起きてきたニヨ
ニヨが起きてきたのは、小さなお城の小さな食堂いっぱいに朝ごはんの匂いがひろがりきった頃でした。
「おはようございまふ」
「おはようございます、ニヨ。……あら」
まぶたをもみながらペタペタと私のそばにやってくるニヨは、何をどうしたらそうなるのか、私のパジャマを頭から腰のあたりまで巻きつけていました。
ちゃんと畳んでおいたはずなのに……。
「むぅ……むぅ……」
「ほらほら、じっとしていてくださいね。
ああ、もう、ここまで裸足で来たんですか」
寝ぼけて唸るニヨの頭からパジャマを解いてあげると、
ニヨは、今度はふらっと私の胸に倒れ込んできます。
「……すぅ、すぅ」
そして、何事も無かったように寝息を立て始めました。
「ニヨ、ニヨ、魔王さま。もう朝ごはんですよ。起きてください」
「ふぁい」
と答えて、ますます深く、私の胸に顔を埋めます。
体重を全部私に預けて、完全に眠る態勢です。
あまりに幸せそうに頬ずりまでしてくるので、このままベッドに持って行って一緒に眠りたくなってきます。
でも、そういうわけにはいきません。
「ほらほら、顔も洗わないと。朝ごはんを食べられませんよ。ニヨの大好きな、トマトのまんまる焼きですよ」
「……とまと。いいにおい」
「はい。もうすぐトーストも焼けますよ」
「サクふわ……冷たいジャム……」
「赤いジャムも、ちゃんと用意してます」
「……食べる」
「じゃあ、顔を洗ってきてください」
「はぁい」
と答えて少しの間、私の腕の中でじっとしてから、ニヨはゆっくりと自分の力で立ちました。
砂漠の夜明けのような桃色の髪をくるんと跳ねさせて、まだまだ眠そうです。
「はい、私の靴を使ってください。
ぶかぶかだから、ゆっくり気をつけて歩くんですよ」
「うん、うん。…………」
「ニぃヨ?」
「……すぅ」
「ニヨ、起きてください、ニヨ」
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
両脇を抱えて持ち上げたくなるような小さな後姿が、ぽてぽてと夢見心地な足取りで食堂の出口へ向かいます。
目を離したら転んでしまいそうな不安に後ろ髪を引かれながら、私は朝ごはん作りに戻ります。
裸足になった足の裏に感じる床の冷たさが気持ちよく、それが、寒い季節から暖かい季節への移ろいを感じさせます。
ちょっぴり困った、幸せな朝です。
「ふんぎゃいっ」
『ひいっ』
……食堂の出口とはまったく違う方向から、
ニヨとくぐもった女の人の声、二つの悲鳴が上がりました。