110、死霊の墓場 〜黒ネズミ
「キミ達が、護衛してくれていたの?」
『はい、ワレラのあるじからの、めいれいです。ヴァンさまやフロリスチャンさまに、がいがおよぶようなことは、ぜったいにさせません』
フロリスチャンさま? フロリスちゃんの名前が長くなってるよ。泥ネズミのリーダーくんが伝えたんだな。賢そうな個体なら、名前を正確に伝えるはずだ。ということは……。
「もしかして、泥ネズミのリーダーくんからの指示?」
『リーダークンさまかは、わかりません。とてもじひぶかく、かしこいかたです。ワレラのきゅうちを、すくってくださいました』
うーん? かしこい? 黒ネズミから見れば賢いのかな。慈悲深いなら、リーダーくんに間違いはなさそうだ。
集落の方に視線を戻すと……完全な戦闘態勢だ。確かに、彼らからすれば、僕が黒ネズミをこの平原に引き入れ、集落を襲撃しに来たように見えるよね。
ただ、彼らは言葉とは真逆で、全く余裕のない表情をしている。黒兎は、この世界の三すくみの関係とは違って、霊には強いけど獣には弱いんだっけ。
そして僕達を案内してくれたラフール・ドルチェさんも、僕への警戒心を隠せないでいる。
「誤解ですよ。僕がこちらの世界に用事があって来ることになったから、僕を心配した従属が、黒ネズミを護衛に付けたようです。おそらく僕の従属は、黒ネズミの視覚を利用して、僕の様子を見守っているのだと思いますよ」
僕が、そう説明しても、彼らの警戒は変わらない。集落の人達は、完全に敵襲だと思っているか。説得するなら、ラフールさんだな。
フロリスちゃんに視線を移しても、キョトンとしていた。そっか、黒ネズミの声は念話だから、僕にしか聞こえないのか。
ここは……ラフレアであることを利用しようか。バケモノ扱いされるけど、まぁ、仕方ない。一角獣が、フロリスちゃんを連れてこの集落へ行けと言ったもんな。門前払いは困る。
「ラフールさん、ご理解いただけないようですが、もし僕が集落を襲撃するつもりなら、どうすると思いますか? 黒ネズミを操る必要があります?」
「えっ? ヴァンさんが……あ、あぁ、確かに……」
ラフール・ドルチェさんは、ホッとしたような笑みを見せた。疑いが消えたのだろうか。
彼は、集落の門番達の方を向き、口を開く。
「おまえ達の誤解だ。彼は、ラフレアの森から株分けされた動くラフレアだ。しばらくこの世界で一緒にいるが、強い悪霊も獣も寄って来ない。この世界のラフレアから見れば、彼はラフレアの長老だろう。さっき、竜神様も、厄介だとおっしゃっていた」
えっ、ちょっと、言い過ぎじゃないか。
「動くラフレア? 色のある世界のラフレアか!」
あれ? 僕を覇王持ちのバケモノって言ってた門番が驚いている。僕がラフレアだと見抜いたからじゃないのか?
