109、死霊の墓場 〜敵意むき出しの門番と黒兎
「あら? 黒い天兎? ブラビィなの?」
フロリスちゃんは、首を傾げつつ、さらによく見ようと目を凝らしているようだ。
死霊の墓場という名の集落の門には、影の世界の住人ではなく僕達と同じような人と、その門の上には黒い天兎のように見える何かがいた。
集落の名前が物騒なのは、この世界の人が近寄らないようにするためか。死霊が近寄るとすべて喰われるという事実から、その名が付いたと、ラフール・ドルチェさんが言っていたけど。
「ブラビィに似ていますが、ブラビィではなさそうですよ。あれが、この辺りをナワバリとする獣なのかな」
僕がそう言うと、ラフール・ドルチェさんが驚きの表情を向けた。変なことを言ったのだろうか。
「ヴァンさん、まさか黒兎を従えているのですか? 黒兎が人に従うなんて……」
「えーっと、黒兎かはわからないですが、似た感じの……天兎の眷属の黒い天兎は、僕の従属です」
お気楽うさぎのブラビィは、もともとはベーレン家が創り出した闇の偽神獣だった。それを討ったことで、偽神獣は悪霊化して僕につきまとうようになっていたんだ。
そしていろいろあって、フロリスちゃんに従っている天兎のハンターが、その悪霊を黒い兎に変えた。その黒い兎は、天兎のハンターぷぅちゃんの眷属が嫌だから僕の従属になると言っていたっけ。
僕がその黒い天兎に覇王を使い、名付けたことで、ブラビィは堕天使の姿を得たんだ。神殿にいる天兎は、役割を持つ個体もいる。神に仕える天使も、天兎の一種だ。
「もしかして、あの堕天使は、黒兎なのですか?」
ラフール・ドルチェさんは、ブラビィを知ってるんだな。そういえばブラビィは、ガメイ村に堕天使の姿で現れたっけ。
今のブラビィは、本当は聖天使だ。僕が動くラフレアになったときに、ブラビィにも影響が及んだようだ。神から神官三家を統制する役割を与えられたらしい。
だけどブラビィは、堕天使の方を気に入っている。だから最近はいつも、堕天使に化けてるんだよね。
「こちらの世界の黒兎と同じかはわかりませんが……」
「黒兎は、ボックス山脈の神殿跡付近で生まれています。天兎が吐き出した毛玉のようなものが、黒兎です。未開の地から、この場所へと移ってくるのです」
すると、フロリスちゃんが口を開く。
「ヴァン、じゃあ、ブラビィもこっちでは黒兎だねっ。ラフールさん、ブラビィは、ぷぅちゃんが……あ、えっと、なんでもないわ」
フロリスちゃんは慌てて口を閉じた。フロリスちゃんに仕える二人の天兎の素性は秘密にしているもんな。
「あぁ、フロリスさんは、もう、天兎を従えているのですね。神矢ハンターは、天兎を従える人が多いと聞きます。ジョブが神矢ハンターだとわかると、ボックス山脈の神殿跡に天兎を捕まえに行く人も多いそうですね」
「ぷぅちゃんは、ヴァンが食用に捕まえてきた天兎の中の一体なの。だけど、まだ生きていたから、私が治療したら懐いてくれたわ」
フロリスちゃんが感情を失っていた5歳の頃の話だ。天兎のぷぅちゃんと出会ったことで、フロリスちゃんの心も救われたんだよね。
「へぇ、じゃあ、その天兎は成体になると役割を得るかもしれませんね。ほとんどの天兎は、幼体のまま繁殖し死んでいきますが、成体になると人に近い姿に変わる個体もいるそうですよ」
「えっと……そう、ね」
フロリスちゃんは歯切れが悪い。事実を話すべきか迷っているのだろう。
「その、ぷぅちゃんが吐き出した毛玉から生まれた黒兎が堕天使になったということは、ヴァンさんのチカラもあるでしょうが、ぷぅちゃんにも稀な能力があるはずです」
「うん……そう、ね」
フロリスちゃんが困った顔のまま返事をしたとき、僕達は、集落の門にたどり着いた。
◇◇◇
「こちらの世界に紛れ込んだ……わけではなさそうだな。何の用だ!?」
門番らしき人は、敵意むき出しだよ。いつの間にか、門の上には、ズラリと黒兎が並んでいる。
「私は、ラフール・ドルチェ。この集落に食料を運んでいる商人だ」
ラフールさんは、僕達に向ける表情とは変わり、威圧感のある声を出している。
「おまえではない。そっちの若い男だ。商人を騙して何をしに来た?」
えっ? 僕?
「あの、僕は……」
「この集落を襲撃するモノは、この門で命を落とすことになる。それが、ここの秩序だ!」
名乗らせる気もないのか。
「ちょっと待て。彼は襲撃者ではないし、私も騙されているわけではないぞ」
ラフール・ドルチェさんが反論してくれたけど……門にはどんどん武器を手にした人が集まってくる。そして、黒兎の数もさらに増えた。
「その若い男は、バケモノだろう? そして、大量の下僕を引き連れてきた。これが襲撃でなければ、何なのだ!」
バケモノって……あぁ、僕がラフレアだからか。しかし、大量の下僕?
「ここに来たのは、我々3人だけだ。何を言っている?」
ラフールさんは、僕とフロリスちゃんを指差して反論してくれた。だが、集落の人達からは、妙なオーラも出てきたな。
影の世界では、力があるモノが優位に立つ。グリンフォードさんが、長老制度の宣言をしたから、過敏になっているのだろうか。
「商人は、気づいていないのか。そっちの若い女性がいるから、おまえが襲われないだけだろう」
うん? フロリスちゃんが何かしてる? 彼女の方に視線を移しても、ポカンとしてるよ。
「黒兎が、私達を襲うというのか?」
「違う! 黒ネズミだ! 黒兎の監視を妨害し、しかも黒兎を蹴散らそうとする暴挙! しかも、いつもの黒ネズミとは全く違う。なぜこんなにチカラが増しているか、その答えは簡単なことだ!」
はい? 黒ネズミ?
「ヴァンさん、黒ネズミを操っているのですか?」
ラフール・ドルチェさんが、僕に尋ねた。その表情は、さっきまでとは違って、疑いの色が見える。
「えっ? いや、別に……」
「操っていなければ、黒ネズミでも、この平原には入れない。その男は、覇王持ちのバケモノだろう?」
敵意むき出しの門番の背後にいる何人かの表情が、変わってきた。恐怖を打ち消そうと戦っているように見える。
「僕は、確かにこちらの世界ではバケモノかもしれないですが、黒ネズミは従属ではありません。僕が従属化しているのは、色のある世界の泥ネズミと土ネズミ……あっ」
そういえば、泥ネズミが、黒ネズミを従えたとか言ってたっけ。もしかして、護衛してくれていたっぽい黒い何かは……。
そのとき、僕の背後に大きな黒い何かが姿を見せた。
『ヴァンさま、ごめいれいに、したがいます』
大きな黒い何かは……これが、黒ネズミか。振り返ると、僕達が歩いてきた草原は、真っ黒に染まっていた。




