103、王の館フォール 〜竜神様の講堂
「あら? 私、変化を使ったかしら?」
僕達と同じ世界の人の姿に変化すると、その女性は首を傾げ、思案顔だ。彼女を強制変化させたメイド姿の魔道具……アンドロイド型の貯蔵庫が、冷ややかな視線を送っているけど、そんなことにさえ気づかないらしい。
「ご主人様、強制変化を実行しました。話が繋がらないほど破綻していましたので」
「あら、そう。私、寝起きだからかも」
「寝起きか否かは、関係ありません」
辛辣な魔道具の言葉も、彼女は気にしていないらしい。うん、この人なら覚えている。こんなにおっとりしているけど、戦闘狂なんだよな。
「あら、フロリスさん、背が伸びたわね。もしかすると、私が縮んだのかしら?」
「私の背が、少し伸びたと思いますわ。成人になりましたから」
フロリスちゃんは、上品な話し方に変わった。
「まぁっ! 成人に? おめでたいわね。じゃあ、伴侶選びをしなきゃね。色のある世界の強者は、その才能を隠しているから、宝探しは難しいわよね」
この発想は、変わらないね。影の世界の女性は、より強い人を好むため、強い男性の周りには自然とハーレムができるそうだ。
「私は、まだジョブが半人前だから、それはもっと先の話だと思いますわ」
そう言いつつ、フロリスちゃんは頬を染めている。
ファシルド家の旦那様は、たぶんブラウンさんを伴侶候補に考えていると思う。ブラウンさんは黒服をしているけど、ファシルド家と並ぶ有力ナイト系貴族ハーシルド家の生まれだ。
だけどフロリスちゃんは、国王様と仲が良いんだよな。もちろん彼女は、フリックさんが国王だとは知らないから、ただの神官見習いだと思っているんだけど。
「ご主人様、なぜここに立っているか、覚えておられますか」
魔道具が、また、冷ややかな視線を向けて、嫌味を言っている。主人にこんな言い方をするなんて……自由だよね。
「あら……」
にこやかに微笑みを浮かべたまま、彼女は固まっている。なんだか逆に、彼女の方が魔道具に見えてくるよな。
「長老制度を始めるために、色のある世界から、神の声を聞く能力のある人にお越しいただき……」
「グリンフォード様が命じられたことね。忘れるわけないじゃないの」
魔道具に反論した彼女は、クルリと振り返ると、深いため息をついた。魔道具にムカついてるんだろうな。
「困ったわね。この姿だと、館が遠いわ。それに背が低いから、講堂の場所は……」
あー、感覚が狂ったのかな。確かに、あまりにも背が違うから、複雑な構造の建物なら、わからなくなるよね。
「私がご案内しますので大丈夫です。竜神様の講堂ですね?」
なぜか、ラフール・ドルチェさんが、そう申し出てくれた。影の世界の住人の世話をしているというから、ここのことも、よく知っているみたいだな。
「ええ、光さまが気に入られているガラス窓がある講堂よ」
わかるようなわからないような説明だけど、ラフールさんは頷いている。かなり内情には詳しいんだな。
「では、店長さん、ヴァンさん、こちらです」
ラフールさんに先導されて、僕達は、館の門をくぐった。その後ろから、メイド姿の魔道具に追い立てられるようにして、迎えてくれた彼女がついてくる。
門のすぐ先には、巨大なドーム状の石造りの建造物があった。影の世界の住人は大きいから、もっと大きな物をイメージしていたけど……それほどでもないかな。
高さ的に3階くらいかな? 上の方には、小さなガラス窓が規則正しく並んでいる。光を取り入れるためのものだろうか。
ラフールさんは、その建造物に入っていく。するとそこには、たくさんの人が集まっていた。皆、僕達の世界の姿をしている。
3階建かと予想していたけど、違った。ドーム状の建造物の中は、ガランとした広間だった。あぁ、そうか、3階建ではなく、平屋というか……これが王の館?
あっ、グリンフォードさんだ。うん? ラフールさんが、かしずいている。
「やぁ、待ってましたよ。ヴァンさんが来てくれるとわかったから、大勢が集まってしまったよ」
「グリンフォードさん、僕だけでは不安なので、フロリス様にも来てもらいました」
グリンフォードさんのハーレムじゃないの?
「フロリスさんは、神官家の血筋だったね。お母様が、アウスレーゼ家の人だと聞いているよ。顔も似ているそうだね」
「ええ、母は、私が幼い頃に亡くなりましたから、似ているかはわからないのですが」
「おや、こちらの世界に来ているのかな。フロリスさんに似た女性には、会ったことがないと思うけど……」
フロリスちゃんの母サラ様は、彼女が3歳のときに黒石峠で、魔物に襲われて亡くなったという。皆、そのことには触れないのに、グリンフォードさんは感覚が違うんだよな。とても楽しそうに話している。
「まだ、生まれ変わるほどの時間は流れていないので……あ、でも、魔物に殺されたみたいだから、悪霊になっているかもしれません」
フロリスちゃんは、表情には気をつけているようだけど……痛々しい。僕は、胸が締めつけられるような辛さを感じた。一方で、グリンフォードさんは笑顔なんだよね。話を変えよう。
「グリンフォードさん、竜神様の講堂というのは……」
「うん? ヴァンさん、ここですよ?」
「えっ? 遠いのではないのですか」
僕は、出迎えに来てくれた女性の方を振り返る。
「あぁ、ふふっ、彼女達は、まだあの姿には慣れてないんですよ」
「なるほど、確かに感覚が変わるでしょうね。このような講堂は、いくつもあるのですか?」
「館には、講堂はこのひとつだけですよ」
僕は、返す言葉を失っていた。何を言っても、彼女に対する苦情になりそうだ。案内するも何も……門のすぐ先じゃないか。
「わぁっ! 光さまだ!」
ガヤガヤと講堂内が騒がしくなった。彼らの視線の先には……なぜ、あの子達が?
「キュッ?」
あれ? 父さんがいる。
「キュッキュ、キュ〜」
父さんに飛びついちゃダメだよ。お仕事中なんだから。
「キュ〜ッ!」
でも、父さんがおいでって言ってる!
竜神様の子達が、小さなガラス窓の付近で、一角獣に乗って浮かんでいた。確かに、すっごく光ってるね。光るから光さまと呼ばれると、以前グリンフォードさんから教えてもらったことがある。
あの子達は、海の竜神様の子供だ。僕が育てるようにと託されている。生まれたときのままの、白く太短いヘビのような身体で、ポヨンポヨンと飛び跳ねて移動する不思議な魔物なんだ。
一角獣は、あの子達の眷属だ。イナズマを操るから雷獣とも呼ばれている。堕ちたある貴族の悪霊を眷属化することで、あの子達が救ったともいえるそうだ。
竜神様の子達は、一角獣の背に乗り、あちこちの巡回をしている。彼らはまだ赤ん坊だから、遊び感覚みたいだけど。
「うわっ!」
3体の竜神様の子達は、一角獣から飛び降り……僕に向かってダイブしてきた。当然、受け止めきれずに、僕は尻もちをつく。
「わぁ! 光さまが、こんな近くに!」
「ふわぁぁあっ!!」
白い不思議な魔物達の乱入に、集まっていた人達は恍惚とした笑みを浮かべていた。
「キュ?」
あれ? 父さんが倒れた?
「もうっ! あんな高い場所から飛び降りちゃダメでしょ。キュ? じゃないよ?」
僕は叱ったつもりなのに、竜神様の子達は、ポヨンポヨンと嬉しそうに、僕に体当たりしてくる。はぁ、もう……。