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101、影の湿地 〜甘い誘惑

「えっ? フロリス様、なぜ光ってるんですか!?」


 影の世界に移動すると、フロリスちゃんが全身から淡い光を放っていた。真っ暗な世界のはずなのに、フロリスちゃんの光に照らされて、辺りの様子がよく見える。


 しかし、なんというか……甘い香りだな。僕は、少しクラクラしていた。この甘い香りの正体は何だ?


 ガメイ村の影の世界は、広い湿地になっているようだ。あちこちに多くの悪霊がうごめいている。だが、フロリスちゃんの光に怯えたのか、僕達から逃げるように離れていく。



「私は、神矢ハンターだからだよっ。神の声を聞く技能を使えば光るのっ。だけど、こんなに派手に光るとは思わなかったわ」


「へ、へぇ、すごいですね。悪霊が逃げていきますよ。この甘い香りは何だろう?」


 僕がそう言うと、フロリスちゃんは嬉しそうに笑った。これを見せたかったのか。だけど、ゼクトからはこんな技能のことは聞いていない。それにゼクトは、影の世界に移動しても光ってなかったような気がするけど?


「ヴァン、どんな匂いがするの? 私にはわからないわっ」


「甘い香りがしませんか? ちょっとクラクラしてくるほど強い香りで……あっ」


 そうか、この香りは……。


 息を深く吸うだけで甘さが身体に入ってくる。僕がラフレアだからだ。この湿地が汚れたマナだまりになっているから、甘い香りだと感じるのか。


「霊が逃げていくのは、フロリスさんの光の影響ではないと思います。おそらく、ヴァンさんを恐れています。私も、一瞬、ゾワリとしました」


 ラフール・ドルチェさんは、妙なことを言う。なぜ、ドルチェ家の現当主の弟さんが、今さら僕を見てゾワリとするんだ?



「あはは、すみません。この湿地には汚れたマナが集まっているからですね」


「なぁんだ。私の鼻がおかしくなったのかと思ったよっ。確かにこの湿地は、汚れたマナだまりね。私は逆に、ちょっと息苦しいよ」


「僕も、甘い香りが強すぎて、少し息苦しいですよ。はぁ、でも、ここって……」


 離れがたいとは言えないな。影の世界に棲むラフレアが、ラフレアの森に戻って来ない理由がわかる。この場所は、とんでもなく魅力的だ。この湿地で眠りたくなる。


「ここは汚れたマナが集まっているから、長居しない方がいいよっ。ゼクトさんが言ってた。影の世界にある汚れたマナだまりには、だいたい強いヌシがいるんだって」


 僕も、ここのヌシになりたい……って、何を考えてるんだ? 動くラフレアになってから、影の世界に出入りしたこともあるけど、こんな感覚にはならなかった。やはり、この甘い香りのせいか。



「店主さん、その光はやめておく方がいいですよ。神官の祈りと同じですよね? 強い霊や獣を呼び寄せてしまいます」


 神官の祈り? あ、それなら、下級神官かの僕でも使える技能だ。


 試しに、ちょっと使ってみると、僕の身体からも淡い光が放たれた。ただ、自分が光の中にいるためか、さっきよりも視界は悪くなったな。


「ラフールさん、この付近なら問題ないと聞いてたんですけど……あっ、ヴァンも、真似しちゃってるっ」


 真似じゃないんだけどさ。僕は、技能を解除した。


「フロリス様、僕も光るのかやってみたくて……。でも光の中にいると、視界は狭くなりますね」


「うん? そんなことないよ? あー、そっか、神矢ハンターは遠視ができるからねっ」


 フロリスちゃんは、不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに胸を張っている。大人の仲間入りをして楽しいのはわかるけど、ちょっと危険な気がする。



