102、王の館フォール 〜ご主人様にキレる魔道具
「ええっ? 転移魔法!? ヴァン、そんなの使えないんじゃ?」
フロリスちゃんは、目を見開いてキョロキョロしている。さっきの湿地とは違って、この付近はかなり明るい。あちこちに岩があり、その岩には灰色に光るコケがびっしりと生えているようだ。
影の世界の人が、僕達の世界を色のある世界と呼ぶ理由がよくわかる。こちらの世界は、黒と白しか無いんだ。そんな中で、僕達は……めちゃくちゃ派手だよな。
「フロリス様、転移魔法ではありません。ワープというか、ただの場所移動ですよ」
僕がそう説明すると、フロリスちゃんはポンと手を叩いている。僕がラフレアの地下茎を利用して移動したことに気づいたようだ。
「どれくらいの距離を移動したのかしら。閃光弾を使わなくても、よく見えるわ。あの門の先が目的地ねっ」
「まさか、あの場所から、王の館の前に!? ヴァンさん、集落の多重結界は……」
ラフール・ドルチェさんは、この場所をよく知っているようだ。だけど多重結界なんて、あったかな?
そういえば、影の世界の人の王グリンフォードさんから、ぼんやりと黒く光るコケを目印にと言われていた。黒いコケは、人の集落などの、結界の場所を知らせているそうだ。
いま、この付近は、黒く光るコケではなく、もっと明るい灰色に光るコケだらけだ。だが湿地とは違って湿度は感じない。光るコケが生えた岩を、ここに集めてきてあるのか。
「ラフールさん、多重結界には気づかなかったです。この場所は、その結界の中なんですか?」
「ええ、この明かりが外に漏れないように、多重結界が張ってあるのです。獣も霊も弾きます。人も、転移魔法での侵入は弾かれるはずなのに……色のある世界の人には効かないのかな」
ラフールさんは、また妙なことを言う。まるで彼自身が影の世界の住人であるかのように聞こえる。影の世界の住人を助けているというから、そういう感覚になっているのか。
「ヴァン! 後ろ! オバケがいるわっ!」
フロリスちゃんが、僕の腕にしがみついた。悪霊じゃなくて、オバケ?
「うふふっ、フロリスさん、オバケは酷いわね」
「えっ? この声って、グリンフォードさんの親衛隊の人?」
親衛隊? 僕は振り返らなくても、その姿が見えていた。この世界の人の姿だ。ボックス山脈で見た異界の番人よりは小さいけど、僕達の2倍以上はあるね。ゆらゆらと影を纏っているから、フロリスちゃんにはオバケに見えたのか。
僕は、ゆっくり振り返ると、軽く会釈をしておいた。彼女の声は、聞いたことあるような気もするけど、知り合いだったかはわからない。こちらの世界では、見た目があまりにも違うもんな。
「うふっ、いらっしゃい。ここは、王の館フォールよ。ヴァンさんが来ると聞いていたから、迎えには行かなかったわ。フランさんなら、丁重にお迎えに行くんだけど。あら、ラフールは、その姿なの?」
この話し方には聞き覚えがある。僕が住むデネブの隣のカベルネ村で、案内したというか話した女性の一人だ。彼女達は、記憶力を維持するために、魔道具を利用していたっけ。いま、何も連れていないようだけど、僕達のことは覚えてくれているんだな。
「ヴァンさんと店主さんを案内するには、こちらの方がいいですから」
「店主? フロリスさんのこと? あら……」
彼女は、何かを言おうとしたようだが、言葉が見つからないらしい。そして手をあげると、メイド姿のあの魔道具がワープしてきた。アンドロイド型の貯蔵庫だっけ。
魔道具は、僕達と同じ背丈の人の姿をしている。服は黒と白のメイド姿だ。初めて会ったときは侍女のようなシンプルなワンピースだった。いつの間にかメイド姿に変わってきたのは、僕達の世界の影響だろう。記憶を記録しておく魔道具は、彼女達には欠かせないもののようだ。
だが、この魔道具を呼んだということは……フロリスちゃんの素性を暴露しないよな? ラフールさんにはフロリスちゃんの素性は知られていない。話題を変えなきゃ。
「あの、この場所には、多重結界があったんですか?」
僕が咄嗟に思いついたのは、マズイ質問だ。失言だったか。彼女は不思議そうな顔で、僕の目の前に、しゃがんだ。
デカイな。食われそう……。
「ヴァンさん、多重結界を壊して入ってきたのかしら? そういえば、門番は一緒じゃないものねぇ」
「壊したつもりはないんですけど、湿地で悪霊と遭遇したので、ワープしたというか……」
「あら、そうなの? あぁ、あの汚い湿地から来たのね。私達は、あんな場所には近寄らないわ。でも、霊なら恐れる必要はないでしょ。でもでも、えーっとそっか、色のある世界の人は、霊には弱いのだったかしら? 取り憑かれちゃう?」
そう話しながら、彼女は、魔道具の方をチラチラと見ている。記憶が曖昧らしい。すると、メイド姿の魔道具が口を開く。
「多重結界は、人、霊、獣、すべての侵入を弾きます。色のある世界の人は小さいですが、小さな獣も弾く結界ですから、問題ありません。ただ、ラフレアには効果はないようです。だからラフレアが近寄らないように、コケを使って大気を浄化していますが」
えっ……。メイド姿の魔道具は、僕に敵意を向けたと感じた。
「ラフレア? こちらの世界にラフレアなんて、いたかしら? 存在しないものに対策はできないわね」
彼女は首を傾げると立ち上がった。顔が離れていく。ラフレアを近寄らせないようにしているから、知らないんだな。いや、覚えてないのか。
「ご主人様、こちらの世界の方がラフレアは厄介です。色のある世界では、ラフレアの森がコントロールしているようですが、こちらには、そのような統制者はいません。だから集落に入り込むと、竜神様をお呼びしなければ排除できない害獣ですよ」
メイド姿の魔道具は、ラフレアが嫌いらしい。
「へぇ、だけど、ラフレアなんて居ないも同然でしょう? どうしてそんな話ばかりするの?」
うん? 僕がラフレアだということを忘れている? フロリスちゃんが、口を開こうとして閉じたようだ。賢いな。僕がラフレアだと言うと、追い出されるかもしれないもんね。
「ご主人様、お忘れですね。ヴァンさんはラフレアだから迎えに行かなくても平気だと、先程おっしゃっていましたよね」
「まぁっ、ヴァンさんって、ラフレアなの? 珍しいわね!」
へ? あー、うん。疲れるよね、この人。僕は、愛想笑いを浮かべておく。
「ご主人様、いい加減にしてください。色のある姿に変化されたらどうですか? その方が記憶の容量が増えますよ」
「嫌よ、狭っ苦しいもの。ところでヴァンさん、影の世界に、何をしにいらっしゃったの? 観光なら、私が、ご案内いたしますわよ。光さまが周遊される美しい湖もあるわ。そういえば、最近は、光さまを見ていないわね。そうね、それがいいわ。とても美しいのよ。きっとフロリスさんも気に入るわ。さぁ、一緒に出掛けましょう」
はい? 長老制度はいいの? まさか、忘れた?
「ご主人様! いい加減にしなさい! 王の許可に従い、強制変化を実行します!」
怒ったメイド姿の魔道具が彼女に重なると、ボンッと変化の音が響いた。
次回は、3月8日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




