たまねぎお逃げになる
太陽が沈み、月が明るくなってから数刻が過ぎた。
屋敷の中でも特に広い部屋に当主はいた。
「美女に妖精に高価な剣、さらに身元も知れぬ旅人という身分。これはいい金になるぞ」
ワイングラスを片手に高笑いをしながら、ケージに閉じ込めたヤワメにイヤらしい視線を向ける。
「さすが悪名高きフルーレンベルジュ。そんな事だろうと思ったよ」
「キミは多少頭がいいみたいだが、仕える主人を間違えたようだな。まあ、愛玩妖精程度では意見出来ないだろうな、ははは」
この世界において妖精は人間を毛嫌いしている。
だが、人間の世界を夢見て、人間の社会を覗きにくる妖精も多少はいる。
そんな妖精たちは例外なく人間たちに捕まり、魔力を封印する首輪を付けられ、愛玩用の物として売買されていた。
無論、ヤワメは愛玩用などでは決してない。しかし、ヤワメはこの首輪のダミーを所持していた。
さらに、この屋敷に入る前のいざこざに首を突っ込まなかったことにより、もはやそれと疑う者は誰もいなかった。
ヤワメはクスクスと笑う。金に汚いバカは、まさか自分が騙される側に立たされるなんて予想もしない。騙しやすくて仕方がない。
小さな爆発音が響き、ケージの錠前が粉微塵になる。
「こんな物で私が捕まえられる訳がないだろう」
突然の出来事に、当主は慌てふためく。
ゆっくりとケージから出てくるヤワメを、怯えた目で見つめながら後ずさった。
「な、なぜ妖精ごときにこんな事が!?」
「おやおや?妖精をご存知でないのかな?」
邪悪な笑みを浮かべながら、哀れな男にそう問うた。
一方そのころ地下の牢。
「退屈」
退屈していた。
何もないからである。
牢だから何もないのである。
オニオンが体を揺らしながら遊んでいると、誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。
「あの〜」
少年だった。優しい顔立ちに、オニオンは少し懐かしさを感じた。
「誰?」
「ボク、ここの当主の息子です」
その容姿からして、10歳前後。オニオンは、彼こそがあの人だと確信した。
「私はオニオン。キミは?」
「ボクは……」
少年が言いかけた時、上の階から小さく破裂音がした。
「ひえ」
少年が驚き声を上げる。
オニオンは迷う事なく鉄格子を開いた。
「ええ!?」
またも少年は驚く。忙しい。
だがそれも仕方がない。目の前の女性は鉄柱を折り曲げたのである。まるで丸めた紙かのように当然に。
屋敷で何かが起こっている。ともすればこの少年に危険が及ぶ可能性がある。オニオンは急いで音のした方に向かう。
だがあまりにも軽率だった。もちろん少年はオニオンを追う。自ら少年を1番危険な場所へ誘導したのだった。
オニオンは音のした部屋であろう扉を勢いよく開く。同時に熱気が肌に伝わってきた。
当主が、火だるまになりながらその場を転げ回っていた。屋敷の所々に延焼ダメージが入っていた。
ヤワメが蔑むかの様な冷たい目でそれを見下している。
遅れて、剣を両手に抱えた少年がその場にたどり着く。
「見るな!」
オニオンは珍しく大きな声を上げて、その中を覗こうとする少年の目を塞いだ。
オニオンの行動とこの場の熱気で、少年は何が起こっているのか予想が出来た。抵抗はしなかった。
「おやおや?助けに行こうと思ってたんだけど、その必要はなかったみたいだね」
ヤワメはそんな2人に対し、いつもの顔でそう言った。
「さて、逃げようか」
さすがに警備兵が気づいたのか、屋敷内が騒がしくなっている。3人は窓から飛び出し、屋敷から離れた。
火元はすでになくなり、黒い跡だけが残っていた。