『ヴァン、遊んでねぇで、早く移動しろ。そこのヌシが迫ってるぜ?』


 左手に装備した魔道具がピカっと光った瞬間、ゼクトの声が聞こえた。


『えっ? ここのヌシ? 強いの?』


『知らねぇよ。ただ、ヌシに勝っちまうとおまえがヌシになるぜ? その場所に縛られるんじゃねぇか?』


『まじ? それはマズイ。ただでさえ、離れがたい気分になってるのに……』


『ククッ、やべぇな、おまえ。やはり動くラフレアは、影の世界ではそうなるか。ボックス山脈から、動くラフレアが消えると大抵、闇落ちしてんだよ』


『闇落ちって……。ボックス山脈には、動くラフレアが多いもんね。ほとんどは魔石持ちの魔物だっけ』




「ヴァン、何か来る!」


 フロリスちゃんが、僕の腕をつかんだ。その表情は、さっきまでとは全く違う。完全に怯えているように見える。


「ヴァンさん、ここのヌシかもしれない。獣ではなく霊だから、それほど慌てる必要もありませんが、怒らせる前に離れる方がいい。店主さん、その光が呼び寄せています」


 ラフールさんに指摘され、フロリスちゃんは技能を解除した。その瞬間、真っ暗な闇に包まれた。


「な、何も見えないよっ。えっと、閃光弾が……」


 フロリスちゃんは、慌てて魔法袋を探しているようだ。だけど、僕の目には、さっきよりもよく見えている。


 あぁ、そっか。僕の根が、湿地に触れているからか。意識を集中すると、ラフレア達の居場所がすべてわかる。こちらの世界でも、ラフレアはどこかに株を置いているようだ。隠しているという方が正しいかな。銀色の小さな花は、互いに守るように密集している。


 へぇ、すごいな、この辺はエサ場か。この付近は、ラフレアの地下茎が張り巡らされている。僕達の世界では、地下茎は地下水脈にしか広がっていない。だが、こっちは……ふふっ、すごいじゃないか。



「店主さん、閃光弾はマズイです。あれは獣系の霊ですから、刺激してしまいます」


 フロリスちゃんが、手に閃光弾を握った瞬間、ラフールさんが彼女を止めた。ラフールさんも真っ暗なこの世界で、見えているのか? そんな技能があるのかな。


「でもっ! かなり強い悪霊だよ」


 うん、確かにとても甘そうな悪霊だな。この場所のヌシらしき悪霊は、僕達から離れた場所で止まった。ヤバイな、食べたい。めちゃくちゃ甘そうだ。


 僕は、湧き上がる欲望を必死に抑えた。この場所に縛られてしまうと大変だ。



「フロリス様、大丈夫ですよ。ラフールさんも、僕の腕を掴んでください。この場所から離れます」


「えっ? ヴァンさんは、転移魔法は使えないと……」


「転移魔法は使えませんが、移動はできます。フロリス様、閃光弾は魔法袋にしまってください。落っことしてしまいますよ」


「ちょ、ヴァン、でも、とても強い悪霊だよ。危機感知ベルが、逃げろって知らせてくるの。ゲナード並みかもしれない」


 フロリスちゃんは、僕の腕を掴む力が強くなっている。いろいろな過去の恐怖が浮かんでくるとマズイな。フロリスちゃんはメンタルが不安定になりがちだ。早く移動しよう。


「大丈夫です。この場所のヌシより、僕の方が強いらしいですよ。奴は、僕に気づくと動きを止めました」


「えっ? ほんと? でもヴァンって、そんなに強くないよ?」


 失礼な。まぁ、事実だけど。


 フロリスちゃんの表情は少し落ち着いたかな。何も見えないことが恐怖心を増大させているのかもしれない。



「じゃあ、移動しましょうか。お二人ともしっかり捕まっていてくださいね」


「ヴァンさん、どうやって?」


「ふふっ、秘密です」


 僕は、一応、根で二人の足元をそっと支えた。そして、ラフレアの地下茎を利用して、目的地の近くへとワープした。



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