「そうだ。ヴァンさんと一緒だと、歩いていてもラフレアとも遭遇しなかった。そんな人が、この集落を襲撃するつもりなら、ラフレアに劣る黒ネズミなどを使うわけがない」
ラフール・ドルチェさんは、ドヤ顔で力説している。さっきまで僕に疑いの目を向けていたことを、忘れたかのようだ。
「ラフレア……ラフレアなのか……。色のある世界のラフレアは、巨大な赤い花に遭遇するだけで死を覚悟すると聞く。こちらの世界のラフレアは、厄介だがそこまでではない。その強い闇のオーラを麻痺毒に変えるのか」
うん? 闇のオーラ? あ、デュラハンかブラビィが、何かしているのか。影の世界にいるとよくわからない。
ラフール・ドルチェさんがドヤ顔で力説したことが、集落の人達には、過剰な刺激となって伝わったようだ。黒ネズミの襲撃なら、戦うつもりだったみたいだけど……完全に戦意を喪失している。
予想を越えるバケモノ扱いだな。
「皆さん、そんなに怯えないでください。僕は、まだラフレアとしては赤ん坊なので、つぼみの状態です。ラフレアの赤い花を咲かせることはできません」
僕がそう話すと、門番は少し表情が改善した。この人は、ラフレアの森をよく知っているみたいだな。この集落の住人はすべて、僕達と同じく色のある世界の人なんだっけ。
「そんなラフレアが、なぜこの集落に……」
やっと、門番は話を聞いてくれる気になったらしい。
「はい、王の館フォールに、さっき行ってたんですが、そのときに会った一角獣が、この集落を訪ねてみろと言ったんです」
「えっと、一角獣とは……」
あぁ、知らないか。すると、ラフール・ドルチェさんが口を開く。
「おまえ、光さまの雷獣を知らないのか!」
「ひっ、光さま!? 竜神様の……」
「あぁ、そうだ。ヴァンさんは、色のある世界の竜神様に託され、光さまを育てておられるのだぞ!」
ラフール・ドルチェさんは、またドヤ顔だよ。はぁ、なんか、もういいよ。こういう所が、貴族の嫌いなとこなんだよね。
門番や、その背後にいた人達は驚きで固まっている。門の上にズラリと並んでいた黒兎は、数体に減っていた。警戒を解除したみたいだな。
「それを先に言ってくれたら……あぁ、いや、すみません。見たことのない数の黒ネズミに、勘違いしました。しかし、黒ネズミはいつまで……」
「あぁ、こんなに集まっていると襲撃に見えますよね。えーっと、帰らせましょうか」
「黒ネズミは貴方の命令を聞くのですか?」
「たぶん、そうだと思います」
僕がそう答えると、門番はコソコソと何かを相談している。長いコソコソ話だが、僕の耳にはハッキリと聞こえてきた。たぶん、黒ネズミが伝えてくれているのだろう。
こんなにも門番が敵意むき出しだったのは、黒兎が近いうちに襲撃があると予知していたためらしい。だから、僕達がその襲撃者だと勘違いしたんだ。
「あの、貴方が集落に滞在されている間だけでも、黒ネズミに集落を守らせることは可能でしょうか」
はい? 黒ネズミに?
「たぶん、大丈夫だと思いますが、黒ネズミは、たいして強くはないですよね?」
僕がそう尋ねると、門番は思いっきり首を横に振っている。
「黒ネズミは、霊には弱いですが人には圧倒的な強者です。そして、この平原を埋め尽くす数の暴挙。この状態なら、未開の地の獣さえ、寄せ付けないでしょう」
未開の地って、ボックス山脈だよね? そっか、弱くても数が集まれば面倒だもんな。
「そう、ですか。じゃあ、そうしておきます」
僕がそう返事をした瞬間、平原から黒い波が押し寄せるような感覚を感じた。黒ネズミ達が、集落を取り囲んだらしい。
「うおっ、凄まじいですな。主人が仕える主人を守るためだから、ここまでの能力が……いや、貴方の覇王の技能の高さか」
「瞬時に動いたのは、たぶん、黒ネズミの主人が命じただけですよ。でも、黒ネズミに囲まれて、集落の人達は不安じゃないですか」
「不安どころか、安堵します。これほどチカラが増幅された黒ネズミが守ってくれるなら、ひとときでも気を抜けます」
「何か、事情がありそうですね」
僕は、ヒソヒソ話を聞いてしまったから理由はわかっているが、あえて尋ねてみた。
門番は一瞬、考えるような素振りをみせたが、すぐに大きく頷いた。
「光さまの父上なら大丈夫か。とりあえず、中へどうぞ。非礼のお詫びに、お茶でもお召し上がりください」
僕達は、やっと集落に入ることができた。




