105、王の館フォール 〜ラフール・ドルチェの秘密
「なっ、なぜ……」
突然の地震に驚いたのか、人の王グリンフォードさんは祭壇の上で、表情をこわばらせているようだ。彼だけではない。ドーム型の講堂に集まっていた人達も、なんだか、青ざめているように見える。
「グリンフォードさん、地震は珍しいのですか」
「えっ? あ、大地の揺れか。いや、獣が暴れると揺れるから、よくあることなのですが……」
フロリスちゃんも、首を傾げている。僕達には、彼らが何に驚いているのかがわからない。
「グリンフォードさん?」
「あぁ、すみません。私の言葉が、竜神様に拒絶されたのだと思います……ちょっと傲慢になっていたのかもしれない」
「竜神様が拒絶? でも、竜神様の子達は……」
白く太短い不思議な子達は、ポヨンポヨンと楽しそうに飛び跳ねている。拒絶されたという雰囲気じゃないよな?
グリンフォードさんは、祭壇上で祈るような仕草をしている。それに合わせるように、集まっていた人達の一部も、同じポーズをし始めた。
竜神様に、祈りを捧げているのだろうか。
すると、ラフール・ドルチェさんが口を開く。
「ヴァンさん、さっきの揺れは、竜神様が起こしたものです。我々には、痛みとして伝わるのです」
「ラフールさん、我々って……僕もフロリス様も、何も感じていませんよ?」
フロリスちゃんに、同意を求めるような視線を向けると、彼女も、思いっきり頷いてくれた。
「私も、何も感じなかったよっ?」
「あぁ……あの、私は、こちらの世界の住人なのですよ。すなわち、死者です」
ラフールさんは、静かに……とんでもないことを口にした。
「でも、ラフールさんには、ジョブがあるわっ。影の世界の人には、ジョブが無いわよ」
「ええ、私は、ボックス山脈で殺されて……自分の身体に取り憑いたので、ちょっと特殊なのですよ。ボックス山脈にある集落の人が、私の身体を蘇生しようとしてくれた時には、既に悪霊化していましてね」
「そんなこと、聞いたこともないわっ」
「珍しいようですね。自分の身体だと気付かずに取り憑いたようです。そのため、ジョブもスキルも普通に使えます」
「へぇ、確かに拒絶反応は起こらないわよね。蘇生しても、ジョブは変わるけどスキルは使えるもの。うん? でも、それって蘇生されたのではないかしら? 身体を離れていた記憶があるだけかも?」
「いえ、私は見た目が変わらず……歳を取らなくなりました。ですが、身体はそろそろ老衰で力尽きる頃のようです。だから、余生はガメイ村でのんびりと過ごしているのですよ。自分の人生への未練も、もう無くなりました」
「まぁっ! それなら身体が力尽きると、貴方は、影の世界の人になるのね」
「ええ、悪霊化はしないでしょう。身体の死とともに、こちらの世界へ引っ越す感覚です。国王フリック様と、人の王グリンフォード様のおかげで、二つの世界の行き来が可能になりました。そのことで、私の中の未練が自然と消えていったようです」
ラフールさんの言葉に、僕は強く心を動かされた。やはり、国王様の決断は正しかったんだ。影の世界との交流が始まってからは、各地での悪霊騒ぎは減ったと精霊ブリリアント様も言っていたっけ。
「そう、よかったわっ。恨みに囚われていたら、辛いだけだもの」
フロリスちゃんはそう言うと、フワリと笑顔を見せた。彼女自身、母サラ様を、ファシルド家の中の勢力争いで亡くしている。強い人だ。いや、強くなったよね。
「はい、今では、王グリンフォード様より、二つの世界の行き来を手助けする役割を頂きました」
ラフール・ドルチェさんは、グリンフォードさんに仕えているのか。だからさっき、かしずいていたんだ。
僕達が話していると、再びまた、大地がぐらりと揺れた。これも、竜神様が拒絶しているってこと?
グリンフォードさんに視線を向けても、彼は表情をこわばらせたままだ。集まった人達は、怯えているようにさえ感じる。
「キュッ?」
あれ? どうしたんだろ?
「キュキュ」
面白そうだからじゃない? シーッて言ってるよ。
竜神様の子達が、何かワクワクしているように見える。僕の視線に気づくと、サッと人の影に隠れているんだよな。
『人の王、なぜそのように怯える? 人の上に立つ者がそれでよいのか』
低く響く声。この念話の主は、誰なのか尋ねるまでもない。
グリンフォードさんは、祭壇上で、何もない空間に向かって、かしずいた。集まっていた人達も慌てて、グリンフォードさんが向く方向に身体を向け、かしずいている。
フロリスちゃんは、僕の腕をつかんでいる。無意識なのだと思うけど、その手の力は強い。
『ふむ、竜を統べる者、か。我のテリトリーでも、堂々とした無愛想な振る舞い、ラフレアらしい態度だ』
これは……褒められてないよね? ただ、僕の目には竜神様の姿は見えない。それに、なんとなくだけど、僕はかしずいたりしない方がいいと感じた。
竜神様の子達は、静かだ。3体とも、くっついて……プルプルと揺れている。笑ってるのかな。竜神様が、あの子達に、何も言わないように指示しているのか。
闇の竜神様も、僕を、試しているらしい。
「竜神様でしょうか? 僕の目には姿は見えません。無礼な態度を取っているのでしたら、お詫びします。ですが、山の竜神様も海の竜神様も、僕には、そのような礼儀を教えてはくださらないので……」
『ほう、我に、他の竜神の文句か。教えられていないから、我には、かしずかぬと申しておるのか?』
うん、やはりそうだ。これでいい。竜神様の言葉には、何の畏怖も乗せられていない。
「山の竜神様には常に試すようなことばかり言われていますし、海の竜神様には助けられましたが無茶振りも多い。ですが、かしずくことは求められません。その理由はわかりませんが」
僕がそう反論したことで、グリンフォードさんが慌てた。祭壇から降り、僕の前に立った。
「竜神様! 彼は私が招きました。その際に、私も何もヴァンさんに、竜神様への礼儀のことは話さなかった。責めは、私が負います。怒りをお鎮めください」
グリンフォードさんは、僕をかばうように立ち、さっきと同じ方向に向かって、そう話した。影の世界の人達には、竜神様の姿が見えているようだ。
山の竜神様は、虹色の透明な小さなトカゲの姿をしていたっけ。海の竜神様は、いろいろな姿での目撃情報がある。影の竜神様は……知らないな。
『ふっ、人の王、盾となって死ぬ覚悟でもあるのか?』
「ヴァンさんを死なせるわけにはいきません。私が、思いつきで、こちらの世界に招いてしまったのです」
ちょ、何? なんか不穏な雰囲気……。まさか、竜神様は、グリンフォードさんを殺す気じゃないよね?
窓の辺りを何かが動く気配がした。
来る!
僕は、スゥゥッと大きく息を吸い込み、一気にラフレアの根を伸ばした。
キンッ!
僕が伸ばした根に、衝撃を感じた。グリンフォードさんを守ろうと伸ばした部分だ。
「竜神様! まさか、グリンフォードさんを殺そうとしたのですか? 影の世界の神として、それが貴方の秩序ですか!?」
『チカラ無き者に、王の資格はない』
はい? 何それ。
僕は、身体の奥底から、怒りが込み上げてくるのを感じた。
「竜神様こそ、神の資格がないのではありませんか。グリンフォードさんのどこが、チカラ無き者なのですか!」
やばっ……僕は、何を言ってるんだ?
次回は、3月15日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




