる影響かもしれませんね」


 泥のパンを地面に返すと、地面からも精霊様のチカラを感じた。これは天兎じゃないな。土の精霊様の強い加護だ。


 そうか、この集落は、精霊様達が作ったのか。


 改めて見回してみると、太陽を模した光、爽やかな風、そして畑の横を流れる小川。そのすべてに、精霊様のチカラを感じる。


 さっき、ラフール・ドルチェさんが認識阻害の結界を張ったと言っていたっけ。その前は、ここは目立つ場所だっただろうな。



「あの、お二人は何をなさっているのですか」


 ラフール・ドルチェさんが困惑したような表情で立ち止まっている。


「ラフールさん、ごめんなさい。ちょっと土の匂いが懐かしいなって思って」


「土の匂いですか? それなら、ガメイ村でも同じような匂いがしていませんでした?」


「ちょっと違うのよ。私が子供の頃の記憶にある匂いなの」


 フロリスちゃんの返事に、首を傾げるラフールさん。彼には、色のある世界の精霊を感知する能力はないらしいな。




 ◇◇◇




「さぁ、どうぞ、こちらへ。紅茶を用意させましたよ」


 畑の奥の高台にある屋敷の前で、門番が待ち構えていた。その話し方に、僕は少し違和感を感じた。なんだか、この屋敷の住人のような態度だな。


「用意させたじゃないでしょう? あら?」


 屋敷の中から出てきた一人の女性に、僕はハッとした。彼女も、こちらを見て……フロリスちゃんを見て、何かを感じたような気がした。



「店長さん、ヴァンさん、あの方がこの集落の長だ」


 ラフール・ドルチェさんがそう教えてくれた。フロリスちゃんは、その女性を見て、不思議そうに首を傾げている。


「長というから、年配の方をイメージしてしまいました。僕は、ヴァンと申します。彼女は、フロリス様です」


 僕がそう挨拶すると、フロリスちゃんは慌ててお辞儀をしている。家名を言うべきではないと思って、僕が彼女の名前も紹介したんだ。



「ヴァンさんにフロリスさんね。初めまして。私は……こちらでは名前を呼ばれることがなくて……」


 長の女性は、少し困ったような笑みを浮かべている。


 おかしいな。フロリスちゃんの名前を出したのに、初めましてなのか? 


 目の前にいる30代半ばに見える美しい女性は、とてもフラン様に似ている。ファシルド家の名を出す方がよかったのだろうか。


「あの、お名前を伺うことは、失礼にあたるのでしょうか?」


 僕は直感を信じた。ここで引き下がるわけにはいかない。一角獣が、フロリスちゃんを連れてこの集落へ行くことをすすめたのは、おそらく彼女が……。



「ヴァンさん、長は、色のある世界での記憶が無いようですよ。この集落にいる人は皆、同じです。戻りたくても戻る場所がわからないのですよ」


 ラフール・ドルチェさんの言葉で、僕は確信した。


 この女性はきっと、黒石峠で魔物に食い殺されたと言われているサラ奥様だ。フロリスちゃんのお母様だ!



次回は、3月29日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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