11、商業の街スピカ 〜料理人の一斉解雇の理由
「おい、ソムリエ! その上から目線な話し方、黒服のくせに何様のつもりだ!?」
あちゃ、料理長がキレた。だが、これでいい。料理長にたまりすぎたストレスを発散させてあげないと、この空気感は変わらない。
「料理長、気に障ったのでしたら、申し訳ありません。ですが、ファシルド家での勤務歴は、僕の方が長いので先輩ですよ?」
「はぁ? てめぇ、ふざけやがって!」
僕に殴りかかろうとした料理長の腕をつかんだのは、料理人のベンさんだ。殴られて、和解しようと思ったのにな。
「やめときな。ヴァンが言っていることは事実だ。彼は、もう7年以上前から、ずっとファシルド家を守っている。アンタは、まだ1年も経ってないだろ」
「ベン、おまえだって、疑惑が晴れたわけじゃないらしいぞ。俺達は、ファシルド家の料理人を一斉解雇するからと頼み込まれたので、店をたたんで雇われ料理人をしているんだからな!」
何? 一斉解雇? それで料理人は、ほとんどが見たことなかったのか。なぜ解雇なんて……あっ、彼らが来て、1年経ってないと言ったよな。この1年、次々と旦那様の子が亡くなっていることに関係があるのか?
「もしかして、この1年、料理を食べた人が毒に倒れる事件が増えてますか?」
料理長ベンさんに、そう尋ねると、彼は無表情でコクリと頷いた。そして、ゆっくりと口を開く。
「以前とは、何か違うんだ。これまでなら誰かが混入したら、必ず形跡が残った。それに、致死量の毒は誰も使わなかった。だが……」
ベンさんは、悔しそうに唇を噛んでいる。
「それで、一斉解雇されたのですか。だけど同じことがまだ続いているのですね」
「あぁ、以前から居る俺を含めて数人の中に、毒を仕込む奴がいるんじゃないかってな。料理人が、自分の命ともいえる料理に、毒なんか盛るわけねぇだろ!?」
ベンさんの叫び声が心に刺さる。それで、ずっと無表情だったんだ。
「お子様たちの食事時間を狙われるのですか? 何か、その後に気づいた点はありませんか」
そう尋ねると、料理長は僕をキッと睨む。
「ヴァン、新入りに尋ねてもわからねぇよ。確かに、お子様たちの食事時間だ。毒で誰かが倒れて騒ぎになって、あの姉ちゃん薬師が来てバタバタしている間に、テーブルもぐちゃぐちゃになる」
常勤薬師のノワ先生は、確かに騒がしいけど、血と虫が苦手だけど、毒なら大丈夫じゃないのかな。
「テーブルがぐちゃぐちゃになるんですか?」
「あぁ、花瓶が倒されたり、ぐちゃぐちゃだ。だが、料理は消えていることが多い。皿には毒を残してな」
はい? なぜ、毒の入った料理が無くなるんだ? 誰かが隠蔽しているのか。でもそれなら、なぜ毒を残す?
「それで、料理人や黒服が疑われるんですね」
ベンさんは、微かに頷いた。
『わ、わ、我が王、うねうねがたくさんうねうねね……ふぎゃっ』
泥ネズミのリーダーくんからの念話だ。途中で、プツリと切れたのは、おそらく賢そうな個体に殴られたんだろうな。リーダーくんは慌てると、言葉がめちゃくちゃ面白くなるんだ。ほとんど何を言ってるか、わからない。
『我が王、その部屋に突如、ポスネルクが数体現れました。ご指示を!』
賢そうな個体の声だ。ポスネルク? 僕は、スキル『魔獣使い』の魔獣サーチを使う。室内には、泥ネズミが35体、ポスネルクが6体いた。
ポスネルクは、あちこちの沼地の泥を食べて身体から毒を出す、小型のヘビの魔物だ。太さは人の腕くらいで、長さは長いモノでも人の背丈程度だ。
だけど食事の間では、魔物の姿は見えない。泥ネズミ達は、床下や天井裏に隠れているはずだ。ポスネルクは、そんな隙間には、入れないと思うけど……。
「キャー! 誰か!」
窓辺の席から悲鳴があがり、近くにいた黒服が駆け寄っている。
「また、毒だ! 何も食べるなよ!」
そう叫んだ少年も、バタリと倒れた。ポスネルクに触れたのか。だが、なぜ、姿が見えない?
「ちょ、これ、もらいますよ!」
僕は、厨房に置いてあった葉物野菜をつかむ。そしてスキル『薬師』の改良と調合を使って、野菜を薬草に変え、そして強い毒消し薬を作った。
さらに風魔法を使って、室内に散布する。
クッ、連続でスキルを使うと、右手がピリッと痺れた。
「ヴァン、何を?」
「毒消し薬を散布しました。倒れた人にも吸収されるはずで……えっ?」
目の前に、毒々しい赤いヘビが落ちてきた。上を見ると、厨房の天井に、もう1体いる。厨房内にいた料理人達は、2体のヘビをすぐに仕留めた。
「素手で触らないで! これはポスネルク、身体のヌメリは毒です!」
「ヴァン、あっちもだ!」
ベンさんは、そう言うと、掃除用の長いモップを持って食事の間に飛び出した。
さっきサーチしたときは、6体だったのに増えたのか! テーブルの上に、10体は居る。天井にも2体。
だが、室内に漂う毒消し薬で、ポスネルクは苦しんでいるようだ。天井にいた2体も床に落ちた。
ファシルド家の食事の間は、大混乱だ。でも、さすが武闘系の有力貴族家だな。子供達は、フォークとナイフで、ポスネルクの頭を突き刺している。
「素手で触らないで! 身体を覆うヌメリは、毒です! 触れると毒が手から吸収されます!」
室内に撒いた毒消し薬が薄まってくると、あちこちで手が熱いだの足がだの、騒がしくなってきた。触るなって言ってるのに。
「わわわ、ヴァンくぅん!」
慌てて飛び込んで来たのは、常勤薬師のノワ先生だ。たぶん30歳前後だけど、特徴的なしゃべり方は、初めて会ったときから変わらない。
「ノワ先生、ポスネルクの毒です」
「いや〜ん! 血の色ぉ〜」
「血じゃないし、虫でもないです。魔物ですよ! ヘビです、ヘビ!」
ノワ先生は、虫を見ると爆破する癖がある。食事の間を爆破されたら大変だ。
「なぁんだ、魔物なら、そう言ってよー。ポスネルク? 黒石峠にもいる毒沼の魔物?」
「そうです。触った人達の解毒をお願いします」
「あれれ? でも、毒消し薬のニオイがするわ〜」
そう言って、上を向いたノワ先生は……なぜかそのままパタリと倒れてしまった。
天井を見上げると、うねうねと大量のポスネルクが、まるで赤い肉塊のようにうごめいていた。
ノワ先生は血の塊に見えて、気絶したらしい。だが、発見してくれて助かった。
「ベンさん、大量に天井にいます!」
「おう、わかってる。あん? 消えたぞ」
フワッと風が吹くと大量のポスネルクは、まるで幻覚だったのかと疑うほど、天井から忽然と消えていた。




