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空辺の島のものがたり  作者: ののひ
黒濡れ頭のペールトン
9/10

キリエ流おかあさん術『鋼骨竜の頭蓋骨などを適度にひしゃがすチョップ』




「ペールトン、ああああああ! 来る、来る、

 ペールトンが来る! 黒い足音! ペールトンが来る、

 ペールトンが来る!」

「落ち着いて、ブリスターさん」


 ブリスターさんの入った箱から、叩く音や破れる音が、

どかどかばりばりと上がります。


 箱ががたがたと揺れ跳ねて、地面の草を踏み潰します。

朝の空気をのんびりと漂っていた光の粒が、逃げ出したり

興味深そうに寄ってきたり、静かな礼拝堂の風景が一気に

騒がしくなりました。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 聞こえる! 聞こえる!

 何も聞きたくない! 嫌だ!

 来るな! 来ないで! 足音が聞こえる!」

「大丈夫、大丈夫ですよ、ここには……」

「ああ、ペールトン、嫌だ! 来る! 来る!

 来ないでください! 誰か助けて! 助けて!

 誰も来るな! みんないなくなれ! 助けて!

 ああああああああ、あああああああーーー!!」


 叫び続けるブリスターさん。

 私の声はすっかり届かなくなっていました。


 箱の中でくぐもった、それでも鋭く引き裂くような、思わずぎゅっと抱きしめてしまいたくなるような、痛々しい悲鳴でした。


「大丈夫、大丈夫ですよ。ね、怖くありませんから……ぐへぇっ!?」


 泣く子をあやすように箱の表面を撫でながら、ブリスターさんが落ち着くのを待っていると、急に箱が横回転して、私は弾き飛ばされてしまいました。

箱の角で顔の横側を思いきり叩かれたようですが、不思議と痛くありません。 


「聞きたくない、見たくない、見ないで、聞かないで……!」

「ブリスターさん……」


 箱は、今度は小刻みに震えるようになりました。

縮こまって何かをやり過ごそうとしているようにも見えます。

 ブリスターさんは早口に、ぶつぶつと呪文のように何かを呟いています。


 ペールトンとはいったい何なのでしょう。

 分からないけれど、どうにかして、この苦しんでいる人を助けてあげたい。

 抱きしめて、背中をさすってあげたい。安心だよって伝えたい。

 けれど少し触れたら、また暴れだしてしまいそうです。


「……あ、いけない」


 と、大事なことを思い出しました。

 そろそろニヨが起きてくるかもしれません。

 早く朝ごはんの準備をしなくてはいけません。

 ニヨはときどき寝ぼけて私の枕や服を抱えて、顔を洗わないまま食堂に来ることもあるので、そのお世話もしなくてはいけません。

 けれど、


「いや、いや、いや、やだやだやだやだいやあああ……!」


 やっぱり、目の前のブリスターさんを放っておくこともできません。


「そうだ。ブリスターさん、良かったら一緒に朝ごはんを食べませんか? 今日は元気が出るトマト料理なんですよ。

 ニヨ……魔王さまも、きっと喜びます」

「魔王!? いや! いや! いやあああ!」


 まだまだ時間をかけて説得するしかなさそうです。

 そうすると、ニヨがお腹を空かせてしまいます。


 食堂で私の服や枕を抱えて、頭に寝癖をぴょんぴょん立たせたまま、ぽつんと1人で泣きながらお腹を鳴らすニヨ……。想像すると、胸が締め付けられるような気持ちになります。


 お腹をすかせた子供ほど、哀しいものはありません。

 これは、急がなくてはいけません。


「ブリスターさん……」

「いや、いや、いや、いやあああああ!」


 私の魔王さま、ニヨは、カーテンの向こうの星明りよりも控えめな子です。

 初めて会った頃、あの子は一人ぼっちで、生きていることが申し訳なさそうな顔をしていました。

 声は小さく、風の無い日の空気にさえ溶けてしまうほどでした。

 でも、こちらが耳を澄まして目を凝らせば、あの子の心はとても柔らかく色とりどりで、たくさんの感情に揺れ歌っていることが分かります。


「ブリスターさん、大丈夫、大丈夫ですから。ね? 朝ごはん、一緒に食べましょう?」

「来ないで、来ないで、わあああああああ!」


 私がニヨのしもべとして一緒に暮らすようになってから、ニヨと外の世界の間にかかっているカーテンは少しずつ開いていくようでした。


 不安げだった寝顔は安らかになって、出かけるときは自分から私の手を握ってくれるようになりました。

 ベッドの中で、私にぴったりくっついて丸くなるニヨの寝顔を見るたびに、何よりもこの子を大切にしようと思います。


「ブリスターさん……」

「わああああああー! わああああああー!」

「ごめんなさい!」


バコンッ。


 ニヨの平和な朝ごはんのために、私は目の前の大きな箱を叩きました。


「ぐぴょっ……」


 と、ブリスターさんの声が聞こえて、それきり箱は動かなくなりました。


 屋根のほとんど無い礼拝堂に朝の静寂が戻ってきます。

 私は半分ひしゃげた箱を引きずって、お城に戻りました。

  



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