104、王の館フォール 〜長老制度の宣言
「ヴァンさんは、本当に、光さまを育てているんですね」
「グリンフォードさん、僕が育てているというより、僕の従属達や、一角獣が、この子達を守ってくれていますよ」
白く太短いヘビのような魔物……海の竜神様の子達は、こちらの世界では、光さまと呼ばれている。だけど、これほど皆が、恍惚とした笑みを見せることには驚きだな。
ドゥ教会でも、竜神様の子達は、アイドルのような存在だ。無邪気にポヨンポヨンと飛び跳ねていて、その姿に癒されるらしい。それにラフレアの赤い花も、異常な溺愛っぷりだ。竜神様の子達には、戦うチカラは無いと思う。だけど、強烈な魅了能力があるようだ。
「キュッ!」
父さん、何してるの?
「キュキュッ!」
父さんは、私達の言葉はわからないよ。
「キュ〜ッ」
泥ネズミがいないから、通訳がいないね。
竜神様の子達は、僕達の言葉は理解できるけど、話せない。だけど僕はラフレアになってからは、この子達の言葉がわかるようになった。でもそのことに、この子達は気づいてないらしい。
いつもなら、泥ネズミのリーダーくんが張り切って通訳してくれるから、僕からは言い出せないんだよね。
「うわぁっ!」
集まっていた一部の人達が、ざわついた。悲鳴に近い声も聞こえた。そちらに視線を移すと、一角獣が降りてきていた。
『ヴァン様、私が言葉を伝えます』
「あぁ、うん、ありがとうね」
「キュ〜、キュキュ」
雷獣が、嬉しそうだよ。父さんと話したかったのかな。
「キュ〜キュ〜ッ!」
そんなことより、何かお仕事があるみたいだよ。竜神様が、行ってきてって言ったよ。
「キュ〜、キュッキュ」
やり方わかんないよ。でもたぶん、父さんもわかんないよ。フランちゃんじゃなきゃわかんないよ。
竜神様の子達は、僕には言葉は伝わっていないと思って、遠慮なく、ちょっと失礼なことまで言ってるよ。一角獣は、通訳をすると言いつつ、困った顔だな。
『ヴァン様、私の主人達は、闇の竜神様から、立ち会いの仕事を任されたのです。どのような儀式か、ご存知でしょうか』
「うん? 立ち会い? ちょっと待ってくれる?」
フロリスちゃんの姿を捜すと……竜神様の子達に、パンを渡していた。
「キュッ!」
フロリスちゃんが、くれた!
「キュ〜ッ」
テンちゃが居ないから、食べ放題だよね。
「キュキュ」
ルージュがいたら、取り合いになるよね。いつも、テンちゃに取られるけど。
へぇ、そうなんだ。僕の知らない教会での日常だ。やはり神獣テンウッドは、ルージュを甘やかしてるんだな。
「うん? ヴァン、何か言った?」
視線を感じたのか、フロリスちゃんが振り返った。
「フロリス様、儀式のことは、わかりますか」
「うん、わかるよ。グリンフォードさんが誓いをするから、それを承認すればいいのよ。もしかして、って思ったけど、この子達が竜神様の代理をするのねっ」
「そうみたいです。えっと、早く始める方がいいですよね」
グリンフォードさんは、暇じゃないだろう。それに、集まった人達も、待ちくたびれてしまう。
「あぁ、そろそろ始めましょうか。まさか、光さまが、我々の中に飛び込んで来てくださるとは予想していなかったよ」
「僕も、この子達と会うことになるとは、驚きました」
グリンフォードさんにそう返答すると、彼は一瞬、意外そうな表情を浮かべたように見えた。
「ヴァンさんが来るから、これだけの人が集まったのですよ。きっと、光さまが現れると予想して来たようです」
「えっと……」
僕が来ると、竜神様の子達が来るってこと? でも、この子達は、僕が居ることを知らなかったみたいだよね?
「ふふっ、フランさんと話したのですよ。長老制度を開始する宣言には、神の立ち会いが必要です。こちらの世界での神といえば竜神様です」
「えっ? あ、闇の竜神様が……」
影の世界には、神の声も届くはずだけど、圧倒的に畏れ敬われているのは、竜神様だっけ。僕達の世界には複数の竜神様がいるけど、影の世界には一人だけだ。だから、そのチカラは、僕達の世界の竜神様達よりも圧倒的なものらしい。
「ええ、竜神様は厳格な方なので、私の呼び掛けに応じてくださることは稀なのです。だから、神の声を聞くチカラのある方を招くことにしました。フランさんは、ヴァンさんの方が適任だとおっしゃっていましたよ。その理由は、私にはわかりませんが……」
「そうですか。確かに竜神様の声を聞くなら、フラン様よりも僕でしょうかねぇ」
「海の竜神様の子達を育てておられるからかな?」
その問いには答えられなかった。曖昧な笑みを浮かべて、ごまかしてしまった。
僕は、初めてボックス山脈に行ったときに会った竜神様から、『竜を統べる者』と呼ばれていた。僕が、ロックドラゴンの子竜を従属化したからだと思う。常に『竜を統べる資格はあるか』と問われて……ちょっと怖いけど、僕は、多くの従属達を守るためにも、成長しなければいけないと思っている。
竜神様は、ずっと、僕を試しているのだと感じる。
「さぁ、始めましょうか」
何もない場所から、祭壇のような物が現れた。グリンフォードさんが祭壇に上っていく。フロリスちゃんは、その左側に立った。あっ、フラン様も、儀式のときは、あの立ち位置だよな。
「ヴァンも、こっちだよっ」
「あ、はい」
フロリスちゃんに手招きされ、僕も慌てて移動する。
竜神様の子達は、ポヨンポヨンと飛び跳ね、集まった人達の間を巡っているようだ。ドゥ教会でも、同じようなことをしているけど、今回は竜神様の代理なんだよね? 一角獣が何も言わないから、まぁ、いいのかな。
グリンフォードさんは、やわらかな笑みを浮かべ、集まった人達を見回している。
『我々は、新たな制度を導入することとした。集落ごとに優れた能力を持つ者を長老とする。強さだけではない。賢さも長老には必要な能力だ。光さまが、立ち会いをしてくださっている。我々は、強く賢い種族へと進化していこう』
グリンフォードさんの言葉が、念話として届いた。すると、フロリスちゃんが手を挙げ、何もない場所に魔力を放った。
「ほら、ヴァンも承認っ!」
「えっ? どうすれば?」
「手を挙げ、祈るの。神官のスキルを使って」
「わかりました」
僕は、スキル『神官』の技能、祈りを使う。すると手から、ぶわっと魔力が出て、フロリスちゃんの魔力と絡まっていく。
「キュッ〜!」
みんなに届け〜!
竜神様の子達が、その魔力の光に向かって、何かの波動を送ったようだ。その波動を受けて、魔力はパッと飛び散った。
あちこちにいるラフレアが驚く感情が伝わってきた。今の言葉が、イナズマを帯びた光の粒となり、暗い空を駆けていくのが見えた。神矢が降るときのような管楽器の音も聞こえてきた。
この世界の皆に、知らせているってことか?
すると突然、ぐらりと大地が揺れた。




