106、王の館フォール 〜儀式の終了
僕は、頭がチリチリとするのを感じた。失言だ。今のは絶対に失言だ。緊張と後悔で、頭がクラクラする。
だけど、すぐそばにはフロリスちゃんがいる。僕達をこの世界に招いたグリンフォードさんもいる。それに、集まった大勢の人がいる。僕のせいで、彼らに害が及ぶことになってはいけない。
それに、なぜか、僕には自信があった。竜神様の中でも最強だと言われる闇の竜神様に、なぜか負ける気はしない。
『竜を統べる者、か。なるほど、我に、よくも、そのような口がきけるものだな』
あっ、これって……。
「僕は、こちらの世界での礼儀は知りません。ですが、竜神様が、試していることはわかります。まだ続けるつもりなら、付き合いますよ。僕は、守りたいものは守りますから」
『ふっ、おまえに我々の後継者の養育を依頼した、海の竜神の気持ちが少しわかったぞ。それに、おまえに株分けをしたラフレアの気持ちもな』
「やはり、僕を試していたのですね」
『ククッ、試したのは、おまえではない。グリンフォードの覚悟だ。光弾を打ち込んでも、おまえが阻止すると思ったのもあるがな』
「光弾?」
『あぁ、この世界の住人を消滅させるものだ。グリンフォードは避けるかとも思ったが、避けなかったようだな。おまえの世界へ行き、多くの者と関わることで、少しは成長したらしい』
ちょ、何やってんの。
「竜神様、さすがにお戯れがすぎませんか。闇の竜神様が恐れられるのは、こういう無茶苦茶な行動のためですね」
『我が、陰湿だと噂しているのであろう? だが、それを言うなら、おまえの方が陰湿だぞ』
「はい? 僕が、ですか?」
『あぁ、そうだ。おまえは我を威嚇するために、こちらの世界のラフレアを率いる気だな? 我の祭壇があるこの場所にも、根を張り巡らせやがって』
「別に、そんな意図はありません。ただ、竜神様が理不尽な理由で、僕が守りたいものを害するつもりなら、全力で阻止しますよ」
『ふん、傲慢だな、ラフレア。おまえがこんなに血の気が多いとはな。あぁ、霊がそうさせているのか。ふっ、海の竜神の子、心配しなくても我はコイツとは戦わぬ。統制の神獣テンウッドを従えた、こんなバケモノと争う気はない』
ば、バケモノって……。
竜神様の言葉に安心したのか、白い不思議な魔物達は、ポヨンポヨンと元気に飛び跳ねている。
「竜神様、それで、グリンフォードさんは……」
『ふん、おまえのようなバケモノを味方につけた人の王は、獣の王にも負けぬだろう。新たな制度の導入を認める。長老制度は、そもそも、ボックス山脈にいる山の竜神が始めた仕組みだ。ボックス山脈の魔物達の長老制度を、神官家が真似たらしいな』
「えっ? ボックス山脈で生まれた制度なんですか」
『そんなことも知らぬのか、ラフレア。まぁ、ラフレアは、その制度の対象外だがな。制度など無くとも、ラフレアの森が絶対的な長老だ』
フロリスちゃんに視線を移してみると、彼女もキョトンとしている。知らないよね? そんなことなんて。
また、グラリと大地が揺れた。
その直後、集まっていた人達は、頭を抱えて座り込んでしまった。グリンフォードさんは、姿勢は崩していないが、こめかみに手を当てている。頭が痛そうだな。
「キュッ」
完了だよー。
「キュ〜、キュキュ」
父さんに伝えてよ、雷獣ちゃん。父さんは、わかってないよ。
「キュ〜?」
なんか、わかってる顔かも?
竜神様の子達が、一斉に僕の方を見ている。完了というのは、儀式が終わったということか。
「ヴァンさん、竜神様は去られました。長老制度は、この瞬間より、影の世界に導入されたようです。獣が真っ先に、長老争いを始めましたよ」
一角獣は、僕にそう教えてくれた。うん? 獣?
「獣にも、長老制度が?」
グリンフォードさんは、驚いた顔で一角獣に尋ねた。
「人の王、先程の貴方の宣言は、種族に関係なくこの世界に広がりました。そのため、竜神様が来られたようです。竜神様がそれを確認して認められたことで、儀式は完了となります」
「えっ? 獣や霊にも伝わったのか? 私にはそんな力はない。なぜ……」
「ヴァンさんの仕業ですよ。ラフレアが承認したから、この世界すべてに広がってしまったようです。竜神様は、人だけの長老制度だと考えていたようです。だから、私の主人達を遣わされたのですが……」
一角獣とグリンフォードさんが、同時に僕に視線を向けた。ちょっと待って。そんなの知らないよ? 僕は、フロリスちゃんに言われたとおりにしただけだ。
僕がフロリスちゃんに視線を移すと、彼女は首を傾げた。
「ヴァン、何?」
「いや、僕は、フロリス様の言う通りに、やっただけですよね?」
「うん、上手にできたねっ」
あー……フロリスちゃんは、わかってないな。この世界全体に広がってしまったから、わざわざ竜神様が出てきたんだよ?
「キュ〜ッ!」
あちこちでケンカしてるよ。
「キュキュッ!」
早く見回りに行かなきゃ!
竜神様の子達は、一角獣の背に飛び乗っていく。
「ヴァンさん、主人達が見回りに行くそうなので、これにて失礼します。あぁ、そうだ。お嬢様と一緒に、黒石峠近くの集落に行ってみてください」
「えっ? 黒石峠?」
そう聞き返したときには、一角獣はふわりと浮かび上がっていた。そして、講堂からスーッと消えていった。
◇◇◇
「ヴァンさん、フロリスさん、ありがとうございました。まさか、獣にまで伝わったとは驚きですが……これでよかったと思います。長老制度によって、無用な争いは減るはずですよ」
グリンフォードさんは、少し疲れたように見えるが、スッキリとした笑顔だった。
「グリンフォードさん、竜神様に殺されそうになってましたが……」
「あぁ、よくあることです。私には覚悟がないと、よく叱責されるんですよ。だけど今回は、私の宣言を承認し、他の種族へ示してくださった。これで人の地位は向上しますよ」
よくあることなのか……。
「そうですか。こちらの世界の竜神様は、無茶苦茶ですね」
「あはは、神とはそういうものだと思っていましたが、色のある世界に行き、いろいろと学びましたよ。その結果として、こちらの世界では竜神様は、強くあるべきだと理解できました。色のある世界とは違って、竜神様しか、この世界を統べる方はいらっしゃいませんからね」
グリンフォードさんは、やわらかな笑顔を浮かべている。そうか、闇の竜神様だけが、秩序なんだ。
僕達の世界では、人にはジョブがありスキルも使える。そして、竜神様達もいるけど、神もいる。さらには、神に仕える天兎達も。ラフレアの森もあるもんな。
「ヴァンさん、先程の話が聞こえましたが、黒石峠の近くの集落に向かわれますか?」
「あぁ、一角獣の言葉ですよね。だけど、黒石峠の近くの集落って……商業の街スピカのことかな? 集落というよりは巨大な街ですが」
グリンフォードさんは、魔道具を取り出した。空中に、地図のようなものが映し出される。すると、ラフール・ドルチェさんが口を開く。
「ヴァンさん、雷獣が言っていたのは、ここのことじゃないでしょうかね? こちらの世界の黒石峠の近くには、色のある世界から来た人の集落があるんですよ」
ラフール・ドルチェさんが指差したのは、小さな集落だった。えっ? 死霊の墓場?




