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108、真っ暗な平原 〜緩衝地帯

 ラフール・ドルチェさんの転移魔法で僕達が着いた場所は、何もない真っ暗な平原だった。さっきまで居た王の館は、光るコケのおかげで、随分と明るかったのだと実感する。


「暗いわね。あの湿地とは違って、空気は乾いているけど、何も見えないわ」


 フロリスちゃんは、不安げに手を動かしている。僕の腕を探しているみたいだな。僕は、そっと手を伸ばす。僕の手が触れると、フロリスちゃんはギュッとしがみついてきた。


 動くラフレアである僕には、この暗さの中でも問題なかった。影の世界の住人のラフール・ドルチェさんも、同じだな。方向を確認するように、キョロキョロと見回している。



「店長さん、大丈夫ですか? 少し転移場所がズレてしまいましたから、歩いて移動しますね。ただ、この場所では灯りは危険なので、魔道具は使えません」


「わかったわ。真っ暗だけど、何とかするわ」


 フロリスちゃんは、凛とした声でそう言いつつ、その表情は不安そうだな。足元が見えないばかりか、彼女の目には何も見えてないだろう。真っ暗な闇は、方向感覚も狂わせる。


「フロリス様、この付近は何もない平原です。右斜め前方に、木が密集して生えている場所があります。目的地は、その先のようです」


「右斜めね。わかったわっ」


 僕がそう説明すると、ラフール・ドルチェさんは少し意外そうな表情を浮かべた。あぁ、僕がラフレアの根を使ってワープすると思っていたのか。


 だが、この場所には、ラフレアの地下茎はない。僕が新たに根を伸ばすこともできるけど……なんとなく、それはしない方がいいと感じた。


 この世界のラフレアが入らない場所に根を伸ばすと、そのせいで勢力図が変わってしまいかねない。影の世界では、ラフレアは害獣だからな。




「では、私が先導します」


 そう言うと、ラフール・ドルチェさんは歩き始めた。僕もフロリスちゃんを支えながら、彼の後をついて行く。


 あっ、何? 僕を取り囲むように、周りには黒く大きな何かがたくさん集まっていた。そして、僕達に近寄ろうとする何かから守ってくれているように見えた。


 それに気づいたラフール・ドルチェさんが振り返った。



「ヴァンさん、あの……何をしているのですか」


「えっ? 何って、何のことですか?」


 僕は、すっとぼけたような返事をしてしまった。


「あの、私には何を話してもらっても大丈夫です。王グリンフォード様から、特命を受けました。貴方に関する秘密も、決して王以外には話しません」


 そう言うと、彼は僕に敬意を示すような仕草をした。


「えーっと、はい。えーっと……」


「ヴァン、何かのスキルを使ったの? 少し離れた場所だと思うけど、さっきから何かの音がしてる」


 視界が真っ暗なフロリスちゃんは、聴覚が研ぎ澄まされているのか。確かに、黒い何かが僕達に近寄ろうとする何かを妨げるときに、衝突音のようなものが聞こえるよな。



「あぁ、たぶん何かが、僕達を護衛してくれてますね」


「ええっ!? ヴァンさんには、こちらの世界にも従属がいるのですか? この付近をナワバリとする獣の偵察を、妨害しているようですが……何を従えているのですか」


 いや、影の世界に従属なんかいないよ。


「僕は、影の世界に、こんなに長い時間滞在したのは初めてですから、従属はいませんよ。それより、あの、この付近をナワバリとする強い獣について、尋ねてもいいですか?」


「あぁ、はい。さっき、王の館では話せなかった件ですね。ここにいるのは、特殊な獣なのです。色のある世界の人の集落を、死霊の墓場と名付けたのもそのためです」


「死霊ということは、アンデッド系の魔物でしょうか」


 僕がそういう言葉を口にしたことで、フロリスちゃんが動揺したらしく、何もない場所で転けそうになっていた。足が絡まったらしい。


「魔物なのかはわからないです。ただ、ここには、私のように、色のある世界の人間の身体を持っていないと入れません。だから王グリンフォード様もですが、魔力で姿を変えても、獣に排除されるのです」


「影の世界なのに、その住人は入れない場所なのですか」


「はい。正確に言えば、立ち入ることはできます。ただ、獣が排除しようと動くのです。ここをナワバリとする獣は、獣の中では圧倒的な強者です。それは、獣が苦手とする霊に対して圧倒的な強者だからなのです」


 話がわかりにくいな。ラフール・ドルチェさんの説明では、霊に対して強い種族だから、獣の中では強者だと聞こえた。


 こちらの世界では、三すくみの関係が成り立つという。人は霊に強く、霊は獣に強く、獣は人に強い。


 だけど……彼の話だと、ここをナワバリとする獣は霊に強い、だけ?



「ラフールさん、ここの獣は、霊に強くても人には強くないってことかしら? もしそうなら、以前、グリンフォードさんから教わった力関係とは矛盾するわね」


 フロリスちゃんが、ずばりと直球で尋ねている。やはり、彼女は賢いな。


「店長さん、おっしゃる通りです。ですが、それが噂として広まると秩序が崩れてしまいます。この平原に移住しようとする人も出てくるでしょう。だが、その先には、竜神様も手がつけられない強い獣が棲む未開の地があります。人が移住すると、この付近はそんな獣達の狩り場になってしまう。ただでさえ不安定な黒石峠付近は……」


 そこで、ラフール・ドルチェさんは口を閉じた。


「二つの世界の歪みが……亀裂が生じるのね」


 フロリスちゃんがそう呟くと、ラフール・ドルチェさんは大きく頷いた。でも、フロリスちゃんには見えないよね。


「ラフールさん、その未開の地というのは……ボックス山脈でしょうか。ボックス山脈から魔石持ちの動くラフレアが消えると、戻って来ないそうです。こちらの世界の竜神様の手に負えないということなら……」


「ヴァンさん、さすがラフレアですね。ええ、未開の地は、色のある世界では、神が結界で覆っているボックス山脈です。こちらの世界には、神の結界はありません」


「えっ……じゃあ、簡単に移動してしまう……」


「はい、ここは、未開の地から強い獣が入ってこないようにするための緩衝地帯になってるんです。未開の地の獣は、この付近をナワバリとする獣を襲いません。ですが、人が移住することで荒らしてしまうと、影の世界ばかりか、色のある世界まで秩序が崩れます」


 黒石峠に、ボックス山脈の魔石持ち級の魔物が現れたら、近くの商業の街スピカは一瞬で潰されるよな。そんなことになったら、本当に世界の崩壊だ。


 それにもうすぐ、ラフレアの花が大量の新種の魔物を生み出す。1年ほど前に大量の花が受胎したんだ。


 僕は、頭がチリチリするような感覚を感じた。まずい、絶対にマズイ。




「あっ! ヴァン、何か見えるよっ」


 フロリスちゃんが、僕の腕を揺さぶる。


「目的地ですね。あっ、地面の様子が変わりますから気をつけてください。背の低い草が生えています」


「うんっ、見えてるよっ。草原にある集落なのねっ」


 フロリスちゃんは、笑顔だ。ぼんやりと光る草の明るさに安心したのかな。



「あぁ、見えてきましたね。あの集落が、死霊の墓場です。死霊が近寄るとすべて喰われるという事実から、その名が付いたようですよ。門番がいますから、気をつけてください」


 ラフール・ドルチェさんの言葉で、フロリスちゃんの表情が引き締まった。確かに、門番がいるね。アレは……えっ? どういうこと?



次回は、3月22日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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