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10、商業の街スピカ 〜ピリピリの原因

 旦那様の私室を出て、食事の間に戻ったときには、夕食時で厨房は殺気立っていた。料理長が怒鳴り散らす声が、食事の間にまで聞こえている。


「あら、ヴァン、珍しいわね。黒服なんて」


 出入り口近くのテーブル席にいた奥様から、声をかけられた。


「フロリス様の成人の儀もありますし、ちょっと派遣執事で来ています」


「まぁっ、フロリスさんは、もう成人になるのね。貴方が、救ってあげたようなものだから、招待客に選ばれるのではなくて?」


 この奥様は、フロリスちゃんにも優しく接してくれるんだよな。


「フロリス様と初めて会ったときは黒服でしたから、この方が面白いかなと思いまして」


「ふふっ、確かに面白いわね。いつまで居るの?」


 奥様の質問に、近くにいた人達が聞き耳を立てる気配がした。


「フロリス様の成人の儀の後のパーティーが終わるまで、という契約で来ています。ですが、もう少し延長するかもしれません」


「なぜ延長するの?」


 どう答えようか。気になる視線も突き刺さる。


「奥様、秘密にしていただけますか?」


 少し声のトーンを落とすと、誰かがパンをちぎる音が聞こえるほど、静かになった。


「ええ、秘密にするわよ〜」


「僕、まだ次の仕事が決まってないんですよ」


「あら、ヴァンは、別に派遣執事をする必要はないでしょ?」


「僕が遊んでばかりでジョブの仕事をしていないと……ちょっと叱られてしまいましてね〜」


「まぁっ、うふふ。確かにヴァンは、神矢が降ると連絡がつかなくなるって、誰かが言ってたわねぇ」


 ちょ、誰ですか、そんなガセネタ!


 僕は、適当に笑ってごまかしておいた。誰からの情報かは気になるところだけど。


「お食事中、お邪魔しました」


 僕は、軽く会釈をして、その奥様の席から離れた。



 顔見知りの黒服達は、やはり僕から目を逸らす。この部屋で、何が起こっているんだ?



 そういえば、料理人のベンさんに、僕はワイン保管庫に閉じ込められたんだよな。あれは、彼のメッセージだったのだろうか。


 閉じ込められなければ、おそらく隠し階段を見つけることはなかった。彼は料理人歴が長いから、あの隠し階段も知っていたはずだ。


 まさか、地下にエレンお嬢様が倒れていることまで、知っていたのか? いや、彼の性格からして、それはないか。彼なら、もし瀕死のお嬢様が居ると知っていたら、自ら助けに行くはずだ。




 厨房の中へ入っていくと、料理人達が怪訝な顔をする。


「おまえ、どこから出てきた? 邪魔だから保管庫に閉じ込めたって、アイツが言ってたが」


 苛立つ料理人が、僕を睨む。料理人は、黒服が厨房に入ることを嫌がるけど、ソムリエだと名乗ったのに邪魔らしい。それに地下への隠し階段があることを、彼らは知らないのか。


「僕は、壁をすり抜けることができるんですよ。ワインの整理が終わったから、バトラーさんに不足ワインの発注をお願いしてきました」


 そう言い返したが、料理人達は信じてないらしい。


「何を適当な……。ワイン保管庫には隠し扉でもあるのか」


 別の料理人が、ワイン保管庫へと視線を向ける。するとベンさんが、その視線を遮るように立ちはだかった。


「忙しい時間に、遊んでんじゃねぇぞ。ヴァンは、精霊師だ。精霊憑依を使えば、壁なんてすり抜ける」


「は? 精霊師って何だ?」


 彼は、呆けている料理人の足を蹴飛ばして、仕事に戻らせた。ベンさんは隠し階段を知っている。そして、その存在を彼らに知られたくないのか。


 ベンさんが僕をワイン保管庫に閉じ込めたのは、やはり地下へ誘導しようとしたんだな。何かの予感があった、ってことかな。




「忙しそうだから、僕も手伝いますよ」


 すると料理長がギロリと睨む。怖いな〜。だが、こういうのは新鮮で、逆に楽しい。


 僕は、一番下っ端の人のところへ行き、その手から汚れた皿を取り上げた。


「料理長、洗い物は僕がやりますから、この人には調理補助に回ってもらっていいですか?」


「ふん、好きにしろ。汚れを残すと容赦しねぇぞ」


「かしこまりました。あー、料理長、ワイン保管庫の扉横の棚に、品質の劣化した赤ワインをまとめてますから、料理に使ってください」


 だが、料理長はスルーだ。まぁ、いっか。彼は、調理に戻っているが、聞こえているはずだ。



 僕は、ジャケットと白手袋を魔法袋へと収納し、白シャツの袖をまくり、せっせと汚れた食器や調理器具を洗っていく。


 僕の右手の甲には、ジョブの印がある。気持ち悪い毒サソリの絵なんだよな。他人に見られないように、グローブをはめている。特殊なグローブだから、洗い物をしていても水には濡れないんだ。


 少し熱を帯びた印に、洗い物で使う水は心地良い。


「あっ、右手首を負傷しているのですか」


 一番下っ端の料理人が、僕のグローブに気づいた。確かに怪我をしている人も、こういうグローブをよく着用している。


「いえ、僕のジョブの印は、見える場所にあるので、隠してるだけですよ」


「あっ、それって増幅の印なんですよね! 見える場所にジョブの印がある人って、発動する術を増幅できるから、得ですよね」


 僕が洗い物を引き受けたためか、一番下っ端の料理人は、急にフレンドリーに話しかけてくる。だが、ベンさんは相変わらず、無表情だ。警戒しているのだろうか。



「おい、ベラベラ喋ってんじゃねぇぞ。その黒服は、俺達の監視かもしれないからな」


 別の料理人が、変なことを言った。料理人を監視する必要があるのか? どこの貴族家でも、料理人の選考は厳しいはずだ。毒を盛られたら大変だからな。


 もしかして、こんなにピリピリしているのは、何かあったのか。魔物を使った殺害だけじゃなく……。あぁ、だから、僕と顔見知りの黒服も、目を逸らすのか。


 ここは、ストレートに聞いておく方がいいな。


「もしかして、料理に毒でも盛られた事件があったんですか!?」


 食事の間にまで聞こえる声で、そう尋ねると、妙な反応をした人を見つけた。見慣れない黒服が、サーチを避けるかのように立ち位置を変えた。


 パリン


 厨房内でも、皿を落とす料理人……。


 ふぅん、なるほど。この料理人が作った料理をあの黒服が運んで、食べた誰かが毒に倒れた、ということか。


 まぁ、よくあることだろうけど、全責任を負わさせるのは料理長だ。だからこの顔か。ピリピリしている謎が解けたな。



「ファシルド家の厨房を任される料理人が、毒を盛るわけがない。料理長、そんな心配はいりませんよ」


 僕がそう言うと、料理長は不機嫌そうに顔をあげた。



皆様、読んでいただきありがとうございます♪

ブックマークや応援もありがとうございます♪ 嬉しいです♪


日曜と月曜はお休み。

次回は、7月12日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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